第2話

晴明せいめい、後宮で近頃起きている怪異を解決する、というのは本当か?」

「ええまあ、ぼんじんを救うのは、天才のしゅくめいですから」


 晴明が日当たりのよい簀子縁すのこぶちで眷属の呪符を書き込んでいたら、父が心配そうにやって来た。

 顔を上げた拍子に少しカエルの画が崩れたが、まあ及第レベルだろう。元々の画力が高いので、問題はない。


「……高旭たかあきらの子と一緒に、鳳仙花ほうせんかの上とあかねの上へ、暴言を吐きまくっていたというのは、本当か? お前、闇皇やみおうの側室に無礼をするのは……」

ほくとも私も、悪口なんか言ってませんよ。しつれいな」

「いやしかし、通りかかった渡邊兵衛督わたなべひょうえのかみが聞いていたと……」

「じじつを冷静にお伝えしていただけですよ、破も私も」

「…………」


 父が黙った。高旭とは破の父の名前だが、闇皇や渡邊兵衛督、賀茂かもの保憲やすのり師匠とともに父の幼なじみらしい。ちなみに、はなやぎの父である左大臣は闇皇の父上にべったりだったらしくて、晴明の父たちと公務以外で連れ合っているのは見たことがない。




──ここは、闇皇宮の宣秋門せんしゅうもんにある番所である。

 出仕する公家らが使用する牛車ぎっしゃが通る大門の中だ。それゆえに番所があったり官人や公家の出入りが多いのだが、いつも晴明や破や華はここで待つように言われて置き去りにされていた。


「何度も言うが、晴明、私も高旭も、お前たちをここに置き去りにしているわけではないぞ。ここが一番、子供が親を待つには適した場所ゆえ、我々が公務の間は託児しているだけだ」

「託児って、最年少の華だって六つ、年長の私にいたってはもう十歳ですよ、父上」

 ぷう、と頬を膨らませて反論すれば、室内で本を読んでいた破と華も様子を窺うように晴明たちの方を眺めてきた。


「あくにんには用心しますし、いくら金持ちで名家の子で可愛すぎてうっかり誘拐したくなる変質者がでてもおかしくないいつざいとはいえ、ちゃんと回避するすべはわかってます。ねえ、破、華」

「ええ、まあ」

「……まあ」

 ニコニコで言う破と、真似をして頷く華だ。


 父はそんな二人と晴明を見比べてから溜息をついた。


「……。守衛門の役人しか、おまえたちを引き受けてくれなかっただけだ」

 晴明が自分の確信めいた推測にうなずいていたら、父が真っ向から否定してきた。

「なるほど、私たちのように愛らしい子供は、高確率でゆうかいされてしまうだろうから、そんなサイアクな時のせきにんはもてない、と守衛門の役人いがいはしりごみしたと」

「お前たちの、修行と称した度重なる悪戯を知っている官人たちは全員、世話したがらなかったんだ。守衛門の役人はクジで負けただけだ」

 父が頭を抱えながら告げてきたことは心外すぎる。


「誰も保護者がいないところで、お前たちだけにもできないし……。大人の目がなければ、何をするかわからないからな」

「大人の目があったところで、私たちのげんどうにブレはありませんが」

「怒るぞ」

 正直で素直な子供に、理不尽な怒りである。

 父は深い溜息を、もう十回はついている。


 にしても大人たちは本当に狭量すぎると晴明は思うのだ。ほんのちょっと、紫宸殿ししんでん清涼殿せいりょうでんをカエルまみれにしたことが十数回あるくらいでいまだに怒っているのだろうか。なかなかに面倒くさい。


「晴明、カエルの式神ばかりを創るのはやめて、そろそろ他のものも工夫しなさい」

「あ、師匠」


 背後から、ひょいと新作呪符を覗き込んできたのは、陰陽術おんみょうじゅつを晴明に教えてくれている賀茂保憲師匠だ。


 さらに役人らに丁寧な挨拶をしながら、蔵人くろうど別当べっとうという、闇皇の執事的な地位にいる破の父もやってきた。


「父上、お疲れ様です」

「……です」

 本をそっと閉じて華の読んでいたものと丁寧に重ね持つと、破はててて、と自分の父へ近寄って挨拶をした。もちろん、慌てて華も同じ行動をする。


 そんな二人の頭を撫でながら、高旭が苦笑する。

「うちの破もですが……あなた方は能力者で、他の子供とは違うのです。闇皇様のお計らいにより、臣下の子供が特別に内裏だいりに入れるのですから、くれぐれもお行儀よくしないといけませんよ」

