第4話「悲しみの渦巻く森の湖」5
そのころカレンは、シエルやリーナと材料を集めに聖樹の森へと来ていた。でも、どこか上の空だった。勿論、生来から一緒に過ごしてきたティンが、命を張って湖の水を採取しに行っているのだ、心配せずになんて居られようはずもない。
聖樹の森の道、カレンは度々歩みを止め、後を振り返る。インサルトの森は見えないが、ティンのことが気がかりで足取りが重かった。
「カレン、早くお出でなさい」
いつの間にか二人から離れて遅れを取ってしまい、シエルからそんな声がかかる。しかしそれに振り返るも、カレンは彼女達の元へ戻ろうとはしなかった。その代わりに、徐に顔を俯かせる。
「そんなところに立ち止まってても、何もならないわよ。早く材料を揃えないと」
「……う、うん」
そう続けるシエルの声に、確りとした返事はできかった。それを見兼ねたように、シエルはカレンに歩み寄る。
「ほら、行くわよ」
その手を取って、リーナと合流しようと歩き出したとき、カレンはその手をふりほどいた。もう、黙っては居られなかった。
「ゴメン、どうしてもティンのことが心配で……。私やっぱり、インサルトの森に行くよ!」
「え? ちょ、ちょっと、カレン!? 待ちなさい! あなたまで呪縛にかかってしまうわよ!」
「でも、ティンが……っ!」
「ティンがどうして私達を残して、森へ行ったか分かるでしょ?」
カレンを落ち着かせるように、その両肩に手を置いた。カレンも、その意味を知らない訳じゃない。でも、どうしてもティンのことが心配で仕方がなかった。
「分かるよ。でも、今ごろティンが倒れてるんじゃないかって、凄い心配で……。ティン、鎮静薬、飲んでなくて……」
「え? どうして?」
「昨日、お母さんが発作を起こして、使っちゃったから……」
「そ、それじゃ……! ティンが危ないじゃない! どうしてそういうことを早く言わないのよ!」
思わず両肩に乗せた手で、カレンの肩をがくがくと揺さぶってしまう。ティンの防護魔法がどれほどのものかなど分からないが、湖の呪縛がそれを勝ることは、火を見るよりも明らかだ。
だとしたならば、今ごろ本当に魔力が尽きてしまっているかもしれない。呪縛の渦巻く中で、倒れてしまっている可能性も否めない。
しかし、今から森へ向かったとして、自分達にできることはあるのだろうか。呪縛に負かされてしまう可能性だってある。シエルは、何か策はないかと腕を組んだ。
「ダメよ……やっぱり私達には、ティンの無事を祈ることしかできないわ」
組んだ腕を下ろすと、シエルは俯いてしまう。しかしカレンは諦めることができなかった。
妙な胸騒ぎがして、ティンが自分を呼んでいる気がしてならない。カレンは思わずそこを立ち去り、一心不乱にインサルトの森へと向かっていた。もはや、シエルやリーナの呼び止める声が聞こえたかどうかなど、曖昧だった。
どれくらい経ったかは分からない。目を覚ませば、相変わらず薄暗い森の中に居た。呪縛のせいなのか、体に痛みを感じる。ティンは体を起こし、辺りを見回した。
「え……っ!?」
目の前に続くのは、先程まで出口を目指して歩いていた長い道だ。それはいいとしよう。問題は、再び味わう、身体と視界の違和感だった。
随分と低い位置から道を眺めている。思わず足下を見てみるも、すぐ近くに地面が見える。
「か、体が……!?」
自分に何が起こったのか察すると、ティンは驚愕してしまう。そう、人の姿だったはずの体が、精霊の小さな体に戻っている。
服装まで縮小されてしまっているのも、この森の呪縛が影響しているのだろうか。魔力の急激な消費が、元の姿に戻してしまうという現象を起こしてしまったのかもしれない。
いや、もしくはアルトーノの効果が切れたのか……だとするならば、もう人の姿には戻れないのだろうか?
……今は、そんなこと考えてる場合じゃないわね。
そう思い、側に転がっていた水筒の肩掛け紐に手をかける。呪縛が蝕むように体を刺激してくる。一刻も早くここを去らなければ、この魔力の少ない体ではそれこそ終わりだ。
このままこの道を進むのは無謀だ。ならば上へ飛び上がり、道を無視して森の外へと飛んでいけばいい。この姿なら可能だ。それに、魔力が続く限り、移動は走るよりずっと早い。思い立ったなら、早速彼女はそのまま真上へと飛び上がった。
多少水筒の重みはあるものの、木々の枝を掻き分けて森の上空へと飛び出した。しかし、それだけでは未だに呪縛を感じる。でも、あまり高度に飛ぶことは体力に影響する。そのまま森の出口まで飛ぶほかないだろう。
だが、そう容易にいくはずもない。呪縛は樹木の上にも及んでいる。絡みつく呪縛が余計に魔力と体力を割いていく。
「早くしないと、帰れなくなっちゃう……っ」
やはり道を無視すれば、移動は簡単だった。もう少しで木々の途切れた森の外へと出られる。元の姿に戻ってしまったが、それが却って好都合だ。
徐々に呪縛が薄らいでいく中、ティンの意識も薄らいでいく。やっぱり、こんな体ではそう長く続くはずもない。
手に持つ水筒がずっしりと重くなる。しかし、これを手放しては、全てがおしまいになる。一層力を入れて水筒を握る。
「もう少し、もう少し……っ」
そして、目の前に広がる草原を見ると、ふと力が抜ける。森の外に出られた安心からか、緊張が途切れたらしい。彼女はそのまま地面に落ち、気を失ってしまった。
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