実況って大変

kouya

実況って大変



そろそろと部屋から顔を出し、じっと耳を澄ませる。

――うん、何の音もしないな。

まあ、丑三つ近い時間だから当たり前だが。それでも念には念をということで、もう数秒周囲の様子を窺ってからようやく頭を引っ込めた。こういうのは慎重になりすぎるのくらいが丁度いい。

安全確認もした。機材の準備ももちろん万端抜かりはない。

――完璧だ。

だが、その完璧な環境もいつまでもつかは分からない。安全が保障されている今のうちにさっさと初めてしまおう。

途中邪魔が入らないよう灯りを消した暗い自室を迷うことなく歩を進める。いくら暗いとはいえ自分の部屋だ。流石に配置物の位置くらいは把握している。無事、というと少々大げさだが、特に支障もなく目的の場所に着き、予め敷いていた座布団に身を沈める。そこから腕を伸ばし、用意していた機材の電源を付けていくのだが、自分の手が微かに震えているのが分かり、今から始めることに自分は緊張していることにそこでようやく気づいた。もうかなりの回数をこなしているのに、どうにも慣れない。

電源を入れた機材が問題なく作動しているのを確認してから、部屋の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。


「どーも! 初見の方は初めまして。俺の前回の作品を見てくれた方はお久しぶりです、エレキと申します。今回俺が実況させていただくゲーム、フリーホラー『化け物の住む館』それではパート1、始めていきたいと思います!」


声は震えていないか、喋る速度は早すぎないか。その二つを意識しながら事前に計画していた通りに進行していく。

――俺ことエレキは、とある動画サイトでゲームの実況動画を投稿して活動している実況者だ。自分の投稿動画の再生数を見るに所謂底辺実況者というものに俺は分類されるが、    これでも初期の頃よりかはリスナーも増えてはいるのだ。雀の涙程度だけど。

いつかは俺もトップランカーになると目指して始めたこの実況だが、まあそれもいつのことになるのやら。

ボンヤリと考えながらも口は動画を撮る前に散々練習した言葉を流し続ける。動画の為に選んだゲームを起動すると、ゲームタイトルしか書かれていない簡素な画面が現れ、ゲームに指示されるがままキーを打ち込んでいく。注意勧告が流れ、画面は主人公設定に映った。小さなドット絵から判断するにこのゲームの主人公は年端もいかない少女らしい。

さて、名前はどうしようか。


「えっと、このゲームの主人公は女の子なんですねー。それじゃ名前は……エレ子で」


我ながらも安易すぎる名前だが、俺は底辺実況者が名前をつける時はこういう感じでいいと思っている。下手に笑わせようと変な名前をつけたり、真面目に名前をつけようとするとすべってしまうからだ。人気がある実況者ならそれもまた面白いということになるが、生憎とこちとらそういう救済は一切ない。世知辛いことだが、これが現実だ。

変にひねった名前をつけて少しでも面白いと思ってもらえれば儲けものだが、最悪の場合はすごく白けた動画になってしまう。

だから、ネーミングセンスに自信がなければデフォルトのままにするか自身のユーザー名にした方が無難だ。

因みに、俺のネーミングセンスは数年ほど前に


「何、この厨二みたいな名前」


俺のブログを見た友人の一言で自信はすっかりズタボロにされている。かっこいいと思ってたのに。

苦々しい過去の思い出を振り返りながら、三秒で考えた三文字の名前を入力し終えると画面が変わった。ストーリーが始まったらしい。小さなゲーム画面いっぱいに主人公の大きさから考えるとありえないくらいの規模が大きい屋敷がゆっくりと現れる。

どこかで見たことがあるような花のドットや井戸を映した後、画面中央に現れた序章代わりの文字を地声で読み上げる。俺が実況を始めた当初はキャラに合わせて高い声をだしたりしていたが、後に自分の動画を見たときコメントが散々だったためにすぐに止めた。

珍しくコメントが多いと、ドキドキしながら見に行っただけにあれはかなりショックだった。だからと言って、棒読みは気分が森がらないのでせめて感情を入れるようにして今は読んでいる。


「ここは昔祖父が住んでいたという屋敷。先日祖父が他界したので、父がこの屋敷を受け継ぐ筈だったのだが、思いのほか屋敷の痛みがひどかったためこの家を取り壊すことになったのだ」


文章から察するに今回のゲームの主人公はお嬢様設定のらしい。巨額の財産というのは正直かなり羨ましいが、ここまで大きい屋敷だと扱いに困るだろうし使わない部屋の為にハウスキーパーを雇うのも面倒だ。人間、身分相応のもので十分ということか。


「そして今日は、その屋敷を取り壊して新しい家を建てる前に祖父の遺品を取りに来たのだ……結構おじいちゃん思いなんですね、この子。いいことだと思いますよ俺は」


挟み挟みにコメントしながら、ゲームを進めていく。

このゲームをDLした時に説明を読んだのだが、このゲームは基本的に鬼ごっこ系のホラーゲームらしい。別に鬼ごっこ系のゲームならかなりの量をこなしているから、技術的には何ら問題はないが……問題があるとすれば、リアクションだ。

