闇の皇太子 リトルモンスターたちのお祭り騒ぎ/金沢有倖

ビーズログ文庫アリス

第1話

「うわ……!」

「で、でた!」


 後宮の常香殿じょうこうでんの渡り廊下で、兵らの悲鳴が上がる。


≪くやしやくやしや、ああ、そこにおるのは誰ぞわらわのうらみつらみをききや……≫


 彷徨さまよう者は、明らかに生気がない──人の形をしている者もあれば、内臓が出ている者、骸骨がいこつになりかけた者など様々だ。人魂ひとだまのようなものを従え、大勢でありながら足音を一切させずに側室らが住まう殿へ向かって歩いている。


 ──このような怪異が、最近、闇皇宮やみこうきゅうの最奥・側室や女官らが住まう後宮でたびたび起きていた。


◆ ◆ ◆


 闇世界は、我々が知る世界と表裏一体の世界である。


 我々の世界を闇世界側では≪オモテ≫といい、基本的には一般の人々に交流はない。

 闇世界は闇をつかさどる世界であり、オモテを影で支えている。暗闇に生きる者たちの多くは闇の住民であり、その中にはいわゆる幽霊、と呼ばれるものもあった。

 ──もっとも、闇世界ではそれらを≪妖魔≫≪闇鬼あんき≫と呼んでいる。

 大まかに分別をして、≪妖魔≫は異形であっても形を成しているもの、≪闇鬼≫は闇のように真っ黒なもやのような負の気の集合体のようなものだ。

 これらはネガティヴなものであり、闇世界の他にも闇世界がべる獄界、冥界などに多く存在している。

 しかし、暗闇やうしの刻など負の気が強い時にオモテへやって来るものはある。いわゆる、心霊体験と言われるものの多くが彼らの所業によるものだった。


 

 闇世界とこの世界──≪オモテ≫の人々に大差はない。見た目はまったく同じ人間だ。

 しかし大きく異なることは、闇世界はオモテでいう平安時代の文化や様式が現在も続いている。

 オモテのように機械などに溢れていることはない。それは、数多く存在している妖魔闇鬼などが機器に極めて憑依ひょういしやすく、支配すらする最悪の可能性もあるからだ。それを避けるためにも、闇世界は極力、機械などの使用はしない。


 そして、さらにオモテと違うこととして、闇の民の中にはかなりの低確率ではあるが、いわゆる超能力を持つ≪能力者≫が生まれることがある。

 その力は強い者であれば、自然現象や物質を支配する。たった一人ではあるが、神仏を動かすことすらできる子供すらいた。


 彼らの能力は、闇世界の民を護るためにあり、闇世界の頂点である闇皇やみおうや皇族の直属として仕えている。

 能力が覚醒した時から厳しい修行を重ねるのだが、その覚醒も個人差があり、生まれた時からすでに能力者である者、ある時に覚醒する者と様々だ。

 周囲は彼ら能力者を一目置くことが多く、闇皇に認められた能力者となると、その能力の高さを評価されて子供ながらに大人に混ざり能力を発揮できる仕事の手伝いを行っていた。


 そして、陰陽おんみょう、道教やその他の占術、呪いなどを操る能力者が闇世界にかたよっているのも特徴だ。上級の者になれば、獄界の鬼や妖魔、闇鬼すらも操作することが可能となる。 

 現在、この闇世界を妖魔闇鬼などから護っているのは、大陰陽師を数多く排出してきた賀茂かも氏の当主──陰陽寮のトップにして、闇皇直属の陰陽師でもある賀茂忠行ただゆきとその息子の保憲やすのりである。



 そんな大陰陽師が、ここ数年の間に闇世界では特異なことが起きる、と星を読んで予知した。

 かつてあり得ないほどに、一時代に能力者が集まる──それはつまり、彼らの頂点となる次代の闇皇が、それだけ多くの能力者を必要とする≪改革≫をなすべき存在である、という表れでもある。


 

 ──そんな、天にも選ばれた能力者がまだ子供時代で、自分たちが仕えるべき次期闇皇と出会う前──今から十五年ほど前の、闇皇宮(闇世界の大内裏だいだいり)でのある事件の話。


 ◆ ◆ ◆


「さいきん、後宮で女官たちがこまっているんだ。どうにかならないか」

「って、いわれても……」

 ほくとと一緒に勉強をしていたはなやぎのところへ、鬼火きよかが後宮の方からやってきて相談を持ちかけてくる。


 鬼火は聡明な、今年九歳の子供だ。皇族を守護する役目の最高権力者である父と母を持つからか、子供ながらに武芸も大人顔負けの腕っ節で近衛の信頼も篤いらしい。そのせいか、すでに後宮警護職の手伝いを日頃から行っていた。

