唐揚げそば 1/2

「んうーっ! はあ……」


 自宅から外に出て、玄関先で大きく伸びをしてみる。

 こないだまでの大寒波がウソのように暖かい。

 空はどこまでもどこまでもブルーで。


「……旅に、出たい」


 そうポロリと口からはみ出してしまうくらいの、快晴。

 じゃあ、行きますか。

 ――仕事に。


 まったくもう!

 なんで休日だってのに出勤しなきゃならないのー!?

 こんなぽかぽかした絶好の行楽日和に!!

 ぷんすこしている私は、インベーダー柄のリュックを背負い、Bluetoothヘッドホンで音楽を聴いてムリヤリ自分の気持ちをなだめながら、駅への道をブーツで蹴りつけていく。

 ううー、明日本社の入っているビルが定期的なメンテナンスで停電だっていうんで、サーバーの類を今日のうちにもろもろ停止しないといけないのは、わかるんだけど……わかるんだけど!

 ……もう、ほんとにふらっと旅に出てしまおうかな。

 きっとさ、なんとかなるよ。他に誰もいないわけじゃないし。わたわたしつつも、なんとかするんだ、いる人たちで。

 ヘッドホンから流れるのは、とある古い、けれど未だ現役の日本のロックバンド、三枚目のシングル曲。

 改札を通り抜けた私の足は、勝手に行き先を決めていた。


『まもなく、4番線に――』




『――この列車は車庫に入る回送列車になります。ご乗車にはなれませんので――』


 ……うーん。

 いつもと反対方向の列車に飛び乗ったまではよかった。

 まさか、その列車の終点が隣の駅とはね。

 よ! それどころか小旅行ってレベルにも達してないよ!

 普段なら隣の県とかさらに隣までとか行っちゃったりするのになあ、この路線。

 まあ、今日はあきらめて出社しろっていうことなのかな、社畜の神様。

 きっとさぼってたら後で結局私に大量の作業が降りかかってきていたに違いない。そう思って、出社しよう。

 だけどね、ここまで来たからにはタダでは帰りませんよ、私は。

 ここの駅にはとっておきのお店があるんだから。


 ホームに降りると、まだ午前中だというのに、立ち食いそば屋さんの券売機に行列ができている。すでに食べている人も、店内のカウンターだけでは収まりきらず、お店の周りにお行儀よく(?)立っておそばをすすっている。

 この駅に来たら、このお店に寄らずには帰れない、魅力的なおそばがあるのだ。

 でもちょっとこれ、混みすぎだな。

 私はすぐさま、今乗ってきた列車の進行方向へ歩みを進める。

 知っているのだ、私は。同じホームに、同じお店があるということを。

 しかもなぜか、そっちはやたらと空いているということも。店構えはさっきの昔ながらの風情がある店舗と違って真新しいのだけど、私は落ち着いて食べたいのだ。

 ちょっと歩くだけで……ほら、見えてきた。お客さんひとりだけだ! ラッキー。


 カラカラと扉を開けて店内へ。

 左手に券売機、左右に立食カウンター、正面には厨房、とまあ、いたって普通の立ち食いそば屋さんだ。


「ごっそさんでしたー」


 先に食べていたご年配の男性が返却口に丼を置いて出て行く。これでお客さんは私ひとりか。やっぱりこっちの店舗は穴場だなあ。気軽で大変によろしい。

 もうメニューは決めてある。四〇〇円投入して、ボタンをピッと。


「おそばで」

「はーい」


 食券を厨房前の受け渡し口に出しながら、スマートにそばうどん選択を済ます。

 厨房からは若そうな男の子の返事が。学生さんのバイトかな。

 待っている間にセルフサービスのお水をコップにくんでおいて、割り箸を一本いただいておけば、準備完了だ。


「『唐揚げそば』どうぞー」

「どもです」


 きたきた……うわ、やっぱりでかっ!

 濃いめの黒いつゆがかかった白っぽい太めのおそばの上に鎮座するのは、こぶし二つ分、いやそれ以上かと思うほどの大きさの、唐揚げ。

 その重量が丼を持つ手にずしりとくる。唐揚げ二個入りになんてしたらどれほどのものなのだろうか。

 ……想像しただけで胸焼けが。私には一つでいいです。



 いただきまーす。

 やっぱりこの巨大唐揚げからだよね。思い切りよくかぶりつく。

 んー! カリカリ衣と、ジューシーやわやわなお肉が最高!

 そして唐揚げで半分くらいしか見えていないおそばに、七味をかけてずるるといただく。

 これね……麺はふにゃっと、つゆは濃いめ、このチープな味がまたいいんだよね。これぞ駅そばって感じで。

 最近、駅そばのお店がどんどんリニューアルしていってちょっと質が上がっちゃったりしてて、寂しかったんだよ私は。

 『駅 the そば』が食べたかったんだよおー!

 あの高級路線もおいしいんだけど、チープなおいしさってのも大事にしたいんだー!

 ここのお店は鉄道会社とは全然別会社みたいだから、ぜひともこの味は守っていっていただきたい。

 さてさて、おそばをある程度堪能したところで、また唐揚げだ。

 さっきまでカリカリだった衣がつゆを吸ってふにゃっとしたが、濃いつゆの味がしみこんで……はああ、しみるう。

 元々ちょっと薄味なのはたぶんコレのためなんだろうね。唐揚げ単品で頼んでも、つゆかけて出してくれるし。


《ぽろろ~ん♪》


「♪旅の~醍醐味~駅そば~つ~TOゆ~YOU


 突然、ギターの音とともに謎の歌声!?

 音源は……コップのふちか!

 そこには、深緑でつばが広く、カラスの羽根を飾りにつけたとんがり帽子に、これまたカラスの翼のような黒いマントをまとい、ギターを弾き語る妖精さんがいた。


「ぼくはただの旅人さ。長い旅行に必要なのは大きなカバンじゃなく、おなかを満たしてくれる一杯の駅そばさ」


 いやいやいや! なんかいいこと言ってる風だけど、そういう問題じゃない! お店の人いるし!

 見てないよね? 見てないよね?

 恐る恐る厨房の方を見てみると――


「あ、やっぱり出てきたんだ」


 ――あー、おそばに気を取られすぎて、まったく気づいていなかった。今たぶん、私の顔、めちゃくちゃひきつってる気がする。

 最近見た覚えのある、無邪気な笑顔にグリーンのフレームの眼鏡。

 彼は、こう言った。


「こんにちは、


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