「はい」

「……はい」


 頷く二人へ、晴明が溜息をついた。


「ほんとうに、気をつかいますよね。闇皇様が将来を担う天才な我々をとくべつにゆうぐうしているのは、大内裏でも有名なはなしですから、いろいろきをつかうんですよね」

「お前がそんなたまか、晴明」

 保憲師匠は弟子の晴明を誤解しているが、父まで頷いているのは遺憾である。

「比紗様の御子である、オモテの皇子の近習になる予定ですからね。このくらい元気があった方がよいと思いますよ、安仁」

 さすがの破の父はわかっている。


「ところで、後宮で異形があらわれて、かるいホラースポットとなっているけんですが。師匠はどうおもわれますか?」

「晴明の、陰陽術の修行にはちょうどいいな」

 晴明お手製の素晴らしき呪符を眺めていた師匠は、いつもの修行の時と同じような様子である。


「後宮の女官らがみな、困っている。大典侍からも早急な対応を頼まれていたゆえ、晴明、頑張って解決してきなさい」

「師匠が行った方が、女官らは喜ぶんじゃないんですか? 独身イケメンは貴重ですし、女官らと親しくしておいた方がいいですよ。ただですら、師匠は少年好きではないかとか疑われているんですから」

「お前、そういうろくでもない情報はどこから入手してるんだ」


 弟子として心から師匠を心配したのに、怒られた。


「後宮の全員が、困っていらっしゃるようですね。特に、鳳仙花の上と茜の上は異形と深夜に遭遇してしまい、本当に恐ろしかったらしいです」

「気の強い側室様たちではあるが、心弱い女性だ。災難だったな」

 破の父へ頷く意見は本心からか。我が父ながらびっくりなお人好しだと晴明は思う。


「怪異が立て続きすぎているゆえ、不穏な気も集まってきている。それはどうにかすべきだろう」

「ですね、ただですら魔境な後宮が、妖魔闇鬼の巣窟になったら本当に金を取って見世物小屋にするくらいしか活用方法なくなりますしね……あだっ」

 師匠へ頷いたのに、殴られた。


「うちの破も、お手伝いできますか? 保憲殿」

「もちろん。晴明の力強い協力者になろう」


 破の父──高旭の提案に、師匠は悩むことなく即答だ。破の能力は気を操るもので、かなり優秀だと保憲師匠も認めていた。

 もちろん、それには晴明も同意である。

 闇皇様の兄君である一位様から学ぶ薬草や薬の効能と結びつけ、役に立とうと普段は勉強をしている。それはすでに、典薬寮に勤める官人顔負けの知識量ということで、かなり重宝されているらしかった。

 そうじゃなくても破は優秀だし、晴明の大切な仲間だ。


 ちなみに晴明が初めて式神創造に成功したのは華の年齢と同じ六歳の時だが、華も火を操る能力者としてはかなり優秀である──まだちょっと、不安定さはあるものの。


 そんな二人よりもはるかに能力が優秀な晴明であるが、それは単に晴明が天才すぎただけだ。

 いかに神童の聞こえ高い華や破とも、一緒にしてはいけないことはわかっているので自慢はしない。醸し出してしまう天才オーラは仕方ないとして。


「晴明、お前は確かに能力者としては優秀だが、もっと謙虚になりなさい」

 保憲師匠が溜息をつく。

 こんなに謙虚なのに、言ってる意味がわからない。


「後宮に現れる、異形の正体ですが……。保憲殿は、予想がついているのでしょうか?」

 高旭が訊ねると、保憲師匠がちらり、と視線を向ける。

「……後々に、それは」


 意味深というか、何かを訴える感じがする。これは、予想がついている顔だ。

「──だからこそ、晴明にはちょうどよいのかと認識している」

 何かを考えながら、保憲師匠が晴明を見つめた。

 そして、断言する。


「晴明の背負う宿命星に関わる異形だからだ」

「はあ?」


 どういう意味だ?

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