第3話 Stinger - 毒針 -




カランと音が鳴った。


「いらっしゃいませ」とマスターが出迎える。

私は、聞いた話を頭の中で整理して、そのまま蓋をした。

深追いしないほうが身のためだと思ったからだ。

毒に触れないよう、触れないよう、そう言い聞かせた。



「宮瀬様」


がばっと顔をあげ、扉を見た。

そこには先週と同じ宮瀬の姿があった。

鞄は一つだが、紙袋がその手に持ってあった以外は全く同じ光景だった。


「おう、お前もいたのか」


「・・・・マスターお会計」


せっかく蓋をしてまた次会った時は普通に話せるようにしておこうとしたのに

このタイミングの悪さ。そして口から出る“お前”と言う呼び名。


「おいおい、それはないだろ。」


「いえ、凜さんは最後の一杯とそちらを飲んでらっしゃったんですよ」


「なに、それ」


「スティンガーです」


淡々と答えたあと、クイッと残ってたスティンガーを流し込んだ。

少し視界が揺れたが、外に出れば醒めると思って鞄の中から財布を探す。


「男らしいの飲むんだな。」


「最後に強めで締めたかったんですよ」


「スティンガーって何か知ってるか?」


「えぇ、」


「ほぉ」


感心したように目を見開いた宮瀬を横目に会計を済ました。

財布を鞄にしまった後、マスターが気を使ってお冷を出してくれたのでそれに甘えて、一口、二口と口に運んで一息つく。



「アメリカのミサイル」


宮瀬が口を開いた。

一瞬何のことかと思ったが、水を飲む前の会話を思い出し納得する。


スティンガー。ブランデーにホワイト・ペッパーミントで作られるカクテルだが、その由来は


「ご存じなんですね。」


「通称、毒針。怖いねー一人でそんな物騒なカクテル飲んでるんなんて」


「宮瀬様・・・」


「実物はもっと物騒だ。肩に担いで打つミサイルだからな。」


よく知っている。

そう、その通り、スティンガーは毒針と呼ばれるアメリカのミサイルが由来のお酒だ。それが気に入って飲んでるわけではない。

私はこのbarで男の見極めをしてきた。出会った異性を連れてきて真意を探る。


そして、マスターにスティンガーを頼んだ時は


「迎撃の準備ですよね、凜さん」


「マスターその話は・・・やめてよ」


マスターもそれをみて多少なり楽しんでいたうちの一人だ。

その時のスティンガーは少し薄く作られてくる。

いつもの強さだと、酔いが回って帰り道になにがあるかわからないからだ。

そして、あの人はだめだったーと次来たときに愚痴るのである。


「いえ、宮瀬様のお話しもしてしまったので不公平だと思いまして」


「俺の話?」


「えぇ、宮瀬様が初めてここにいらした時の事をお話しさせて頂きました」


「へぇ・・・」


やばい。脳信号は警笛を鳴らしていた。

もう会計は済ませ、水も飲んで、立っても大丈夫なほどだ。

鞄を胸の前で抱え、そっと立ち上がってマスターにまたねっと言おうとしたときにはきっと遅すぎたのだろう



「ここからは、俺の奢りだ。座れ」


首筋には骨張った指の関節が当たっていた。

言葉そのまま、首根っこを掴まれていたのだった。


ちょこんと座らされたカウンターに、さっき出してもらった水だけが置いてあった。

分の悪さにそれに手を付ける。あっという間になくなった水はカランと氷の音だけ響かせて凜の手からグラスごと離れた。



「で?」


満面の笑みでこちらを向いてる宮瀬はとても黒かった。

で、ってなんだよ、こっちが聞きたいよ。と心の中で悪態ついても言葉に出した時点で私がスティンガーで迎撃される。

目の前にアメリカ式の肩担ぎミサイル構えられて落ち着いていられるか。


「宮瀬様、話したのは私からですよ」


「なんだ、こいつが聞いたんじゃないのか」


「こいつ・・・」


「ん?」


お前の次は“こいつ”か。

どこまで常識ないんだとイライラしながら、時計を気にしていた。

針はもう23時50分を回る。走ればまだ間に合うかもしれない。


「あの・・・終電」


「あ?終電?もう無理だろ」


「走ればなんとか間に合うので」