ホラーゲームの方が受けがいいということで、そういった類のゲームをし続けていたせいか、ホラー耐性がついたり展開が読めてしまったりと以前のような怖がったり叫んだりとした反応が出来なくなってしまっている。初心忘れるべからずとはこのことか。わざとらしい真似だけはしないように気を付けないといけない。


「中は結構ぼろぼろですねーいかにもって感じで。さってと、もう動けるみたいだし探索と行きますか!」



ようやく序章が終わったのか、操作が出来るようになったキャラを動かして所々床に穴が開いたような薄暗い屋敷の中、手頃なところからしつこいくらいエンターキーを連打していく。ここまで執拗なのは、以前投稿した動画では全く探索をしなかったからか必須アイテムが手に入らなくて物語が進まず、やっと進んだと思ったら後をひくようなバッドエンドだった。

――あのときのコメントも、凄かったなぁ。

珍しくコメントが多いと思ったらそのことに対しての指摘コメントばかりだったことを思い出して苦く笑う。

まあ、コメントを残してくれるだけでも嬉しいのだが。できればいいコメントの方がよりいいに決まってる。批判を貰って喜べるほど俺は上級者じゃない。

今回はしっかりと探索をして、滞りなく進めていきたい。もし、詰まってしまった場合はカット作業をすることも考えなくてはならない。あの作業は自分が頑張った結果が消えてしまうような気がして好きではないが、自己満足だけでは動画は伸びないので仕方ない。

……とりあえず今もカットしよう。アイテムは見つからないし、特にイベント起きず自分の少ないボキャブラリーを駆使してなんとか足掻いているだけになってしまっているし。


「この部屋には何もなさそうですね。あと、この作品メインである追いかけてくる相手もまだ出てこないみたいですし」


さて、このゲームはどう目玉を見せてくれるのか。

かの有名な青色の鬼が現れる館のゲームでは、シルエットを見せて恐怖心を煽った後、BGMで盛り上げつつ図書室で遭遇するのだが。

せめてこういうゲームでおなじみの洋風の館に似つかわしくない和室で襖を空けたら――とか、当然の如く存在する音楽室に鎮座する大きなピアノがいきなり鳴りだすなどのアクションをそろそろ起こして欲しいものだ。

俺はトークが上手くはない。ならリアクションはいいのかと言われれば静かに首を横に振るがそれでもトークよりはマシだ。必死にかき集めた話のネタすらもう尽きかけている。

――なにか、イベントを。

一塁の望みにかけ、鍵がかかっている部屋ばかりの中ようやく見つけた鍵のかかっていない部屋へ進む。ぬいぐるみが置いてあるだけの質素な部屋だ。もしかしたらここもハズレかもしれないと顔が引き攣った。

とりあえず、一番存在を主張しているぬいぐるみを調べてみると



「これは熊かな……わっ!」



調べた瞬間ボールの様にぬいぐるみの頭が転がったかと思えば、ぬいぐるみの大きさにしてはありえない量の血がフローリングの床に広がっていく。

……油断していた。どうせ何もないだろうと思っていたので突然の脅かし要素にちゃんとしたリアクションがとれなかった。なんだよ『わっ』って。ありきたりにも程がある。


「びっくりした……いきなりマミったぞこのぬいぐるみ。え、千切れた部分から鍵を入手したってよくとれましたねこの子」


血なのかペンキなのかはよくわからないが、視覚的にも精神的にも訴えてくるような赤をものともせず、ぬいぐるみの切り口に手を突っ込み鍵を得た少女に若干引いた。

そういえばこういった類のゲームでは、泥などの汚れだと汚れてるから触りたくないと主張してくるので、それを取る為の道具なり洗う水なりを探してようやくその鍵が取れるということはあるが、血塗れたアイテム等には驚いたり怖がったりと何かしらの反応は見せるがそれでもそのアイテムを血も拭かず取得するし、難なく使いこなしたりもする。

血より汚れてる方が嫌なのか。大抵そういうことを言う主人公は女の子なので、もしかしたらこれが女子と男子の価値観の違いなのかもしれない。あまり腑に落ちないが、考えても仕方がないので今はその話は置いておく。それよりようやく話が進展したのだから、この流れに乗らなければいけない。すぐにアイテム蘭を開き、少女がぬいぐるみから取り出したという鍵を調べる。


「客室の鍵? まあ、こんなに大きな屋敷だったら客室の一つや二つはあるか。それにしても、客室なんて一体どこにあるんでしょうね」


屋敷を探索し始めてから時間は経つが、地図なんてものは見つからなかった。恐らく地図がないタイプのゲームなんだとは思うが、もしこれが俺の探索が足りないだけだとしたらコメントが既プレイ、他の動画を見た方達によって恐ろしいことになってしまう。地図はあった方が俺もやりやすいので、念のためもう一度調べておこう。


