第4話「悲しみの渦巻く森の湖」2

「その後、シャルロットおば様の調べで、インサルトの湖から流れ出た、森を覆い尽くす呪縛にかかってしまったことが分かったのよ」

「そ、そんな……っ! シェリーの病は、あんたのせいだったってわけ!?」

「…………」

「黙り込むんじゃないわよっ! この本に記されたことが本当かどうか、聞く前に分かったわ。まさかあんたのせいだったなんて、思ってもみなかったわよっ!」

 ティンはシャルロットの本をテーブルに叩きつけ、怒声を張り上げた。その声を聞いてルフィーが肩を落とし、表情を暗くする。呪縛のことを知らなくとも、子供だったからなんてことも、ティンには許せないことだった。今にも胸ぐらを掴んで、その頬を張らんばかりに勢いを見せている。

「で、でも先生、その湖の呪縛っていうのは、何なんですか?」

 カレンはショックを受けながらも、冷静になってその重要なことを聞いてみた。湖の呪縛。一体、湖に何があったものか。

「これは私が調べたことなんだけど……」

 それは随分昔のことだ――これは図書館地下の図書室の資料にあったという。


 エリステルダムにはかつて、いかなる病を治療する名医と言われた魔法調合師が居たという。

 ある日、エリステルダムに大きな被害をもたらしたと言われる、伝染病が大流行したことがあった。それに対し、彼は即急に病気を治療する魔法薬を調合することにした。

 しかし、魔法薬は作れなかったという。それで思考錯誤の末、目をつけたのは、街の南方にある森に抱かれた湖だった。

 当時から湖の水は、万病に効くと言われていたという。しかし、湖は行方ゆくえをくらます幻の湖とも言われていたらしい。

 彼は必死の思いで何日も森を駆け回り、ようやく湖を見だけ出して、その水を採取して早速薬を作った。

 早急に対処し、魔法薬は完成を見た。死者の数が多くはあったが、その魔法薬に街の殆どの住民は助けられ、伝染病は終結したという。

 しかし、たった一人だけ、魔法薬の効能が効かず、命を落とすことになる住民が居たのだ。

 それは――彼自身だった。

 なぜか? その理由は、彼の体に病が長く巣食ったことにあった。一人でも多く患者を助けたい思いで、魔法薬の制作に全力を注いだ。しかし、彼は自らの体ですら病に蝕まれていたのだ。

 そんなために、もう二度と病による死者を出したくはないと、惨事を恐れた住民たちは、彼のその手によって救われたはずなのに、彼は疎外され、街から追い出されてしまったのだという。

 それに嘆き、自分だけを助けてはくれなかった湖を強く憎み、身を挺して呪縛をかけたと言われている。


「それ以来、森はインサルトの森――迷いの森と呼ばれるようになったらしいの。湖へ近づく者に、ことごとく呪縛を与えるのよ。それに、シェリーちゃんは体が弱くて、魔力に対する抵抗も弱かったから……。だから私は、その責任を負って、私が薬を作ろうって、思ったの」

「……あんたはそれなりのことをしたと思うわ。確りその責任を取ってもらわなくちゃね」

「えぇ、分かってる……」

「でも、あんたはもう、その責任を取ってるわ。視力を失ってまで、シェリーの病を抑える薬を作ったんでしょ?」

 ふと、ティンの表情が和らぐ。シェリーに負わせてしまった呪縛を解く為に、ルフィーは様々な苦悩を潜り抜けてきた。それはティンも十分知っている。それを認めずに彼女を否めようとは、できることではない。

「ルフィーは十分やったわよ。後は、私達に任せなさい」

「……え?」

「この本、先生が書き残した本なのよ。これに、シェリーの呪縛を解く、魔法薬のレシピが記されていたのよ」

「そ、そんな本があったの!?」

「学園にある、チャイムの塔の調合室にね。あんたには作れないから、その為に今まで頑張ってきた、カレンに任せてみなさいよ」

「先生、今までいろんな薬を作ってきて、先生にもいろんなことを教えてもらって、沢山のことを知りました。だから、お母さんの薬、私が作ります。絶対に作りますっ!」

 カレンは心からの誓いを告げる。ルフィーはそれを聞くなり、目に涙を浮かせ、次第に流れ出す想いに頬を濡らした。

 何よりカレンの成長が著しいことを知って、それがうれしくてしかたがない。

 学園に通っていたころは、成績もよろしくなくいつも順位は下位にいることが多かった彼女が、母の為にと店を開いた今は、もしかしたら学園の教師になれるほどの力量を持っているかもしれない。ルフィーはそれを感じながら、答えを返す。

「分かったわ。ありがとう、カレンちゃん」

 涙を拭う手を離し、カレンの肩に腕を回す。そしてそっと胸の内に抱き締めると、ことを繋いだ。

「……あなたが、シェリーちゃんのむすめで、本当に良かった。お願い、シェリーちゃんを助けてあげて。今の私には、それを願うことしかできないから……」

「はい、分かってます。もうこれ以上、お母さんにもルフィー先生にも、そしてティンにも、辛い思いをさせたくありませんから。だから……私に任せて下さい」

 カレンははっきりとそう答えた。実際成功するかどうかは分からない。何より失敗するのが不安である……でも、成功するまでやり抜く自信はある。今まで店を構えて、覚えてきたことは沢山ある。それを信じれば、できる気がした。

 それを聞いて、ルフィーは腕を放し、目尻を拭った。後は彼女に全てを任せよう、そう思った。

「ティン、カレンちゃん、よろしくね」

「はい。それじゃティン、材料を集めに行こうよ」

 そう言うと、カレンは早速部屋を出ていく。ティンもそれに続いて、部屋を出る――前に、彼女は振り返ってルフィーにこう告げるのだ。

「安心して待ってなさい。カレンがきっとなんとかしてくれるから。……そうね、シェリーが元気になったら、ピクニックでもしない?」

「えぇ、シェリーちゃんもきっとよろこぶわね」

「ティン、早く来ないと行っちゃうよ?」

「今行くわ。……それじゃね」

 言い残すと、ティンは部屋を後にする。一人残ったルフィーは、大きくため息を吐き出した。

 事の発端は全て、自分だった。あの時、シェリーを森に連れ出してさえいなければ……。でも、後悔は先に立ちはしない。

 でもティンは、自分の償いを認めてくれた。自然と涙が溢れ、再び頬を濡らす。今までの辛さから、全てが開放されるようだった。

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