第3話「霞の向こうの記憶」
第3話「霞の向こうの記憶」1
道端に植えられた広葉樹が、葉の色を変え、風に乗って道に散れていく。街の至るところで、紅葉が道を埋めていた。気候も涼しくなってきた秋の候。何をするにも丁度良い季節かもしれない。
紅葉の散りばめられた、サザンストリートの一角にあるマジカルファーマシーでは、昼食の時間になっていた。カレンはリーナのパン屋「ホワイトバレー」からパンを幾つか買ってくると、ティンと一緒に食べ始めていた。
「あの依頼はどうなったの? 結構数あったじゃない? 一体何に使うの?」
「あ、あぁ、うん。もう少しででき上がるよ。学園の調合の授業で使うんだって、ルフィー先生が言ってた」
ここ最近、普通の依頼の他に、学園の先生から依頼を受けることもあった。どうやら学園側からも信頼を得始めているようだ。とてもうれしいことだ。
「ふ~ん。自分で作ったほうが早いんじゃないかしらね?」
「せっかく先生が持ち掛けてくれたんだから、断るわけにはいかないでしょ? 先生も忙しいと思うし」
「ふふっ、分かってるわよ。……それにしても、始まった頃から、随分立派になったわね」
「え? ……えへへ、そうかな」
「そうじゃない。あのときは本当に潰れるんじゃないかって思ったわ」
カレンはティンに激を飛ばされ続けた毎日を思い出した。悔しい思いをして、一生懸命になった甲斐が、少なからずともあったに違いない。今だからそのことに感謝できた。
「ありがとう、ティン。ティンのお陰で、私もここまでできたんだと思うよ」
「はっはっは、感謝しなさいよ~」
このまま店の信頼を得ていけば、学園の認可が下りる。そうすれば、学園のバックアップを受けることができる――学園公認の店となって、学園の機関として扱われるようになるのだ。そのときまで、あと一踏ん張りだ。
学園内に全課程終了のチャイムが鳴り響く。放課となり、授業から解放された生徒達が、各教室から溢れ出す。そのまま帰路に就く者も居れば、クラブへと足を運ぶ者も居たり、教室に残ってしばし友人と会話を交わす者も居る。
そんな中、シエルは教室に残り、両手でほうきを握っては無造作に床を掃き出していた。早く帰って調合をしたいらしく、少々ご立腹の様子だ。そしてそれを、ルミは椅子に座って見物に回っている。それもシエルの怒りを促進しているようだ。
「シエルちゃん、まだかな?」
「もう少しよ! 見てないであなたも少しは手伝いなさいよ!」
「だってボク、掃除当番じゃないしね」
「この薄情者……っ! こうするわよ!?」
痺れを切らしたシエルは、ほうきを手短なところに立てかけ、右手を教室の前方にある黒板にかざすと、何やらまじないを切った。
「黒板消し!」
そして、そう言ってルミに
「うぅ~、ひどいよシエルちゃん! もう、お返しだ!」
今度は復讐に燃えるルミがシエルに手をかざし、それとともに呪文を口走る。すると次第にルミの手元から空気の流動が生み出されていった。
「スカートめくり!」
シエルの足下から、渦巻くように勢いよく風が舞い上がる。シエルはスカートの裾が
「はぁ~……もう、なんてことするのよっ!」
「隙あり」
しかしルミは容赦せず、シエルの気の緩みを狙って小さな風を起こした。後のことはご想像にお任せしよう。その後ルミは脳天に大きなたんこぶを作っていたという。
シエルはルミと帰路に就き、これから店番だというルミと雑貨店の前で別れると、そのまま向かいのマジカルファーマシーへと向かう。店の裏手に回り、裏口から中へ入っていった。スタッフのみが入れる調合部屋へのドアだ。
「ただいま帰りました」
時計塔祭の後から、シエルは学校帰りに必ずファーマシーへとやってきていた。カレンから店を一緒にやろうと言われてから、調合は勿論のこと、依頼を受けたり、店番をしたりと経営を手伝っているのだ。それに、ルフィーにも修行の為と言われて許可を得ている。一日の中で店に居る時間が、彼女にとって至福の一時となっていた。
