第4話 Scorpion - 瞳で酔わせて -

「俺の名刺見たか?」


ある意味で迎撃した後に言われたのは意外な言葉だった




「えぇ、さっき」


「さっき?」


「すっかり忘れてました。煙草ケースに名刺入れっぱだったんです」


「煙草吸うのか。」


煙草と言う単語に、宮瀬が食いつくように声を発した。

煙草と吸うと言えば大概の男は幻滅する。

ここのbarではあまり吸わないため、たまに吸うとマスターも驚く。

本当に機嫌が悪いか、本当に機嫌がいいかのどちらかだ。


「なら、問題ないな。」


宮瀬の胸ポケットから出されたのは、煙草だった。

慣れた手つきで一本を取り出しておもむろに火を付け、ふぅーっと紫煙を揺らす。


「吸うんですね」


「あぁ、凜は吸わないのかと思ってたからな」


「我慢してたんですか」


「いや、嫌いなんだよ吸わないやつの前で吸うのが」


一本吸うと止まらなくなるから、とその後を付け足した。

お酒が入ると吸いたくはなる。私とこの人が違うとしたら・・


「律儀なんですね。意外と。私は吸っちゃいますね」


「意外ってどうゆう意味だ」


「そのままの意味ですよ」


barで禁煙なんてない。

お酒のある場所は大抵灰皿があるもんだ。

トンっと灰を落として、宮瀬はこっちを向いた。


「吸わないのか?」


「遠慮します」


「どうして?」


「お酒の味を楽しみたいから。」


そして喋る言葉がなくなってマスターも帰ってこない中

沈黙とタバコが短くなるのが比例して心地悪くなった。




「名刺に書いてあった仕事を見ました」


これしか残ってない話題を振った。

宮瀬が名刺を見たかを聞いたのは、きっとその役職を見た反応を気にしたからだろう。

ポーカーフェイスを決め込んだ振りをしてる割には分かり易い。


「あぁ、さっきだろ」


「さっきと言っても、日付は変わってますがね。正確には昨日です」


「変わんねぇだろ」


「そうですね」


宮瀬の声がワントーン低くなった。

この人の弱みは、ここだ。


人は無意識のうちに顔には出さなくても声には変化をだす。

見逃しはしない、どんなに完璧でも動揺は胸の中だけで隠せないのを私は知ってる。


「どう思った?」


「すごいと思いましたよ」


「それだけか」


「それ以上何を?」


連絡先のない名刺。書いてあった携帯番号はきっと仕事用の番号だ。

なんの意図があったかは分からない。名前だけ伝えるなら口だけで十分。


あの時は気が付かなかったことだったが、今思い返して違和感が多々ある。

今ここで同じ立ち位置で座ってるからこそ気づいた事かもしれない。

でも、頭の中で考えている事はどことなく確証があり、自信があった。



きっと、この人は私を試した。

「私の思ってること、話しましょうか?」



本当に嫌な癖だとは分かってる。

人間観察は人を見るだけで終わらないこともある。

仕草や、言動、あと少しの情報で何となくこの人はこうなんだなと分かってしまう自分が嫌いだった。


「聞かせてもらおうか」


実際にこんな形で人に言うのは初めてだ。

いいことだけ言っておけばいい飲みの席とは違う。

もしかしたら怒るかもしれない、それは失礼だという意味と、本心を突かれて逆上するのと。


しかし、私の挑発を受けて立つと答えた宮瀬は薄っすら笑っていた。


「嫌気がさしてませんか?」


「それは?」


「仕事にではなく、女関係に」


最後だけ敢えて目を見て言った。

瞳孔が開くか、眉が動くか、頬が引き攣るか。見たかったからだ。


宮瀬は、眉が動いた。



「自分の肩書によって来る女は期待してたでしょうね」


「・・・」


「完璧を求められて、本当の自分を見てもらえない虚しさに絶望でもしました?」


「鋭いな」


「貴方が私に名刺を渡した時、右手が出たんですよ。」



  私の 右側 に座っていたのに



「宮瀬さんは右利きですよね。」


「あぁ」


「左手の方が差し出しやすかったでしょう。敢えて体を捻って右手を使った」


「それが?」


もうここまで言えば分かってる筈なのに。

宮瀬は敢えて私の口から結論を聞こうと目を伏せてがちにこちらを見た。


それは挑発に対する挑発。

それに乗ってしまう私もまた、まだ弱い。



「私を試しましたね?」


  他の女と同じかどうか 見極めるために


そこまで言うと、宮瀬はタバコに火を点けた。


「図星ですね」


「君は凄いな」


手が寂しくなるのは、何も言い返せないか嘘を吐くとき。

ただ一つだけ違うのが、宮瀬は否定しなかった。

私が予想していた答えとは逆の肯定の言葉を発した。


「正直、その場で名刺を見ると思ってたよ。」


「普通の女ならそうでしょうね」


「なのに君は要らないと言った」


そう言うと、宮瀬はまた紫煙を吐いた。

何処か宙を眺めるその目は何を考えているのだろうか。

図星を突かれた言い訳ではなさそうだ。


「久々に面白かったね」


「私がですか?」


「いや、名刺を見なかったのもあるが、俺に私の名前はお前じゃないって言ったことかな」


「あれは・・・」


思い出したら少し恥ずかしくなる。

名刺は要らない、もう会う可能性なんてないに等しいと啖呵を切って今ここで会ってる手前居た堪れなくなった。


「試したのは確かだ。それに寄って来る女にもうんざりしてた」


「私の洞察力はあながち間違ってなかったってことですね」


「大当たりだ、ただ」


「ただ?」



「一つだけ観察不足だ」


奥でマスターの声が聞こえた。

女性客と話す声だ。何を話してるのかまでは聞こえなかった。

ただ、その姿は見ようと思っても見えなかった。




目の前に映ったのは、宮瀬の顔と、生暖かい唇の感触。




右手に持ってたタバコは煙が当たらないようにか遠くのほうにむけられ

代わりに左手は私の頬にあてがわれていた。


「俺は、お前にすごく興味があるよ」


小さなリップ音とともに離れた唇を、添えられた左手で軽く拭われると

まん丸に目を丸くした私の顔を見て宮瀬はそう言った。

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Cocktail 柚木 りゆ @riyuyu00

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