第13話 その名も『トメ伊藤』さんですっ
◆
技術提供会とは、人族が龍魔に対して一方的に科学技術を提供するための会合である。隷属側である人族に見返りはなく、一見して、他種への接待としての側面が強い。
提供会はもともと人族からの提案で開催されるようになった。
発案者は前生徒会長・周防破鐘である。彼は、人族は他種との交流を多く持つべきとの思想の持ち主だった。科学技術を見せる事によって、人族の価値を高めようとしたのだ。
第一に、兵器や戦術等を見せる事で軍事力を示唆し、圧力への牽制とした。
第二に、科学によって生活水準が向上する事をアピールし、労働力として失うには惜しい存在なのだという考えを提唱した。
つまり企画の目的は、支配構造の緩和にある。
月に一回行われている提供会は今回で十五回を数え、会合を取り仕切るのは周防破鐘の妹にして現生徒会長・周防虹子である。
三百人は収容可能な広い講堂で、虹子はマイクを握る。
「今回提供する技術は、自走式プラントです」
講壇に立つ虹子が指示する脇では、田路彦がラップトップを操作している。プレゼンターを虹子が務め、その補佐を田路彦が担う体裁だ。
田路彦の軽快な操作に応じて、スクリーンに映し出されたスライドが切り替わった。
パイプ椅子に座してスクリーンを見上げるのは、ファアファル・ラオベンと、虹子が参加を促した桐吾である。龍族は招待に応じなかったため、視聴席では閑古鳥が鳴いていた。
桐吾は最前列でスクリーンを見ながらも、同じ列に並ぶファアファルへとしきりに視線を配っていた。緊張して見る先に座すのは、先日アシハラを襲撃した張本人なのだ。
ふと、ファアファルが桐吾へと視線を転ずる。授業中に脇見をする程度の、何気ない動作である。しかし桐吾は、持てる反射神経を総動員して素早く視線を逸らした。
彼女と視線を交わせば、魔眼によって自由が奪われる。
「あんなあ、そんなガッチガチに緊張されとると、あてまで肩凝ってくるんやけど」
視線を明後日の方向に向けたまま、桐吾は緊張を帯びた声で応じた。
「……それは無理な話です。一瞬の油断で、僕は自由を奪われる立場ですから」
「やから、そないな事しまへんて」
「魔族の言う事を信じろと?」
一瞬の間が空いて、ファアファルは問いを重ねた。
「君、ドン・ゼクセン卿んとこん子やっけ」
「どうしてそれを……」
「私が教えました」
と、虹子。咎めるような視線を桐吾が虹子へと送る前に、魔女の声が介入する。
「この前んとき見慣れへん子おったから、気になって聞いとったんどす。しかしまあ似るもんやなあ。ドン・ゼクセンもエライかたくな者どしたが、すっかり受け継いで」
「彼を、知ってたんですか」
「何回か会うたくらいやけどね」
警戒を解こうとしない桐吾に対し、ファアファルは肩をすくめるばかりだった。
「虹子はん。何でこの子連れて来やはったん?」
「アシハラの取り組みを知ってもらうためです」
「……まだ早かったんと違います?」
「話が進まないのだ。さっさと進めるぞ」
「あ、ごめんなさい」
田路彦の一言で、話の趣旨が戻った。
気を取り直した虹子は、レーザーポインタでスクリーンの一部を指し示した。
「作物の成長は、日照時間や保水の具合に左右されますよね? ずっと照り続けていたり、逆に影っていたり。水が多過ぎたり、逆に少な過ぎたり。バランス良く日と水を与え続けないと、作物は枯れてしまうです。これが結構な手間なんですよね」
スクリーンには、太陽と水のアイコン、それから成長した作物と枯れてしまった作物との対比図が映し出されている。これにはファアファルもすぐに頷いた。
「確かになあ。あてら魔族も農業には苦心してはるなあ」
「魔法で作物の成長を早める事は出来んのか?」
と、田路彦が訊ねる。
魔族代表は手をひらひらと振って言下に否定した。
「無理無理。魔法の原理はベクトルの加速と肥大なんよ? 水量を増やしたり根っこの吸収速度を上げる事は出来ても、『成長そのもの』は複雑すぎて加速させる事は出来へん」
「なら、自走式プラントは気に入ってもらえると思うです」
虹子は部屋の隅に視線を投げて、声を張った。
