第5話
「……で? どうしてこうなったんですか?
「
明らかに落ち込んだ体だが、それ以上は何も言わなかった。
ここは後宮へ入って最初にある
子供なので苦もなく殿の下に潜れるため、そこで作戦会議をしていた。
──ひとまず、怪しまれないような変装をしたほうがいい、と思い晴明以外のみんなには女装をしてもらうことにしたのだが。
「晴明さまだけなんで、女装していないんですか?」
みんな女顔なので、予想通りに女装は似合っているはずなのだが、背負うオーラが不穏すぎて結果的に可愛く見えない者もいる。
そのうちの一人である破が、女童の着物の裾をずるずるさせながら晴明に寄ってきた。
「私は後宮の女官たちに、陰陽のしごとで来てるってわかってもらえるので。女装しなくても後宮をあるいていてあやしまれないからいいんですよ」
「私も、父が
破の笑顔が暗い。思うがとりあえず、正直な見解を述べる晴明だ。
「華一人で女装させるのは、反対なんでしょう?」
「…………」
こわばった笑顔から、殺気が漏れた。
「似合ってますよ、破」
「晴明さま、もしかしてそれフォローのつもりでおっしゃってるなら、あきらかにまちがってます」
「…………」
「…………」
寒い沈黙が流れた。
「……ちょっとした冗談です。本当は、破は私と同じくいつもの格好だったのですが、手違いがあったというか」
「当たり前ですね」
さすが最強十二式神に選ばれた、しかもかなり優秀な能力者である。気づいたら妥協案が口を滑っていた。敵にしてはいけないことはよくわかっているし、負けたのではない。これはあくまでも、ただの危機回避だ。
「華の女童な格好も、もし何なら……」
「それはいいと思います」
(いいのか)
ツボは今ひとつわかりにくいが、とりあえず学んでおこうとは心に決める晴明だ。
「華が似合うのはわかってましたけどーけっこう私も似合っているというか似合いすぎてこわいくらいにかわいいと思いませんかー? うわー華の母上の次に美女にんていされちゃって後宮の妖怪たちにいじめられそうですーうわーびじんって罪ですねえー」
「そうですね、さすが
適当に晴明は頷いておく。
手鏡(どこで入手したのか不明だが、ただ承香殿に保管されている神鏡とうり二つだ。ただの偶然と思うのだが)の中に映る自分の姿にうっとりしている。
「ああもう私くらい美人だとやはり女装似合いますからこんごも大人になっても女装に近い服装でいることにしましょう~そうしましょう~決めました~」
「まあ、オモテでも男子が女装するという遊びがはやっているそうなので、ちょうど良いかもしれないですねえ」
正直、どうでもいい。
篁は非常に優秀だが晴明の式神となる宿命星は抱いていないし。だからとりあえず、いい加減に答えておいた。
「ふん、えらそうに。政府のいぬの陰陽師みならいが」
「……はあ?」
偉そうでいて不機嫌な声音が耳障りだ。振り返って睨んでやると、仁王立ちした名無しとバッチリ視線が合った。
さすがの心優しく温和な晴明も、むっとしてしまう。
「みなしごで、宮廷のえんじょでなんとか生きているような野良犬がなまいきいいますねえ。いやしい無許可呪いやしゅっしんは、しつけがされてません」
「そんな野良犬の力を借りなければいけない、血統書つきの犬もたいへんだな」
「…………」
「なんだ、物言いたそうににらむくらいなら、はっきり文句を言え。図星すぎてぐうの根も出ないのか」
「……女装、めちゃくちゃにあってますよ」
「────」
どちらかともなく、拳を振り上げて殴ってやろうとする。
しかし惜しくも、二人のゲンコツを破が見事にキャッチした。
「晴明さま、けんかはだめです」
「けんかじゃありませんよ、思い知らせてやるために、とりあえず数回ボコにするだけです」
「ぼうりょく反対です」
破も引かない。よく見ると、破の背中に張り付いている華がコクコクと破へ同意するように頷いていた。
「……人は、しぜん災害やむいしきの差別などの人、そんな、あらゆる暴力とたたかって生きるいきものではありますが……あの……」
「華、年そうおうの本をよまないとだめですよ」
注意をする破も、年相応の書物を読んでいるところなど見たことはない。
さらに、篁も手鏡を持ってずるずる長い裾を引きずってやってきた。
「というか晴明どのに言ってもムダですよねえだって思い切り意識的に名無しへ差別発言してますしーあらゆる暴力とたたかうとか言い出したらそれこそ正気の沙汰とは思えませんがー」
「差別じゃないですよ、事実のほうこくです」
「ぼうげんを吐いたじかくのある人は、みな、そういう言いわけをするのです」
「……です」
やはり破、華のことをいえるはずもないレベルには子供らしさのかけらもない。
