第3話
「じゃあ、父上はおしごとがんばってください」
公務へ戻る父や
ペコリ、と
「おつかれさまです。いつも、私たちのためにはたらいてくださり、ほんとうにありがとうございます」
「……ます」
別に子供のために働いているのではないと思うんだが、と言ったらきっと保憲師匠に怒られるだろうから、黙っておいた。
「わかりました。華のお父上には、華がそう言って感謝していたと、私からちゃんと言っておきますよ」
くすり、と笑う破の父は、気むずかしく近寄りがたいと評判の左大臣(華の父)にも平然と応対できる数少ない公家らしい。
(というか、破の父のほうが左大臣より華の面倒をよくみているし。破の父へのお礼の言葉だったんじゃないか)
華の、困ったような嬉しいような顔がそれを表している。
「本当に……っ、晴明、
「おおげさですねえ、父上。私のように優秀で天才で自慢にしかならない息子に対して、そんなけんそんの演技をしなくてもいいでしょうに」
「十歳になるのだし、そろそろお前は己のはた迷惑な言動を自覚しなさい」
父は真顔だが、ギャグにしか聞こえない。
「ふつつかな息子ですが、本当によろしくお願いします保憲殿」
「
頭を下げる父と保憲師匠の、安定の社交辞令である。人が羨む出来のよい子供を持つと、親は周囲へ気を遣い下手に出ねばならないという典型的パターンであろう。
結局そのまま、晴明の父と破の父の二人は公務のため去った。
晴明と破と華は、保憲に腕を引かれて後宮へ向かう。とはいえ
「保憲殿、お疲れ様です」
「これはこれは……父君の
保憲師匠よりも高位な公家らが頭を下げる様子からして、稀代の陰陽師と謳われる
一番弟子である晴明も鼻高々だ。まあ、晴明のような天才の師匠ができる保憲師匠も、同じく晴明を自慢に思っているだろうが。
だからこそ、師匠思いの晴明としては心から心配になった。
「師匠、私たちのような可愛い童をたくさん引き連れて、ひとけのない高い壁にかこまれたところへ向かうと、犯罪のにおいしかしませんよ。ただですら、少年愛好家って噂が流れてるんですから」
「お前だろう、そんなろくでもない噂を流すのは」
「しませんよ、私ほど師匠を尊敬している弟子なんかいませんし」
ちなみに師匠と手を繋いでいるのは、破と華だ。晴明は年長なのでその横を歩いている。
ちらり、と師匠が晴明を見た。
「お前が宣秋門の門兵に団子をもらいながら、私が結婚しないのは美少年が大好きだからだ、と真顔でホラを吹いていたのは見たぞ。昨日、眷属を使って」
「師匠、弟子のプライベートを覗き見なんかするから、ショタコンって噂が定着するんですよ。私のことが、好きすぎるんじゃないんですか?」
「……よし、夕方から説教タイム」
イジメだ、弟子に対するパワハラだろうこれは。
「こうやってみんなで行くと、遠足みたいでたのしいですね」
保憲の手を繋いだまま、ニコニコと破が嬉しそうにすれば華もこくこく頷く。
しかし、すぐに前方──後宮の承香殿の屋根の辺りを見て、足を止めた。
「あ、あそこ……」
「あー、華も気づきましたか」
華が指を差すが、もちろん晴明もとっくにわかっていた。破も気づいていたらしく、華が指差す承香殿の屋根上へ顔ごと視線を向ける。
承香殿は後宮の入り口にあたる殿だ。大きくて立派なその屋根に、女の姿をしているイギョウがたくさん座っていた──女官が通るたびに、彼女たちへ悪態や恨みつらみを呟いている。その言葉が濁った気となり後宮に纏わりついていた。
──晴明が想像していた以上に、たちが悪すぎる。
晴明は師匠の顔を見上げた。
「あれらが鬼火もいっていた、さいきん後宮にでるというイギョウですか?」
「ああそうだ、破も華も視えているから合格だな」
(試すために、わざわざつれてきたのか)
師匠はこれ以上、子供ばかりを弟子にして一体何をしたいのか。ますます疑念が疑念を呼び、婚期が遅れてしまう。
にしても、破や華の能力者としての成長は、晴明の師匠である賀茂保憲すらも感心するほどらしい。
