第3話「霞の向こうの記憶」4—1

 というわけで、カレンはいつもと変わらず、ファーマシーで作業を開始した。昨日から作り始めた商品の制作に取り掛かる。

 白光石はっこうせきを棚から取り出す。白光石とは、暗闇で青白く光る石で、石に魔力を封じ込めると明るさを増すのだ。その石を使い、グラスケースに入れたランプを作っているのだ。名前はディムランプと命名。店に出す新商品の試作として作っているものだ。

「ねぇ、こんな感じでどうかな?」

 試作品を完成させると、リーナとシエルに見せてみる。一見普通のランプに見えるが、グラスケースの中に入っているのは、オイルとそこから突き出る芯ではなく、魔力を帯びた小さな白光石だ。でき映えは良いと思う。

「へぇ、良いじゃない。持ち易いし、軽いし」

「マッチとか必要ないから安全だよね」

「それに、長時間光が続くから、普通のランプみたいにオイルを携帯しなくても大丈夫だよ」

 魔力の効能がオイルより長持ちするのだ。暗闇に居たとしても光り続ける。光が当たっている間は発光せず、陰に入れば光るという特徴を持っている。その間、魔力を消費することもない。とても経済的なランプと言える。

「へぇ、完成度も高いわね。家の明かりにも使えるわ」

「お姉ちゃん凄いね!」

「ありがと。これで完成かな」

 そしてここに新商品が完成した。次はこれを数量限定で売り出してみる。はたしてどれだけ売り上げを伸ばしてくれるだろうか。売れ行きが良ければ、定番化させて量産するという流れにできる。今からとても楽しみだった。


 昼休みになって、リーナのパン屋で昼食を済ませると、お店の手伝いに戻るリーナと別れ、午後の営業を開始した。

 ディムランプの材料を棚から下ろすと、テーブルに並べる。試作品として売り出すので、大量にはいらない。二十個ほど出してみるつもりだ。値段も見合うぐらいの手頃な価格に設定して、全ての評価をお客様から聞くのだ。早速作業に乗り出した。

「あ、あの、カレン。ちょ、ちょっと、いいかしら……?」

 白光石に魔法を掛けていると、そそくさと窓のカーテンをすべて閉めていたシエルが、どことなくためらいがちに言ってくる。

 そんな行動に疑問を抱きつつ、一度作業を止めてシエルと向き直る。すると彼女は俯いてしまった。どうしたのだろうか。カレンは彼女に近づき、その顔を覗き込む。

「どうしたの?」

「え、あ、ぅ……」

 どうしたものか、今度は視線を逸らし、顔を真っ赤にして横を向いてしまう。そのいつものシエルならざる仕草に、カレンはさらに疑問を持ちながら、もう一度彼女の前に立って、同じことを聞いてみた。

「ねぇ、シエル、どうしたの?」

 すると、何か意を決したかのようにカレンに向き直り、一心に視線を重ねながら口を開いた。

「え、あ、あの、カレンは、私のこと、どう思ってる?」

 いつもの突っかかってくるような態度ではなく、控えめに質問してくる。カレンとしては、そんなことは聞かれるまでもなく、素直に思うことを口にする。

「え? うん、とっても大切な、私の親友だよ。でも、突然どうしたの?」

「わ、私のこと……嫌いじゃない?」

 今度は切実な表情を見せて聞いてくる。一体どうしてしまったのだろうか。わけが分からず、カレンはちょっと困りながら返答に詰まっていると、シエルは尚更迫ってくる。

「ねぇ、答えてっ。私のこと、嫌いじゃない?」

「き、嫌いなんかじゃないよ。嫌いなわけないよ」

「じゃ、好き……ってこと?」

「え? うん、好き――」

 カレンの言葉が終わる前に、シエルはカレンの体を抱き締めていた。突然のことに驚いてしまうが、何の反応もできなかった。

 カレンの体は見たままに華奢で、腕が余るほどだった。シエルは力を入れてしまったら壊れそうなその肩を、優しく包み込み、彼女の耳元で囁くようにこう紡ぎ出す。

「私、ずっと好きだったの。……あなたに辛く当たってたのも、あなたのことが好きだったからよっ!」

「シシシ、シエル⁉︎」

 そんないきなりの告白に、カレンはドギマギしながら、どうしたらいいものかと固まってしまう。こんな状況では頭もこんがらがってくる。もうどうしたらいいのかなんて分からなかった。

「カレン……ゴメンなさい。私を嫌わないで。カレンのことがどうしようもなく好きなの……」

 頬を染めて呟く言葉に、そっと瞳を閉じて、徐に顔を近づかせてくる。綺麗に整った、淡い桃色の唇が徐々に近付いてくる。カレンはもう気が気ではなかった。慌てふためいて体を揺すって振り解こうとするが、シエルの腕に力がこもる。動けなくなってしまった。

「シ、シエル……っ」

 唇がそっと優しく触れ合う――その寸前、スパーンっという何かを叩く切れの良い音が室内に響いた。その次の瞬間、シエルが力なく崩れるように床に倒れ込んでしまったじゃないか。どうしたのかわけが分からず、開放されたことに安堵感を抱きつつ、シエルの後ろにティンが居ることに気づいた。その手には大きなハリセンを握り締め、大きく肩で息をしながら、えらく怒った表情を見せている。

「ティ、ティン……?」

「このバカ女! アルトーノに酔った勢いで、どさくさになんてことしてんのよ!」

 どうやら今までの一部始終を見ていたらしい。カレンはことさら恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして俯いてしまった。ドキドキが収まらない。自分の名前を呼ばれた瞬間、シエルに引き寄せられるように、唇を重ねようとしていた自分が、とっても恥ずかしくてしかたがなかった。

 ……もしかして、ファーストキス……なのかな?

 してなはいかったけど、ティンがシエルを止めてなかったら、キスしてたかもしれない。

 シエルのことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。それは恋愛感情でのことではなくて、親友として好きということで……。

「カレン、大丈夫?」

「え、あ、うん、大丈夫だよ」

「……したの?」

「ふえぇっ!? ……う、ううん、してないよ。でも、もう少し遅かったら、しちゃってたかな……」

 恥ずかし紛れに頬を掻く。それにしても、シエルは突然どうしたものか。ティンがさっき言った通り、アルトーノの影響なのだろうか。だとしたら、シエルは少なからずとも、カレンに恋愛感情を持っているのでは……。真相は分からない。

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