第2話 作物‐S.F.‐

 田舎の、ある農場でのできごと。

 田吾作は毎日ひとりで畑仕事をしていた。

 熱中症には気をつけていたが、忙しいとついつい、いつのまにか太陽にやられて脳みそが沸騰している。田吾作には、そういうことが度々あった。

 このできごとが、そのせいかどうかは分からない。


 とにかく、ある朝、田吾作が畑に行くと、奇妙なものが畑にあるのを見つけた。

 それは牛ほどの大きさがあり、まぁるい足が4つ付いていた。

 田吾作は、今の今までそんなものは見たことがない。珍しくて恐ろしいので、その日はただ遠くから眺めていた。


 だが、次の朝畑に来てみると、奇妙なものはふたつに増えていた。


 そして、その次の朝には4つに。


 さらに、次には、8つに、というように毎日それはどんどん増えていった。

 田吾作には対処法がなかったので――人にいっても相手にされず――、畑はその奇妙なもので埋め尽くされていった。それでは畑仕事ができなくなる。


 ついに我慢できなくなった田吾作は、恐る恐るそれに近づいていき、思い切って触れてみた。もちろん素手ではなくて、スコップの先で突いてみたのだ。


 ……硬そうだった。これは、寺の境内にぶら下がっている鐘くらいに頑丈だな、と、田吾作は思った。それに突かれてもなんの反応もないので、生き物じゃないな、と、田吾作は確信した。襲いかかってくる心配は、なさそうだ。


 次にはとうとう素手で触ってみた。

 すると、確かに硬くて、日陰の部分は冷たく、陽に当たっている部分は火傷しそうに熱かった。


 田吾作は、それの周りをまわりながら、あちこち突いたり叩いたりした。

 すると、それの胴体の横にすうっと裂け目ができた。田吾作はびっくりして飛び退いた。裂け目はみるみる広がって、皮がベロンと捲れあがった。


 田吾作にはそいつの中身が見えた。想像したような、ドロドロぐちゃぐちゃのものは何もなかった。割にがらんどうで、椅子のようなものが入っている。

 それは確かに椅子だった。座り心地の良さそうな、フカフカの布張りだった。


 田吾作はちょっと、その椅子に触ってみた。

 椅子は、まるで、『座ってぇ―』と、いっているようだった。いや、確かに田吾作の耳にはそう聞こえた。どうしたって断り切れるような声ではなかった。


 田吾作は、椅子の声の誘いに乗って、フラフラとそれの中に入ってしまった。

 たちまち、捲れあがっていた皮が元に戻った。


「うわぁ―!」と、田吾作は叫んだ。

「助けてぇー! 出してぇー! 家に帰してくれぇー!」と、叫び続けた。

 すると、そいつは急にブルブルと震え始めた。かと思うと、一気に走りだした。


 恐ろしいくらいの速さだった。田吾作は今まで、牛に引かせた荷車にしか乗ったことがない。田吾作はギュッと目を閉じて、気絶しそうなほど震えていた。


 走りだしたかと思うと、あっというまにそれは止まった。

 そいつの横腹がさっきのように捲れあがり、田吾作は命からがら転がり出た。

「おーい、田吾作! いったい何事だ!?」という声がした。

 田吾作の目の前に婆がいた――田吾作の両親は半農で平日は電気部品製造工場へ。婆が留守番をし、ニートだった田吾作が畑仕事をまかされている――。

「あ! あ! あぁぁぁ……ヒッ、ヒッ、ヒッ」……田吾作だ……。

「なんだい、どうしたんだ? サカリのついた牛が狂って、すっ飛んできたのかと思ったぞ。なんだそれはいったい!?」

 婆は、それを指さして田吾作に聞いた。

「牛なんかじゃないよ!」と、田吾作は叫んだ。

「そりゃあ、見ればわかる。いったいなんなんだ?」

「分からねぇ! 中に入ったら、ものすごい勢いで走りだして、あっというまに家に来た」――畑から家まではおよそ2km。掛かった時間は52秒3である――


 婆は怖いものなしの、新し物好きだった。

「そんなもの、いったいどこで手に入れた?」

「いやぁ。畑にいっぱいある。勝手に出来た。どんどん増える」


 婆はすぐさま商売を始めた。『飛び牛』と名付けたそれを村中の人に売りつけた。村中に『飛び牛』が走り回るようになった。


 しかし、ある日突然『飛び牛』が動かなくなった。次々に、とうとう全部の『飛び牛』が動かなくなってしまった。

 気がつけば、畑にはひとつの『飛び牛』もなく、新しく出てくる様子もなくなった。「季節が終わったのか……」と、婆はいった。


 村人たちは文句を言ったが、そのうちに諦めた。新しい電気製品と同じで、珍しいうちは気にするが、無ければ無くても構わない。

 村の生活は、元に戻った。か、に見えたが、動かなくなった『飛び牛』が村中のいたるところに転がっている。邪魔以外の何者でもない。


 田吾作は、『飛び牛』を始末してくれという村人たちの要望を、たったひとりで受けとめなければならない重圧に耐えきれなくなっていた――婆は、『飛び牛』が動かなくなったショックが原因で、ボケた――。


 畑でひとりで頭を抱えている田吾作は、直射日光が頭頂部を直撃していることにも気がつかずにいた。


 畑の中に、今まで見たことのないものが現れていた。それは、地中から湧いてきた臭くて真黒な水だった。それは徐々に畑中に浸潤していく……のだが、果たして田吾作に、それをどうにかすることができるのだろうか……。

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