初代に続いた能力者として称賛されまくっている大天才の晴明が作った、
「妖魔闇鬼が、とおまきに後宮をかこってますねえーみなさんみえますかーさすがですねーつよさのレベルとかはわかりますかー? 私はちなみにわからないですーはははー」
いきなり古井戸の方から声がかかる。見ると、中から篁が這い出ているところだった。
オモテのホラー映画のワンシーンのよう……ではない。篁の明るい雰囲気はまるで対極だし。
「後宮おかかえの呪術師が、ぜんいんそろってなんとか祓えるかどうか、というほどつよい妖魔闇鬼ですね」
「一体なにがげんいんで、後宮にあんな妖魔がどさっていすわってしまったのか、そのりゆうにきょうみありますよねーフツーの呪術師が召還できるレベルじゃないから、かなり上位の能力者がかかわってるのがますますー」
古井戸からよいしょ、と出て晴明たちの側に来る篁はさすがだ、的確に妖魔のレベルを理解している。
「後宮のモンスターたちが高いおかねをはらって、違法な呪術師にいらいしたんじゃないかっておもうんですけどねー。ないしは、そんな険悪な気に誘われてあつまったとか」
「お前はまた……鳳仙花の上と茜の上へ、失礼なことばかり言うのはよせ」
いや師匠もなかなかだ。晴明は別に誰のこととか何も言っていない。
とは、優等生な弟子なので、黙っておいた。
晴明の横で、顔をしかめていた師匠が厳しい口調のまま呟いた。
「……やはりな。あれらを召還したのは……やはり……」
(師匠?)
なんのことだ、と訊ねようとした──その時。
「──そこ、あるいてるの……」
「あっ」
破がふと、斜め向こうに何かを見つける。
つられたように華もそちらを見て、驚いていた。晴明はすでに見えていたのだが、ただ眉間がこれ以上ないほど、ぎゅうう、と寄ってしまう。
──なんで、こいつが内裏の宣秋門内にいるんだ。
「名無し」
「……」
思わず呟けば、『名無し』が子供らしくない冷めた視線を向けてくる。
ああやっぱり。間違いない、晴明が今一番気にくわないヤツだった。
ふるふると、破が首を横に振った。
「もう、『名無し』じゃないです晴明さま。賀茂保憲さまのしょうかいで
「そもそも、それが気に入らないんですよ」
賀茂保憲は晴明の師匠なのに、なぜかこの
闇皇は比紗さまにラブラブなので、比紗さまが(不可解にも)気に入っているらしき名無しを気にかけるのは(点数稼ぎというか比紗さまへの媚売りとして)なっとくしている。
しかし、当代随一の大陰陽師である大師匠と師匠の双方までもが心配してやってるなんて信じられないことだ。
「師匠の、ショタコン説がより有力になったげんいん……!」
「晴明、怒るぞ」
『名無し』を睨みながら呟いたら、うっかり師匠に聞こえた。しまった。
破と篁が、オロオロする華を真ん中にして『名無し』を見た。
「あの子は最近、一位様のお使いでよく後宮へくるそうです」
「あー私も井戸からよくみてますよー。鳳仙花の上が先日、肌荒れと皺のばしに効果のある薬草を頼んでたりーそういう用事が今回もあったんじゃないですかー」
「厚化粧をやめれば、肌荒れも皺も少しは改善されますよ」
薬草が入った篭を手に持っていることからして、破の推測通りの用事で内裏までやって来たのだろうが、そもそも破のように弟子でもないのに図々しく施療院に通い詰めて一位の信用を得ていることとか、何もかも気にくわない。
『名無し』が視界に留まったままで、不愉快極まりないし。
ぶっちゃけ消えてほしい。晴明の行動範囲で息をするな、とすら思うのに。
ケンカでもふっかけて追い出そうとした晴明へ、師匠がはっきり言った。
「晴明、今件のあの妖魔退治はお前とあの子でやるんだ。お互いの能力を高め合い、協力し合うように。わかったな」
「はあ!?」
言葉に耳を疑った。
(意味がわからない……!)
──絶対、うまくいかない気しかしない。
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