「あんな強い酒煽った後に、ダッシュできんのか?結構きついぞ」



「誰かさんが首根っこ掴まなければ間に合ってましたけど」


「なんか言ったか?」


本当に本当に小さな声でついた悪態も、宮瀬の言葉にかき消され

いえ、何も。と何もなかったかのように笑って見せた。


「凜さん、明日ご用事は?」


「(マスター!ナイス)あ、ああぁ!そうだ用事あるんでした」


「何時から?」


「え、・・・っと9時」


「仕方ねぇな2時には帰すか」


淡々と言った宮瀬に、マスターは少し目を見開いて滅多に出さない笑い声をあげて笑った。

仕舞にはおなかを抱えて笑っている。

二年通い詰めた中で初めて見るマスターの顔だった。



「話聞いてました?私は朝の、朝の9時から用事があるんです」


わざと朝を二回言ってやった。

夜だと勘違いしてるとは思ってなかったが、万が一を込めての警告だ。

だとしても、もう走ることは諦めていた。


最悪タクシーで近くまで行って少し歩けば1000円くらいで済むかなと考えていた程だ。


「タクシーの方が楽だろ」


「あのねぇ・・・私は貧乏OLなんです。そんなリッチな生活毎回してらんないですよ。」


「何言ってんだ。タクシー代くらいだす」


「おやおや」


当たり前だろと言わんばかりに放った宮瀬にマスターが意味深く笑う。

今まで会った男の中で一番違う部類で、一番男らしい。それは認めた。

逆に今までの男にそれが無かったから違う部類に分類されてしまっているのだろう。

なるほど、これが大人の余裕かと思ってみても、私がここに居て終電逃してるのは宮瀬のわがままだ。


大人でもなんでもない。


「で、俺の何を話してたんだ?凜」


「なんで私に聞くんですか」


「どっちに聞いたって同じだろ。」


「マスターほら、答えてあげてくださいよー」



「ご指名は凜さんなんですけどね・・・」



     最悪だ。


話始めようとしたときに、マスターが静かに私の目の前にグラスを置いた。

そうだった、宮瀬が奢ってくれると言っていたのをふと思い出す。

目の前に置かれたのはカルーアミルクだった。


「初めて来たとき、貴方が泣いていたと聞いただけです」


あまり触れないほうがいいのではないかと、男のプライドを傷つけるのではないかと。

でも、雨でずぶ濡れで来たって話だけでは、私の話とは釣り合わない。

聞いてしまった以上、別にいいかと軽くでも少し勇気を出した。


「あー、そうだな、ここに最初に来た日はそうだったな」


「宮瀬様やはり泣いてらしたんですね」


「見えてたのか」


「言葉をかけなかったことを後悔してましたもので」


フランクに笑いながら話す二人をみて、最初からマスターが話してくれればよかったのにと思ったのは言葉に出さないでおこう。

しかし、驚いたのは宮瀬が泣いてたことを認めたことである。



「何故、泣いてたんですか」


好奇心。


それ以上でもそれ以下でもない。

宮瀬というプライドが高そうで何にも不自由してない人の泣く理由を知りたいと思った。ただそれだけだった。


「三年前だろ、覚えてねぇな」


「そんなわけないでしょう」


「言葉が足りなかったか、覚えてても言わねぇよ」


「やっぱり。」


プライドは高いようだ。





「さて 」


私がカルーアミルクを飲み干した時には、すでに宮瀬は四杯目を頼もうとしていた。

甘めのカルーアに酔いを戻さないように少しずつ飲んでたためかペースが遅くなっていたようだ。


「凜は?」


「それ、やめませんか」



「何を」


「凜って呼ぶのです」


むず痒かった。自分の名前は嫌いではないが、何となくそんな馴れ馴れしい関係ではないことくらい自覚していた。

宮瀬はどうしてというような顔をしてるが、わりと強く言ったつもりだったし止めてくれるだろうと高をくくる。


「マスター俺は、同じの。凜にはブルームーン」


「ちょ、聞いてました?!」


「ははは、本当に見てて面白いですね。」


宮瀬の言葉で私のくくった高はブルドーザーでばっきばきに粉砕されたらしい。

金持ちはみんなこうなのか、不自由ない暮らしで生意気になったのかと眉間に皺を寄せた。



