第4話「悲しみの渦巻く森の湖」3—1
カレン達はアトリエリストを後にすると、とりあえず魔法薬のレシピと、それに使われる材料を整理するために、一度店に戻ることにした。本に記されたそれは、一度に覚えられるようなものじゃない。じっくり解読してから作業を行うほうがいいだろう。
「待って、カレン!」
イースタンストリートを抜けて中央公園付近にさしかかると、後方からそんな声が飛んでくる。振り返ってみれば、今来た道を追うように、シエルが近づいてきていた。
「ま、待ってカレン。……は、話があるから、ちょ、ちょっと聞いてくれない、かしら……?」
急いで走ってきたのか、膝に手を突いて息も絶え絶えにそう言ってくる。とりあえず彼女を落ち着かせると、話とやらを聞くことにした。
「どうしたの? シエル」
「え、えぇ、実はさっき、カレンとティンがお母様と話していたこと、ずっと聞いてたの。……カレン、おば様の薬、作るのね?」
真剣な表情を見せ、そう聞いてくる。プリースティーの効果が切れ、眠りから覚めると、部屋を出たところで、偶然にその話を耳にしたらしい。
「うん。……ずっと夢だったから。お母さんの薬を作って、治してあげること……」
それを聞くと、突然にシエルは深く頭を下げた。そして、彼女はこう言うのだ。
「お願いカレン、私に……あなたの手伝いを、させて下さいっ!」
「シ、シエル?」
二人は思わず驚いてしまう。シエルがカレンに、こうも頭を下げたりしたことはない。彼女はそれなりの覚悟を決めて、そう申し出たのだ。その理由をこう告げる。
「お母様の意志を継ぎたいの。……今まで一生懸命やってきたのに、結局薬が作れなかったなんて、悲しいじゃない。だから、お母様に代わって、私が何かできるなら、何でもしたいの。……ダメ、かしら?」
カレンとしては、願ってもいない申し出だった。実際、一人で作るのは少し不安があった。だから、シエルに助力を願おうとも考えていた。だったら、断る理由なんてない。カレンはそっと彼女の手を取った。
「本当はね、シエルに頼もうかな、って思ってたの。シエルがそう言ってくれたなら、私も心強いよ。だから、一緒に作ろうよ」
「えぇ、ありがとう。お母様の努力を犠牲にしたくはないから……」
「うん、頑張って作ろうね」
カレンはシエルのその手を引いて、ファーマシーに向かっていく。……しかし、その薬がたやすく作れるほど、簡単な代物ではないことは言うまでもないだろう。これから苦悩の日々が続くことは、どれほど予想できただろうか……。
早速三人はシャルロットの残した本から、調合に必要な材料を洗い出す。するとそこには、基本はプリースティーとよく似たレシピが記されていた。
――しかしその項目に、想像もつかない材料が挙げられているなど、誰が思っただろう。
「え? イ、インサルトの湖の水って、どうやって取りに行けばいいのよ」
まさか材料に、
「ど、どうするの? 湖の場所なんて知らないし、それにその呪縛にかかってしまったら、元も子もないわよ」
「う、うん、そうだよね……」
シエルの言葉にカレンも困り果てる――その刹那、脳裏にある言葉が過った。
それは、リーナの飼っている猫の傷薬を作るのに、天然水が必要になった際、ルフィーに相談したときに彼女が言った言葉だった。
――湖のほうまで行くようなことがあったら、必ず私に言いなさいね。
もしかしたら、彼女なら湖に行ける方法を知っているかもしれない。
「ねぇ、前にルフィー先生から、湖に行くことがあったら、言いなさいって言われたことがあったよ。もしかしたら、先生なら知ってるのかも?」
「そうなの?」
「そうであれば、お母様から話を聞きましょ」
意見が一致したところで、三人は再びアトリエへと舞い戻るのだった。
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