「これもカットになるだろうから……動画にするとやっと10分くらいかな」


これだけ撮ってまだそれだけしか撮れてないことに少しずつ焦ってくる。

寝ているとはいえ、いつ家族の誰かが起きてくるか分からない以上俺に残されている時間はそうない。

俺に実況が撮れる時間はあまりない。中々家族――特に妹が夜更かしをして寝てくれない日が続いていて、ごそごそと夜中に活動しているとすぐに気づかれてしまう。しかもあいつは断りも入れずに俺の部屋に勝手に入ってくるので猶更危険だ。実況動画をあげているのは家族には秘密にしておきたい。何を言われるか分かったものじゃないからだ。

特に一番俺が危険視している妹なんかは、中学に進学したかと思えばすっかり生意気になってしまい、誰が何を言ってもとりあえず反発するような餓鬼になってしまった。自分も確かに厨二を拗らせた時分もあったが、あそこまでは酷くなかったとは思う……多分。

 これ以上このことに関して探っていくと自分の黒歴史が発掘される可能性もあるからそろそろやめてゲームに集中した方がいいだろう。藪から蛇は出したくない。

一階の探索はこれで十分ということにして、手をつけていなかった屋敷の二階に上がり、手当たり次第ドアを調べて入手した鍵の部屋である客室を探す。


「どこにあるのかな……っと。そろそろ脅かしだけじゃなくて幽霊とか出そうな感じなんですけどね」


そうでもないと動画に盛り上がらない。こんなことになるならもう少し持ちネタを用意しておくべきだったと後悔した。

とにかく、動画の為にも早く客室を探さないと――あ。


「開いたってことはここが客室ですよね。よかった、やっと見つかった」


ようやく物語が進む。ほっとした気持ちで開いたドアから入室して――すぐに部屋を出た。


「――うわあ……まじか」


入ったのはごちゃっとした物置のような部屋で、ゲームのテーマなのかよく現れるぬいぐるみがたくさん置かれていた。それだけなら別になんとも思わないのだが、部屋の中央に設置された椅子の上に数あるぬいぐるみを押しのけて存在を主張してくる小さい子供くらいの大きさの人形がいた。見た目からして『何か起こりますよ』と言いたげでしかも俺が部屋に入った途端そいつはバサバサと長い睫毛に縁取られて伏せていた瞼をこれでもかとばかりに大きく見開いたのだ。製作者がかなり力を入れていた場面なのか、ドット絵なのに人形の強調されたガラス玉のような瞳が恐怖感を演出していた……が、人形が動いたことにビビってしまい一瞬で退出してしまったのでしっかりと見ることができなかった。

折角のイベントだというのに勿体ないことをしてしまった。キーに指を乗せたままだったことが悔やまれる。悔やんでも仕方ないが。


「絶対アイツ部屋に入ってなんかしてたら椅子から落ちたりなんか脅かしてくる奴だろ……」


事前に予測ができてはいても、やっぱり何かが起きそうなこの瞬間は手に汗握る。もう一度部屋に入って今度はじっくりと自分が驚いた人形を観察した。

人形は屋敷の概観に合わせているのか、やたらとフリルをあしらったゴシック系のドレスを着せられたブロンド髪の西洋人形で、日本人形にはない華やかさとギョロっとした瞳の不気味さがある。

――イベントが起きたということは、この部屋に何かあると考えていいだろう。何もないのにあそこまで手がかかった演出はするまい。

 ファーストインパクトが強すぎて、すっかりとこちらの牙は削がれてしまい、正直に言うとかなり怖いが折角軌道に乗ったこの流れを止めるわけにはいかない。相変わらず堂々と中央に鎮座する人形を警戒しつつ、手当たりしだいに周囲を探る。


「動くなよ、頼むから絶対動くなよ……フリじゃないからな。本当に動くなよ」


タンスにエンターキーを押すと今度は食堂の鍵を手に入った。食堂にも鍵なんてかけるのかこの屋敷。流石は大きいだけはあると勝手に納得して部屋を一通り調べた。あれだけ危惧していた人形は全然動くことは無かった。杞憂だったのだろうか。

一通り調べ終わったし、鍵があった以外は特にギミックもなかったのでこの部屋にはもう用はないだろう。さっそく、手に入れた鍵を使う為に食堂を探そうかと戸口に立った瞬間カタリと小さくも妙に耳に残るような音が響いた。

――嫌な予感がする。ここからだと微妙に画面から外れていてアレは見えないのだが、やはり俺の感は外れてはいなかったのだろうか。


「まさか、な……」


よくある音での脅かしだろうとそのまま進もうとすると、主人公の前に突然影が差しキャラの操作が効かなくなった。

そのままゆっくりと画面は上がっていき、主人公の後ろからはみ出るように揺れるフリル――


「うわぁああああああ!!」


「うるさい! 夜中に何叫んでんの、まじきもいんだけど」


「……ごめん」


実況って、大変です。

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