物語師の手帖 【小品集】

織末斗臣

第1話 選択肢‐S.F.‐

「わたしは嫌です」と、死期の選択を間近にした老人はいう。


「どれも、わたしの魂を安らかにしてくれる方法とは思えない。

まったく、納得できるわけがない。

わたしの希望する方法が認められないなら、死なないほうがまだましだ。

このまま、年を取って、年を取り続けて。

誰も彼もが、わたしより若くなってしまっても、いや……、千年でも一万年でも構わない。わたしは、わたしの言い分が通る時代になるのを待つ!

わたしが生きているあいだ、この国は、わたしにずっと、年金を払わなくてはならないのですよ。なんの役にも立たなくなって、自分の面倒すら見ることのできなくなった老人の世話を、あなたがたは、やり続けたいというのですか」


 老人はそこまでいうと、なにかを考えている様子になる。


「いいや。……そうではないな。わたしが自分のため、人のために働き続けられるように、莫大な医療費を浪費したいということか。そういうことでしょう?」


 老人は何度も首を横に振りながら、深くため息をつく。

 医療処置を拒否し続けたせいで白く濁ってしまった瞳は空間を見つめ、涙さえ浮かべている。


 話を始めたときは相手の顔をじっと見つめていたが、自分のいっていることがこの相手には通じないと知ると、眼を背けてしまった。


 あとはただ、呟き続けている。


「もう何年、こうして同じ話を繰り返しているんだ。

そろそろ、わたしの言い分を考えてくれてもよさそうなものじゃないか」


「たいしたことじゃない。

わたしはただ、わたしの亡骸は、燃やして灰にしてほしいだけなんだ……」


「あなた達のいっていることは、よく理解しているよ。

残り少ない資源を無駄にしたくないというのも、わたしの望んでいることが、環境を汚染させてしまうということも、もうじゅうぶん聞いた」


「でも、わたしは、わたしの気持ちを変えることができないんだ」


「こんなに年を取ってしまって……わたしは長く生きすぎたようだ。

世の中はどんどん変わっていく。なのに、わたしはずっと、同じところにいる。

世の中の変化がわたしに与えてくれるのは、驚きや戸惑いしかない。

反抗する気持ちはあっても、結局あきらめるしかない。……わたしが、ただの年寄りだからだ」


「両親や、祖父母たちが教えてくれた習わしは、あっというまに役に立たないものになってしまった。

わたしは、あの人たちと、せめて同じ終末を迎えたいだけなんだ。

亡くなった妻とも、同じ道を行きたい。そうしないと、同じ場所へ行けないような気がするんだ」


「植物を育てるための肥料になることや、水分を搾り取られることが、どんなに大切なことかは分かっている。

それは何より、この世界を維持していくために必要なこと。それは分かっている。

この世界に生まれたものは、皆、否応なく、死後の選択をしなくてはならない。

でも、わたしが生まれたのは、ここじゃない。もう帰れないかもしれないが、ここじゃないんだ。今はもう、わたしは唯一の例外だ」


「だから、わたしは、決めさせてもらってもいいだろうか。ずいぶん考えた。

わたしは、もうひとつの権利を施行したい。――死なないことだ。

世の中は変わっていく。それは確実だ。

どう変わるかは分からないが、わたしは待っているつもりだ。

地球がもう一度私を迎え入れることができるようになるまで。

わたしが、灰になって、元の姿に蘇った地球の土に帰ることができるときまで」

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