「トメさん、どうぞこちらへ!」
トメさん? と桐吾が疑問符を浮かべていると、モーターの駆動音が室内に響いた。シャーと小気味いい音と共に現れたのは、鉢植えだった。
男ならば両手で抱えられるだろう大きさの鉢植えだ。幾本もの蔓が伸び、支柱に絡み付いている。特筆すべきは、鉢植えの表面に液晶モニターがつき、底面に車輪が備わっている事だ。見たところ自律駆動しているようで、虹子の足元でぴたりと止まった。
液晶モニターには、デフォルメされた目が表示されていて、笑顔を浮かべている。続いて画面が切り替わり、『おまたせ』との文字。
「よしよし、偉いですねートメさん」
虹子が腰を落として鉢植えを撫でると、再び笑顔が表示された。
「これが自走式プラント、その名も『トメ伊藤』さんですっ」
宣言しながら胸を張る虹子。
目を凝らせば、鉢植えで栽培されているのはトマトのようだった。
ファアファルは何かに思い至ったようで、ぽんと手を打ち鳴らす。
「ああ、ほんでトメ伊藤」
「はいです! トマトは英語でトメィトゥ――よってトメ伊藤さんです!」
「うん、何ていうかここの人達って結構余裕だよね」
桐吾も得心すると共にがっくりと肩を落とす。
項垂れたのを見てか、自走式プラント・トメ伊藤が桐吾の足元まで移動してきた。
『ふそく?』『えいよう』『たべる?』
「ありがとう、でも遠慮しておくよ」
『しょぼん』『でなおす』『たんれん』
「単純そうに見えて結構凄いAI積んでないかそれ」
悲しい表情で桐吾のもとを去っていくトメ伊藤に感心しつつ、虹子に胡乱な眼差しを向ける。自律運動に加え、トメ伊藤は一連の流れで様々な機能を見せつけた。
状況判断による自発的行動、それに音声解析からのコミュニケーション。しかも、単純な問答だけでなく、会話中にユーモアを交えてきた。
「はいです。AIを積む事で、プランター自身が自己管理出来るようにしたのが、このトメ伊藤さんなんです」
虹子が指示を飛ばす。スクリーンの画像が切り替わり、自律型AIの主な機能を紹介する画面が表示された。
「トメ伊藤さんは、日照時間と保水量を自分で管理します。日当たり具合を見て、自分で日向や日陰に移動する事が出来ます。また、水が足りなければ主人にその旨を伝えます」
画面には、『おひさま』『すずしい』『はらぺこ』『すくすく』等、状態を示すキーワードがいくつか表示されている。これらのメッセージを読み取る、あるいは伝える事で、常にプランターの環境を最適に保つとの事だった。
虹子の言葉を、田路彦が補足する。
「加えて給水スタンドの設置を、現在検討中なのだ。これと自走式プラントをリンクする事で、給水も自分自身で行えるようにする計画だ。技術自体は難しいものではないから、水資源が豊富にあればすぐにでも実現可能なのだ」
「これ、量産も出来はるん?」
ファアファルが乗り気な事に、桐吾は少し驚いていた。
席を立ってトメ伊藤と会話を交わしつつ、実際に成ったトマトを口に運んでさえいる。
「もちろんです。というか、テストとして十体作って、農園管理してたんですよ。田路彦さんの言った給水スタンドも、仮設置ですけど作ってあったんです」
「へえ。そんならそれも、見してもらいましょうか」
これは人族の評価を上げる良い機会だ。搾取されるだけの労働力ではない、頼れる技術力を持つ人財としての価値を見出してもらう。それは、かつて周防破鐘が思い描いた技術提供会の在り方だった。
しかし喜色から一転して、虹子は苦い表情を浮かべた。
「そのつもりだったんですけどね。……出来ねーんですよ」
「出来へん?」
「この前、ファアファルさんとドラコベネさんが抜き打ちで来た時、植物制御区画を壊していきましたよね。トメ伊藤さんのテスト農園は、そこにあったんです」
「そういう事どすか」
苦しそうな虹子の言葉に、ファアファルも肩を落とした。
田路彦の操作で画面が切り替わると、凄惨な光景が映し出された。もはや痕跡さえ残さない程に黒炭化した地に、瓦解したコンクリートがいくつも横たわっている。それらはまだ熱を残し、ところどころが赤く溶け、黒煙が燻っていた。
