第37話 貴方に、勝ちに来ました
射出されたアビス・タンク・アーセナルは遠隔操作型が採用されている分、各挙動による負荷を計算する際、搭乗者の安否を慮る必要がない。
極端に言えば装甲が空中分解しなければいくらでも速度を上げられる――そういうコンセプトの元に搭載された大型スラスタが、容赦のない推進力でアーセナルを戦地へ運ぶ。
近づくにつれ、豆粒程度の大きさでしかなかった龍族がその大きさを増していく。桐吾の心臓が早鐘を打つ。全身の汗腺から汗が滲み、熱気で頭がくらくらする。
地上十メートルの高さを滑空するアーセナルは、超大型の流線型の槍を胸前に構えていた。進行方向へ穂先を向けた姿勢はさながらジェット機のようなフォルムを獲得している。
龍族の一体一体を識別できるようになる。
魔女の一人一人を識別できるようになる。
彼我の距離が百メートルを切ったと認識した瞬間、桐吾は既に、敵中に切り込んでいる。
桐吾の動きを捉えた龍が、果敢に吼えた。
「ゴミ族が……ッ! 一人で乗り込むたぁ見上げた馬鹿だなあッ!」
口角も露わに、牙を剥き出しにして憤怒する龍族。怒りに血走った目は見開かれ、その全身からは真紅の蒸気を迸らせている。
口を引き結ぶ。打てば鳴るような動作は予め軌道を約束されたかのごとき正確さで、両碗部に装備されたピストンを作動させた。
出撃前に何度も繰り返した動きに従い、超大型槍をパージ、弓さながらに射出する。
空気を引き裂く速さで、文字通りの一番槍が射線上の龍を貫いた。
頑健な装甲をものともしない必中の一撃。
人による攻撃を受けたのだと自覚するより早く、龍は散華する。
だがそれだけに留まらない。槍内部の機構に埋められた接触信管が作動する。槍そのものが爆散し、大小様々な破片が散弾となって、戸惑いの表情を浮かべる龍魔を強襲した。
被弾して墜落する者もあれば、回避行動を取って距離を開く者もある。
周囲から龍魔が退いていく中、アーセナルはスラスタを逆に向けて急制動をかけ、地上――主戦場となる広域駐車場に着地した。武器庫の名を冠するに相応しい重量が大地を震わせ、両脚がアスファルトと快音を打ち鳴らす。
桐吾は深く息をつく。酸素が脳を駆け廻り、長い事呼吸を止めていた事を自覚させられる。
強張っていた身体が弛緩し、また緊張に引き締まっていく。
己を支配する熱が、全く性質を異にするそれへと変わっていくのを感じる。
脳を焼く焦熱から、高揚の情熱へ。
男女族の切り込み隊長として、いまここに奮起する。
檄を飛ばしてくれた戦友へ胸中で礼を述べながら、桐吾は落ち着いた声音で告げた。
「報告が遅れてごめん。龍魔と接敵――交戦を開始する」
頭上を見上げる。千に届こうという龍魔が桐吾を睥睨している。
憤怒、侮蔑、嘲罵――だが、それだけではない。
意想外の戦力に、彼らは焦燥し、動揺し、戦慄している。
戦況は不利だが、心理的には負けていない。突くとすればそこだ。負けるはずがないという自負に、膝を屈するはずがないという油断に付け入り、畳み掛ける。
桐吾は与えられた役割――近接戦の一番槍として、武器を構える。
五メートル超の砲身を持つ、二門の百八十五ミリ砲。左右それぞれに構え、敵中へ砲弾を放つ。近接信管作動、二つの爆発が龍魔を蹴散らす。
桐吾は龍魔を翻弄しながら、素早く視線を走らせる。
天戮による黒煙は晴れ、敵影の全貌が露わになっている。その中で一際巨大な影を探す。
否、探すまでもない。圧倒的な存在感の方が、寧ろ桐吾の視線を誘導する。
その巨躯は遥か頭上に赤い空を戴き、桐吾を悠然と見下ろしていた。
十五メートルを超える、戦闘に特化した暴力の化身。頭上に見上げる彼我の距離が百メートルを超えて尚、その巨躯の威圧感は希薄になる事もない。
ぞくり、と桐吾は悪寒が背筋を駆け巡るのを感じる。
それは三度目の邂逅だった。
一度目は、ドン・ゼクセンの背中越しに見上げ、その老齢の龍に叱咤されるまま背を向けて逃げ出した。
二度目は、なずなと虹子の背中越しに見て、その威容に当てられただけで心が委縮し、情けなく昏倒した。
ドラコベネにしてみれば、二度の邂逅など記憶にないだろう。桐吾の存在など塵芥でしかなく、視線を合わせるだけの価値もなかったに違いない。
いま初めて、誰かを介することなく真っ直ぐに対面する。それはつまり、彼もまた、高天原桐吾という男を敵として認識した事を意味する。
重火器によってかき鳴らされる戦場の音は凄まじい。まして高度は百メートル以上離れている。声など聞こえるべくもない。
だがそれでも、両者は確かに互いの声を聞いた。
アーセナルのスピーカーを中継して告げられる、宣戦の声。
最強の存在として畏れられる加虐の化身による、応戦の声。
「僕は高天原桐吾。貴方に、勝ちに来ました」
「思い違いをするな。貴様らが長く生存するのに必要なのは、蛮勇ではなく忠誠だ」
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