「あ、おかえり、シエルお姉ちゃん。今日は遅かったね」
中に居たのはリーナだけだった。テーブルに着いて参考書を読んでいる。
「あら? リーナだけなの? カレンは?」
「パンディエロまで配達に行ってるよ」
パンディエロとはこの通りにあるレストランのことだ。そこのフルーツソースのハンバーグセットはとても美味しく、絶大な支持を得る人気商品の一つだ。そういえば、カレンはそのフルーツソースを作っていた。リーナが手伝おうとしたらしいが、拒否されてしまったという。ようするにソースのレシピは企業秘密というわけだ。
「お姉ちゃん凄いよね。パンディエロのシェフさんから、極秘のレシピを教えてもらっちゃうんだから」
シエルもそれに関しては同感だ。それだけシェフからの信頼を得ているらしい――そのシェフはお得意様から紹介を受けたという。
……確かに凄いけど、何か悔しいわねぇ……。
感心の反面、悔しい気持ちが入り混じる。店が始まったころは落ちこぼれだったのに、もしかしたら、今は追い抜かされているかもしれない。成績もカレンのほうが良さそうな気がする。
「ダメだよ、お姉ちゃんのほうができて悔しいからって変なことしちゃ」
「……そ、そんなことしないわよ」
そんなリーナの鋭い一言に、思わず息詰まってしまう。リーナはよく人の思惑をズバリ当てるときがある。なんというか滅多なことができそうにない雰囲気だ。
まぁ、それはさておき、シエルは自分の作業を開始させた。自分用の棚から材料や容器を取り、器具を用意する。材料はレモンとオレンジに「トアノードの実」。これらからオレンジ酒を作るのだ。
トアノードの実とは、お酒の実とも言われ、赤紫の硬い殻に包まれた実からは、絞り出すとアルコールに似た成分を多く含んだ果汁が得られるのだ。それを利用し、飲用酒としても流通している。しかし、精製しないと飲めたものではないので、一般的に魔法を使って精製を行う。
魔法で精製したトアノードアルコールと、レモンとオレンジから絞り出した果汁を合わせる。その時、飲用時にいい気分にさせる、ちょっとしたまじないをかけるのだ。
「あぁ〜、何だか喉が渇いたわ。なんか飲み物ある?」
疲れた様子で売り場からダラダラとティンが姿を見せた。人の出入りが無くなったのか一息入れに来たらしい。
「あっ、丁度良いところにオレンジジュースが! いっただき~!」
丁度彼女の目の高さに、でき上がったオレンジ酒があったらしく、早速といわんばかりに彼女は瓶の栓を抜くや、一気に呷り始めてしまった。
「え? あ、ダメよそれは……!」
しかし、シエルの注意は時既に遅し。そんな小さな体のどこに入るものやら、瓶を一つ開けてしまったじゃないか。これじゃ作り直しだ。
「ぷあぁ~。なかなか美味しいじゃな~い?」
「ティン、それお酒よ! 何やってるのよっ。もう、せっかく作ったのに!」
「あら、そうだった? 気にしない気にしな~い! ういぃ~」
もうほろ酔いの魔法に掛かってしまってるのか、なおさらふらふらとしながら、彼女は売り場へと戻っていってしまった。あんな様子で店番は大丈夫だろうか。後でカレンに何て言われるか分からない。ティンの態度に腹を立てながらも、作業を続行させた。……しかし、後でシエルもティンとともにカレンから絞られてしまうのは言うまでもない。
その日、ティンは一日中酔いが回ってしまって、店番なんてとてもやれる状態ではなく、罰としてシエルが店番をやっていた。……そのご機嫌斜めの表情に、客足は減ったという。
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