「お待たせいたしました」



「ブルームーン、意味は“できない相談”です」


「え・・」


マスターの笑ってた理由はこれか。

出されたカクテルをまじまじと見て流れを読み取った。

そして見開いた目で宮瀬を見つめると、意地悪く笑うその顔が否応にも映る。


「そういうことだな。」


「性質悪いですね」


「元々そういう性分だ、諦めろ」


「あーあ、終電で帰りたかったなー」


わざと大きい声で言葉を発した。

宮瀬をちらっとみると、クスクス笑っているように見えるが

それでも四杯目の酒を煽る手は止めなかった。



「お前の番だ。」


その言葉で、飲んでたお酒を少しこぼした。



「凜さんはこう見えてお強いんですよ」


「気性が?酒が?」


「どっちもですね」


「マスター!!!」


そっちはマスターから話すんかいと言わんばかりに話始めた中に私の存在は話のネタの中にしかいなかったように見える。

実物が横にいる中、いない呈で話されてる気分だった。


「じゃあ、お前から話すか?」


「マスター、お手洗いってどっちだっけ」


「あちらですよ」


ささっと椅子から立ち上がってマスターの指した扉に滑り込むように入った。

後ろから、小さく「逃げたな」なんて声が聞こえたけど気にしない。


鏡を見ると顔はもう赤くはない。

化粧が少し崩れてる程度だが、barの薄暗さでは目立たないだろう。

ある程度時間をかけてお手洗いから出た。もう話も終わってるかもしれない、そう願って。


「やっと戻ってきた、なげぇよ」


「話は終わりましたか」


「いや凜を待ってた」


「(なんでだよ!!!)意味が分かりません」


マスターはもう一組の女性客の方に行っていた。

横に広いカウンターの端と端では多少距離を感じる。

そんなマスターを眺め、溜息を吐くと容赦なく宮瀬の言葉が飛んできた。


「で、スティンガーをお前はどうしてたんだ?」


「半分話聞いてるんじゃないんですか?」


「いいや」


小さく答えると、宮瀬はクイッとグラスを仰いだ。

そのグラスがカウンターに置かれると、私を見るその視線は外れることなく真っすぐで面倒だと思いながらも口を開いた。


「男の真意を見抜くためにこのbarを使ってたんです」


気になった男とはここに来ること

そして真意を見定めて、ナシならスティンガーをマスターに頼むこと。

最近はやってなかったが、つい3か月前くらいまではやっていたことを話した。


「なるほど、それで迎撃ね」


「マスターも楽しんでた節あったと思いますがね」


「それで?スティンガーを頼まなかった時はあったのか」



「さぁ。忘れました」


少し多めにブルームーンを口に入れ、飲み込むと同時に宮瀬を見てうっすら笑って答えてやった。

口角を上げてその目を見つめる、煽る様な視線に宮瀬もそれを悟ったかのように見つめ返す。


私にとっての精一杯の仕返しだ。


「忘れた?」


「言葉が足りなかったですかね、覚えてても言いませんよ」



「本当、面白いな」


まただ。またそう言って笑う。

私を面白いと言い、クツクツ喉を鳴らして笑う。


「こんな女に迎撃された男は這い上がれないだろうな」


「さあ、そこまでは分かりません」


「それで?スティンガーを頼むだけじゃ相手は気が付かないだろう」


「そこからマスターにお酒を強く作ってもらって相手を潰してタクシーに押し込んで帰ってましたね」



「・・・・最高だなお前」


この手の話はあまり人に話したことは無かった。

話すとしてもそれは限られた人間だけだ。

口外しすぎると、その効果が薄れてしまう。

意味を理解されてしまうと、こちらにとっても分が悪くなる。


聞かれたから答えた、今の状況はまさにそれしか無かったが


もう一つ別の理由を示唆し私は宮瀬にそれを問うた。



「私が、貴方にこの話をした意味分かってます?」


「分かり易いな、俺に興味ないってことだろ」



そう、もう一つの理由は、まさに宮瀬が言った模範解答そのもの。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る