「ということで。じゃあみんなで手分けして後宮中の床下の柱にこれらを貼ってください」
女装問題も解決したことだし(名無しは相変わらず晴明をじっとにらんでいるが)、仕事を始める。
篁がどこからか借用してきた後宮見取り図をがさがさと開くと、いろいろなところに丸をつけていった。
「こことここ、あとこっちが破と華で、あちらとあちらあれそれは篁。印をつけた残りの場所は名無し、おまえが行け」
「断る」
「…………」
なんだこいつ。
「後宮に潜む闇鬼妖魔のたいじをしたくないのに、なんでくっついてきたんですか? 後宮に入りたかったからですか? こんな女童コスをしてまで女官やもしや側室らと仲良くなりたかったんですか? 熟女すきですか?」
「闇鬼妖魔は私のやり方でたいじをする。べつに後宮なんぞにつて欲しくないし、貧民の気持ちも知らず贅沢三昧をしている後宮の女たちなど大嫌いだ。年増には興味ない、何よりこの不気味な格好は、性格がひねくれすぎた貴様が周囲に迷惑をかけるために強制させたものだろう」
「いやー一気に文句をべらべらべらべら言うところに、本気のいかりを感じますけどー女装めっちゃ似合ってますよー私や華の次にー」
つまり、現在女装をしている中で最下位ということだ。
「晴明さまのごしじとおりにラクガキを貼ってくればいいのですか?」
「ラクガキではなく、守護札です」
破は華とともに見取り図を眺めている。優秀なので、たぶん見取り図は完璧に覚えるだろうし、晴明の指示を間違えないだろうから心配はない。
晴明たちを無視して井戸を覗き込み、異次元ルートを作ろうとしているらしい篁が、じゃあ、と顔を上げて晴明を見た。
「私も言われた通りにラクガキ貼り付けてきますー」
「篁は、異次元トンネルを作れるのでそれで近道して行ってください」
能力者としての才能を見込んで一番遠いエリアをお願いしたのだ。
篁はがさごそと井戸に入りながら、ちょうど立ち去ろうとしていた破と華へ手を振っていた。
「にしてもこのラクガキは大人に見つかったらきっと、いたずらしてるって断定されて怒られるんでしょうねー晴明どのの呪符って知らない者が見たらまちがいなくはがされるレベルですよーすごいラクガキですー呪符とわからないようにするためのフェイクですかー」
「いやだから、ラクガキでもなければフェイクもまったくない、がちな私の眷属をつけた守護札ですってば」
「あーはいはいはいはいはいー」
晴明は主張をするが、篁はかなりいい加減に聞いている。ぱっと井戸の中に消えてしまった。
「……さて。問題は名無しだが」
「────」
無視だ、しかも女童の格好を脱ごうとしている。
その上で、今まで着ていた服から呪符を何枚も取り出し準備を始めた。
それを視線で追いながら、晴明は指摘してやる。
「おまえがすでに準備してきた札は『結界符』ですね。ということは、おまえはこの件の怪異は内部の犯行ではなく外部犯であると?」
「……私が追っているのは『結界符』だと、どうして思う?」
不愉快そうに眉を顰めるのは、晴明の指摘が合っていたからだ。
「天才だからわかりますよ」
胸を張って当然のことを言い放ってやったのだが、思い切り無視された。
「おまえが準備したラクガキ呪符だって、『目』の式神だらけだな。しかもほとんどのものが外に向けてある。つまり、私と同じように外からの攻撃であると推測しているのだろう」
「だけじゃありませんよ、私はもう一種類仕込んでますから、それは──」
ヒントをくれてやろうとした時。
「っ!?」
後宮の奥の方から、大きな『気』を感じた──これは
「現れたのか……? いや、しかし今までとは比べようもないほど、力の強い連中が集まってきたようだが……なぜだ?」
そこまで瞬時に読み取れるとは。感心はするが絶対に表情に出さない。
「篁を向かわせた付近から出てきてるようですね。亜空間のトンネル掘りができて、即行で遠いところまで移動できる篁も、間に合わなかったのでしょうか」
「いや、思うに異次元トンネルの作り間違えをしたのではないか? たとえば、うっかり獄界につなげてしまったとか……」
「…………」
なるほど。
名無しに同意するなんてまっぴらだが、晴明もそんな気しかない。
優秀すぎる者は、何周も回って無能な秀才も多い。それか。
さて、どうしよう。
闇の皇太子 リトルモンスターたちのお祭り騒ぎ/金沢有倖 ビーズログ文庫アリス @bslog_alice
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。闇の皇太子 リトルモンスターたちのお祭り騒ぎ/金沢有倖の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます