第4話
「わかりました、
名無しがぺこり、と頭を下げる。
想像していなかった名無しの従順な態度に、
「ごしじどおり……」
名無しの呟きを、華が復唱する。
「華はまだ小さいからわからないと思いますが、つまり《てめーの言うことなんざ無視しまくったるわ。少年好きの変態陰陽師》って意味ですよ」
「晴明さま、華はちゃんとただしいいみをわかっています」
つまらない。即行でつっこんでくる破もだが、手を叩いて笑っている篁も不愉快だ。
さらに、不意打ちで弟子の頭を殴る師匠の道徳心もどうかと思う。
「ふむ。お前は頭の回転も速くその場の想定外な事態にも的確に動ける。期待しているぞ」
晴明を睨んでから再び名無しへ視線を戻した保憲は、とても満足そうに頷いた。これはますますショタコン説が有力になるだけだろう。
そんな、師匠思いの弟子のハラハラも知らず、名無しなんぞとさらに親密そうに距離を縮めている(一大事だ)。
「同じ年頃の晴明といい、私の次代となる能力者の子供たちは才能がずば抜けている。今のうちからしっかり、己の能力をさらに磨く修行は怠らないよう」
「わかっています。日々精進します」
「ふむ……。お前はとても素直で前向きだ。人間性の成長も期待しているぞ。幼い頃から面倒を見ている弟子には能力以外を期待していないゆえ、より一層」
誰のことだろうか、師匠には晴明以外の弟子はいないはずだが。
「はい、ありがとうございました」
(かゆいかゆいかゆい)
素直に保憲に頭を下げる名無しに、晴明はもう首やら腕やらがむずむずする──何のしらじらしい挨拶ごっこだ。
「ししょー。べつにこの名無しは師匠の弟子じゃないですよー。顔が気に入って愛でてるんですか? 少年愛主義もだいがいにしないと」
「お前、説教タイムの上に山ほどの課題をつけてやるからな」
睨まれた。尊崇する師匠を心配しただけなのに、なぜ。
「────まあ、晴明に関してはいろいろと心配があるなんてもんじゃないが、破や華、篁もいるし、ケンカしたりはせず後宮内で起きている怪異を解決できるだろう……大丈夫……いや、どうかな。まあ、最悪な事態はない……と、信じる……いや、信じたい」
途中から独り言ではなく神頼みに変化させていた師匠だが、心配性すぎるのだ。こんなに晴明は優秀なのに。
「──では、私は陰陽寮へ戻り父上や他の陰陽師とともに周辺を調べておく。後宮へは子供たちだけで行くように」
「安全なところで高見の見物ですかー師匠、それはいくらなんでも怖がりすぎじゃないですかー?」
「何を言っている。私がどうして、たかが百鬼夜行を怖がると」
「いえ、後宮の女官たち──特に鳳仙花と茜の上のこととか」
「────」
師匠の視線が逸れた。
「こどもだちだけだと、なにかあったときにこまります」
「ですよねー大人のいんそつってだいじだとおもうんですけどーあれー?」
「……お前たちの身元はみなわかっているゆえ、問題ないだろう」
破が非難するように師匠を凝視し、篁がニヤニヤとして下から顔を覗き込んでいる。
その様子はたちの悪いチンピラのようだが、まったく視線を合わせない師匠には《意地でも後宮には近寄らない》という鉄の意志が窺えた。
「……何かあったら、眷属を飛ばしなさい。晴明」
「口の眷属を飛ばします」
「先日、ラクガキが飛んでいる、と官人らの間で話題になってしまったが……まあいい」
師匠は諦めたように、溜息をついた──それは晴明たち子供側がしたい態度だ。
☆ ☆ ☆
「ごくろうさまです、おじゃましますー」
「……ます」
「やあやあみなさん、ほんとうにおつかれさまですーこていきゅうなんですからなあなあのおしごとでいいとおもうのであんまり気ばらなくてもよいとおもうのですがー」
破が行儀よく頭を下げると華も慌てて一緒に下げて、さらに続いた篁が無駄口を叩く。
いつもと変わらない完璧なコンボに、後宮の衛兵らも苦笑いをするだけだ。
「みなさん、お父上のお仕事のお手伝いですか?」
蔵人頭である父とも顔見知りらしき古株な衛兵に笑顔で話しかけられ、破が頷いた。
「はい、きょかはいただいているのでおじゃまします」
「……ます」
慌てて破の背後から、華もぴょこり、と頭を下げた。通りかかった下位の女官から、かわいい、と声が漏れる──天然でやるから末恐ろしい。
「私は、ちゃんと陰陽師の仕事できてますよ」
「わかっていますよみなさん」
門を護る衛兵から離れ、
「そりゃー当たりまえですよねーこどもながらにすでに式神も創造できて、神の子初代晴明公に次いだ能力者って称賛されてる天才キッズなんですしー」
「まあまあ、当然のことを言っても日常会話になるだけですよ」
「の割に、自分から自慢しまくっているがな。馬鹿馬鹿しい」
「…………」
思わず、足が止まった。
振り返る──そこにいたのは、すっかり存在を頭から除外していた名無しだ。
晴明らから数歩離れて歩いていた名無しは、晴明たちが凝視するのも気にしていない。後宮の中を見回していた。
「異質な空気はただよっているな。異形が百鬼夜行をしているから、というよりは、何か呪いが周囲に立ちこめているのだろう」
「……名無し、文句を言いたいならもっとはっきり言うべきでは?」
「仕事に集中しろ」
「…………」
腹立つ。
晴明たちを無視して、一人でいろいろと探り始めている。その優等生ぶった態度は、晴明たちと自分は真面目さが違うんだ、と体現しているようだ。
「ショタコン師匠に気に入られるために、点数稼ぎですか?」
「────付き合っておいて損のない大人には、従順でいるべきだ。陰陽を学べるうえに、社会的な地位の高い大人に近寄っているいろいろと便利でもある」
「────」
余計にムカついた。
こんなヤツ、美少年好きの公家に狙われて大変とか、不名誉な噂が流れてしまえばいいのに、その場、相手として予想される公家が師匠である可能性が極めて高いがそれはそれで目を瞑るとして。
「気になるなら、晴明殿も彼くらい真面目に調査するとかってどうですかー? 私も協力しますよーなーんか異形の気がとくに放たれている場所を探すとかーってどーでしょー」
「そうですね、篁。どんな手を使っても名無しなんぞに負けないで手柄も何一つ渡さず後宮での事件を完全に解決しましょう」
「きょうそうですか?」
「たたかいです」
あんな、根性も育ちも性格も悪い奴が解決なんかして、大人から褒められたりしたらとんでもないと思う。
「なんとしても、名無しには負けませんよ。私の天才的頭脳と陰陽で、たちどころに解決しましょう」
迅速かつ、気合いで圧倒的な勝者になってやる。
「……素直じゃなくて、信用したいけどその勇気がないだけなきもしますけどね」
「は?」
名無しをじっと凝視していた破の呟きに、晴明は思いきり眉間を寄せた。
「保憲様のことは、好きみたいです。おはなしをしていた時も、まとう気は、とても綺麗でしたし。疑っていれば黒くにごるはずですから」
「それは師匠に言ってはいけませんよ。ショタコン趣味が加速します」
一応、口止めだ。
(破ですらわかるとは……隠す気もないのか、破の能力がより成長しているのか)
とっくに晴明だってわかっていたことである。しかし、それはそれでムカつくので無視をしていたのだが。
──何より、あんなやつの本心をわかってやる必要はないし。
「とにかく」
一人でさっさと常寧殿の方へ向かってしまった名無しの背を眺めつつ、晴明は破や華、井戸に潜り込もうとしている篁へ指示をした。
「今すぐ後宮の百鬼夜行をみつけてひっつかまえて呪符貼りまくって冥界へ返してしまいましょう」
絶対に、名無しには負けられない。
「さっ、大捜査かいしです」
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