葛尾はみと黄金秋穂週間

バナナボート プリンクリーム

 腕と足にひんやりと感じる寒さで、目を覚ました。

 どうやら、ちゃんと布団を掛けていなかったらしい。

 昨晩実家へ帰ってきて、父と旨い地元の日本酒を飲み交わし、ぐだぐだのうちに寝てしまったからか。

 枕元のスマホを手元に持ってきて、布団にもぐり込み直す。ああ、あったかい。

 五月だというのに、この朝晩の冷え込みはやはり北国といったところか。

 時刻を確認すると、午前六時を回ったところ。

 うーん、どうせ今日はなにも予定がないのだし、もう少しゆっくり惰眠をむさぼるとするか。

 おやすみなさい。



 …………。



 うーん、寝られない。

 目が冴えてしまっているようだ。

 やっぱりいいお酒だと目覚めもすっきりだね。

 いいや、起きるとするか。




「おはよー」


 私は挨拶をしながら畳の客間からリビングへ出ていく。

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

 ……じゃなくて。

 リビングには、父母の姿がない。

 テーブルに目をやると、書き置きが残されている。


『お父さんは鳥を見に女鹿半島へ

 お母さんは太極拳のイベントに出かけてきます。

 夜には戻ると思います。

 ごはんは適当に食べてください。』


 おいィ? せっかく娘がGWゴールデンウィークに帰ってきたというのに、その放置プレイはなんなのー!?

 まあ、いいけど。こっちはこっちで好きに過ごさせてもらうもんね。

 ん、なんだ、書き置きにもう少し続きがあるみたいだ。


『玄関で九郎潟のあんごま餅を解凍中です。

 解凍終わってたら食べてもいいからね。』


 あんごま餅? なんだろそれ。九郎潟の名物なのかな。聞いたことないな。

 ちなみに九郎潟というのは、ここ秋穂市から女鹿半島に向かう途中にある、かつてこの国で二番目に広い湖場所だ。

 なぜ過去形なのかというと、今は湖の大半が干拓されてしまっているからだ。そして村となって、農地として利用されていると。

 それはそれとして、そんなおいしそうなものの存在をなぜ今まで私に教えてくれなかったのか。けしからん両親め。

 まずはそいつを確認してやろうじゃないか。


 私はリビングを出て玄関に向かってみる。

 すると、玄関前のホールにクーラーボックスがあり、その上にプラスチックの容器が置かれている。

 持ってみると、冷たく、ずしりと重い。

 ふむ、この冷たさ、まだ解凍中か。

 しかし重いなこれ。

 中身の確認のために、ふたを開けてみる。

 中にはぎっしりと詰まったあんこの上に、これまたびっしりと黒すりごまが敷き詰められている。

 あん、ごまはいた。餅、どこ行った?

 まあ普通に考えれば、あんこの下か。

 よし、解凍を待っておいしくいただくとしよう。

 午後にでもなれば食べられるようになっているかな。

 それまでどうしよう?


「う……ううーん……」


 ……なんか、『あんごま餅』の中から声が聞こえたような。

 いいや、放っておこう。

 回収は午後だな。


 うん、そうだ。万秋公園に桜でも見に行こう。まだ咲いているかな。

 まあ咲いていなくても、この時間だと人も少ないだろうし、のんびりできそう。

 そうと決まれば善は急げだ。身支度身支度っと。

 ああ、その前に車を確認しておかないと。この田舎だと車がないとちょっと厳しいよね。……お、一台置いといてくれている。使わせてもらうとしよう。自動車保険も問題ないって言ってたし。




 急げと言いつつもだらだらと身支度を済ませ、時刻は七時半過ぎ。

 とりあえず冷蔵庫に入っていた『バナナボート』を朝ごはん代わりにいただいていくか……って、なんだこれ、いつもよりやたらと黄色いけど。袋には『プリンクリーム』って書いてある。攻めてるなあ。



 いただいてみましょう。

 開封すると、ふわっとプリンの甘い香り。

 すご、本当にプリンだ。

 生地もプリン、クリームもプリン、さらにクリームの中にカラメルまで!

 バナナとの相性も問題ない。

 ああこれ、イロモノかと思いきや、なかなかやる。

 そしてやはり『バナナボート』、しつこすぎない甘さに抑えられている。

 ぺろりと完食。

 朝からいいものをいただいた。

 ごちそうさまでした。



 さて、出かけよう。

 戸締まりをして、車に乗り込む。

 あ、そういえば、さっきは『バナナボート』の妖精さん出てこなかったな。去年連れて帰った子はうちに置いてきたし、そりゃそうか。

 バックでカーポートから車を出す。

 ふと、家の方を見ると……窓のところに、なんかいた。あの見覚えのある伝統の農作業スタイルは……『バナナボート』の妖精さんか!

 こっちを見てにこやかに手を振ってくれている。娘を見送る母のようだ。母属性もそのまま同じか。

 うーん? 新たにドロップしたのか、同じ妖精さんなのか……。未だにこういうところもよくわかっていないんだよな、妖精さん。

 ま、いいか、とにかく出かけよう。万秋公園へ出発ー。



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