第2話「祭の夜に咲く花は」7

 そして時計塔祭の最終日、三日目の朝を迎えた。いつにも増して澄んだ綺麗な青空が広がり、雲一つ無い快晴だ。気持ちのいいほどの朝がやってきていた。

 時計塔が九時のチャイムを告げる。鐘の音が街中に広がり、お祭りが開催された。メインストリートが人出に満たされ、活気が出てくる。

 そんな中、ファーマシー店内では、店長が一足早く作業を開始していた。シエルはテーブルで眠っている。もう少し休ませておこうというカレンの配慮だ。

 昨日の内に五つ作ったので、後は残りの半分を作るだけだ。早く作らなくては、正午までに間に合わなくなってしまう。後三時間しかない。とりあえず、焦らずに作業を続行させた。

「うぅ……いつの間にか寝ちゃったわ」

 漸く目を覚ましたシエルは、欠伸あくびをするとそう呟いた。そして、自分が居る場所を認識すると、慌てて立ち上がる。

「あ、起こしちゃった?」

「カ、カレン、起こしてくれてもよかったじゃない」

「えへへ。シエルの寝顔、可愛いよ」

「そそ、そうじゃないでしょ!」

 冗談めいてカレンがそう言うと、シエルは顔を真っ赤にしながら抗議に乗り出す。見られたことが恥ずかしいのか、カレンの一言に照れているのかは分からない。

「まったく、久しぶりに寝坊したわ。とりあえず、昨日と同じでいいわね」

「うん、お願いね」

 再び二人での制作が開始される。もう二度と爆発事故が起きないようにと、慎重に作業が行われた。

 やっぱりというかなんというか、その様子をドアの隙間からティンが覗き込んでいた。一人にされた思いで、物寂しげな表情を見せている。こんなときに、自分がカレンを一人にさせたときの彼女の思いを改めて知るのだった。


 さて、規定時間が迫る頃合い、ファーマシーは今日も開店することなく静まり返っていた。依頼を受けていなかったら、今日は普通に店を開くつもりだった。

「お姉ちゃーん!」

 ティンすら居ない店内に、いつも元気のいいリーナの声が響き渡る。返事のない店内へ、ちょっと戸惑いながら中へ入っていく。明かりが点いてない売り場は薄暗いが、調合部屋のほうは明るかった。

「あ、あれ?」

 しかし、そこには誰も居ない。午後からフリーになるので、カレン達を誘い、改めてお祭り見物をしようと思っていたのだ。というわけで、リーナはおなじみのテーブルに座り、カレンとティンを待つことにした。

 そこでふと目についたのが、あまり見たことがない書物。『フレイムマイト』と記されたそれを手に取ると、なんとなく中を読んでみた。

「え、え、えぇっ!? これって爆弾じゃ……っ」

 そう言いかけたところで、カレンが一体何の依頼を受けてしまったのかとても不安になってきた。誰かの奇襲に付き合わされてしまっているんじゃないだろうか……どんどん悪いほうに想像が膨らんでいく。どうしてか自分が焦ってきた。

「お、おぉ、お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……っ!」

「え? あ、リィちゃん、来てたんだ。私がどうしたの?」

 そこへ店長が姿を現した。何を悠長にそんなことを聞いてくるものかと、リーナは混乱半ばにカレンに駆け寄った。

「お姉ちゃんダメだよ爆弾なんて作ったりしちゃ! 早まったりしたらダメだよ! お姉ちゃん落ち着いて、落ち着いてっ!」

 珍しく混乱して腕に掴みかかるリーナにカレンはたじたじだった。落ち着いて欲しいのはリーナのほうだ。とりあえず彼女を落ち着かせ、今回の依頼の件を話してみた。そこでようやく事を理解したようで、深い安堵のため息を吐き出していた。

「あぁ、びっくりしたよ~……。お姉ちゃんがそんなことしないもんね」

「ちゃんと確認しなくちゃダメだよ。リィちゃんらしくないね」

「えへへ、お姉ちゃんのことになると、真剣になっちゃうんだよ。お姉ちゃんおっちょこちょいだから」

「ひ、酷いよそれ」

「こんにちは。カレンちゃんは居るかしら?」

 二人で冗談を言い合っていると、店先からルフィーの声が聞こえてくる。今日は出店を出していないのか、彼女を出迎えた。するとそこにはルフィーとともにシエルも立っていた。さっき依頼品の配達の帰りに、母に謝ってくると言って別れたのだった。

「ごめんなさいね、シエルが色々迷惑掛けてしまって」

「あ、いえ、そんな、迷惑なんかじゃないですよ。シエルとも、仲直りできましたし」

「それは良かったわ。それでね、実は、カレンちゃんのお店で、シエルを修行させたいの。だから、シエルのこと、よろしくお願いしますね」

「あ、は、はいっ、こちらこそ! やったねシエル!」

「うん!」

 シエルはよろこびの声とともに、うれしそうな返事をしてくれる。ルフィーが認めてくれたなら、シエルもお店で調合して、売り出すことができる。彼女の夢も叶ったのではないだろうか。

「リーナちゃんもよろしくね」

「はーい!」

 リーナは元気な返事を返すと、三人を誘ってお祭見物へと繰り出した。思えばティンは何処に行ったんだろうか。もう皆から忘れ去れていた。

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