 いかにも真面目な優等生そのもので見た目は中性的で綺麗ではあるが、雰囲気からは男らしさしか感じなかった。


 そんな鬼火が、腕を前で組んで難しそうな顔をしているから何があったのだろうとは、この場にいた全員がわかった。


「ど、どうしましょう……、晴明せいめいさま」

「華にそうだんをもちかけられてもこまります、晴明さま、おねがいします」

「まあ、そうですよねえ」


 華と破が救援を求めるのに、やれやれ、と晴明は制作途中の呪符を小脇に抱えて彼らに近寄った。

 聡明さでは同じ年頃の子供たちの中でも群を抜いて優秀な晴明だ。こうやって頼られるのはいつものことで、いつのまにかリーダー的な存在にもなっているのだ。



 華は闇皇の臣下の中でもっとも権力のある左大臣の子で、今年六歳である。そして破は七歳で、華とは生まれた時からずっと一緒に育っている華の兄的な存在だ。破の父は蔵人頭くろうどがしらであるが、茶の宗家で闇皇の茶の先生でもあるのでなかなか微妙な立ち位置であると晴明は訊いている。


 鬼火を含め、基本的に晴明と同じく幼い時から英才教育を受けている公家の子供たちは揃って眉目秀麗びもくしゅうれいであるけれども、華は群を抜いて綺麗な子供だ。

 大人しく、兄代わりの破の背中にいつも隠れているが、頭は良くて能力者としても優秀だ(と、晴明の師匠で当代一の大陰陽師でもある賀茂忠行様や保憲様もおっしゃっていた)。



「女官がこまっているということは、後宮でなにかあったのでしょうか? 晴明さまはなにかかんじましたか?」

「そうですねえ……。闇皇様の側室の、鳳仙花ほうせんかの上とあかねの上が激しくケンカしているのは感じましたけど……」

「それは、いつものことです」


 鬼火に聞こえないからと、破に遠慮はない。

 いかにも物静かで平和を愛する穏やかな性格ではあるが、怒るとなかなかな毒を吐く。いつでも柔らかい笑顔は変わらないからこその、その子供らしからぬ恐ろしさを、物心ついた時から付き合っている晴明は知っていた。


「晴明さま、申し訳ありませんが……稀代きだいの大陰陽師である、賀茂忠行さま、保憲さまに認められた陰陽の天才児である晴明さまの力をかりれたら、たいへんありがたいです」

「ということは、後宮というか女官たちの前に異形でも現れ、それが誰かが誰かを呪ったがゆえのものだったりしましたか?」

「……いえ、そこまでくわしくはわかりません。ただ、異形が後宮内を彷徨っていて、女官のみなさまがおびえています。それを助けていただけないかと」

「ほう、異形がさまよう? それは、化粧を落としたすっぴんの鳳仙花の上と茜の上の顔を見てしまったとかではなく?」

「…………」


 晴明が正直な疑問を口にすると、鬼火がとてつもなく困惑したように逡巡してから見返してきた。


闇皇の側室である鳳仙花の上と茜の上が、怪獣のようにやかましい女性で気が強くて不仲であることは内裏では有名な話だ。

 お抱えのまじない屋をそれぞれ雇い、側室内で闇皇に近づく女官らをことごとく呪いまくっているらしい。二人ははイケメンが大好きなので、晴明の父や師匠の保憲、破の父などかなり色目を使われて困ってもいるというのに、本当にモンスター側室たちである。

 ──闇皇様はあくまでも政治的事情でめとったとかで、それもいろいろ問題に拍車をかけているのかもしれないが、晴明はまだ子供だからよくわからない(ということにする)。


 言いにくそうに鬼火が、口を開いた。

「……いや、鳳仙花の上と、茜の上も見たことがあるようで……五徳をあたまにかぶり、ロウソクの火でてらしてうらみつらみを口にしながら、後宮の側室様方の殿をまわるそうです……」

「鳳仙花の上が見た者が、丑の刻参りに行くとちゅうの茜の上で、茜の上が見たのが、わら人形を打つご神木をチョイスしている鳳仙花の上なんじゃないんですか?」

「……いや、大量の妖魔闇鬼というか、骸骨や死体などの姿をした異形をぞろぞろひきつれて歩いているらしいですから……たぶん、鳳仙花の上でも、葵の上でもないような……」

「ああ、なるほど、確かに」


 晴明が納得して頷けば、ホッとしたように鬼火が溜息をついた。

「わかっていただけて、よかったです」

「晴明さま、いくらなんでも異形がかわいそうです」

「ほっほくと……!」

 そんな晴明の背後から、ニコニコ笑顔の破が突っ込み、華が慌ててそれを止めようとした。


「と、とにかく……いちど、後宮でその異形たちを確認していただきたいのです。そして、できればあれらを退治するなり消すなりしていただければと思いまして……」

「ですよねえ、そうきますよねえ」

 鬼火が頭を下げるのに、晴明は溜息をつく。


 めんどうくさい、と断りたいところだが、異形に怯える人々を救うのは能力者の役目だ、とは師匠が年中、晴明へ(鬱陶しいほど熱く)言い聞かせていることだ。


(断って、それが師匠にバレたら大目玉であるのは確実……)


 だったら仕方ない、事情を聞いてどうにかするべきか、と晴明は溜息をついた。

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