「この写真が農園――やったところやね?」
「そういう事なのだ。現在復旧作業中だが、何分施設の建造からやり直さなくてはならないのでな。テストケースの再開の目途は立っていない」
半眼で見るファアファルに答える田路彦。彼は言葉を続けた。
「だが崩壊前までのデータが残っているのだ。レポートを読みさえすれば、十分に栽培効率が上昇すると分かるはずなのだ」
「ちゅう事は、今回はそのレポートが提供技術っちゅうことやなぁ?」
「そういう事なのだ」
「全く、ドラコベネの旦那も難儀なもんやなあ。あん時も二人殺すだけなら、もっとええ方法あったやろうに。何も建物ごと壊さんでも――」
「だったら――」
他人事のような魔女の愚痴を遮って、虹子が悲痛な言葉を吐く。
小さい身体を克己して、魔女に胸の内をぶつける。
「だったら、ファアファルさんが止めてくれれば良かったじゃねーですか……っ! 同盟結んでて力もあって、それくらい出来ましたよね? なのに何も――」
「よすのだ会長殿」
田路彦が制止するが、虹子の感情の発露は止まらない。
「アシハラの皆で頑張って築き上げたものを一瞬で壊しておいて、私達がどんな気持ちで壊れていく建物を見てたか分かりますか……? あの時あっさり帰っておいて、今更愚痴はないじゃないですか……」
「虹子、もういい。やめよう」
見かねて、桐吾は立ち上がった。
講壇に上がり、俯く虹子の前に立つ。肩幅も上背も小さな彼女の悔しさは、真っ白になるまで強く握られたその両拳が、儚くも痛々しく物語っていた。
彼女の頭をそっと撫でて、桐吾は身を翻した。
「せっかくご足労いただいたのに、すみませんでした。会長の体調が優れないようなので、今日は、ここまでという事に――」
ファアファルがこちらを一瞥してくる。桐吾は慌てて視線を逸らした。
魔女はくつくつと嗤う。
「やから、ここで魔眼は使いまへんて。ほんまにかたくなどすなあ」
桐吾から田路彦へ視線を転じて、尋ねる。
「なあ田路彦はん。研究成果としてこの子も貰ってってええどすか?」
ファアファルが示唆するのは、虹子の足元に隠れていたトメ伊藤だった。
「もちろん構わないのだ。そのために、ここに持ってきたのだから」
「おおきに」
目を細めて礼を言ってファアファルは、桐吾と虹子の立つ位置へと歩み寄ってくる。
顔を強張らせた虹子の脇をすり抜けて、赤子にするようにトメ伊藤を抱き上げた。
『こわい』『かお』『しわ』
「もしかしてあんたが一番肝据わっとるんやないどすか?」
沈黙を続ける二人――特に虹子へと、ファアファルは苦笑した。
「まだまだお兄はんのようには行きまへんね」
兄を引き合いに出され、虹子は目に見えて動揺した。
自らの対応を急に恥じたのか、彼女は桐吾の側を離れてファアファルと対峙する。講堂内で唯一、魔女と視線を交わせる存在の虹子は、心を奮い立たせて――
「すみませんでした、言い過ぎました」
と、頭を下げた。
ファアファルはきょとんとした目で虹子の頭を見下ろしていたが、やがて満足したように背を向けた。講堂の外へと足を向けたところで、魔女は背中越しに問う。
「お兄はんは、何か言うてはります?」
「……不肖の妹が不快な思いをさせて申し訳ない、って」
「ふぅん」
ファアファルはしばらく、その言葉を吟味するような時間を置いた。やがて、首だけ振り返って虹子らに見せた顔は、余裕を思わせる薄い笑みであった。
「まあ立派なお兄はんに恥じんように、あんじょう気をつけなはれや?」
それ以上、ファアファルに声をかける者はいなかった。
ファアファルが講堂を去る際、小さく舌打ちしながら零した愚痴は、誰の耳にも届くことなく風にさらわれて消えた。
「――あてかて、出来はるもんならやっとるわ」
そうして第十五回技術提供会は閉会となった。
ファアファルの愚痴を、トメ伊藤だけは聞き咎めていた。
『ほんとは』『なに』『したい』
その無邪気な問い掛けに、しかし、とうとう答えが返される事はなかった。
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