第2話「祭の夜に咲く花は」6

「そういえば、爆裂茸は?」

「あっ。……つ、掴まるのがやっとで、取ってこられなかったよ」

 山を下り、街に向かって自然路を行く。思えば、二人きりでこうやって会話しながら歩くなんて、久しぶりだ。もしかしたらここ何年、一緒に何かをしたなんてこと、無かったかもしれない。

 ちなみに、カレンとシエル、ルミは現在、揃って高等部一年生だ。カレンは中等部三年の終わりころに店を開いた。シエルが店を出したがるようになったは、ライバルである(とシエルは思い込んでいる)カレンに触発されたからなのは言うまでもない。

「まぁ、家にお母様の使ってる材料のストックがあると思うわ」

「そうなんだ。……じゃ、じゃぁ、私、あんなことにならなくても済んだよね」

「ご、ごめんなさい……そんなこと言わないで」

「あはは、冗談だよ。早く戻って作らなくちゃね」

「それじゃ、まず私の家に行きましょ」

 日が傾き始めている。早めに街へ戻り、すぐに制作に取り掛からないと、間に合わないかもしれない。

 アトリエリストへ向かい、材料倉庫へ回ると、乾燥した爆裂茸の入った木箱――無論、ルフィーによる完璧な防護魔法が掛けられている――から何個か取り出し、ファーマシーへと直行した。

 開店していない店内のカウンターで、居眠りしていたティンを構うことなく、二人は調合部屋に入ると、早速制作に取り掛かる。

 まずは役割を分担させる。カレンは調合台で爆裂茸を乳鉢ですり潰し、その間にシエルはテーブルに着いて、粘土で粉末を入れる容器を作る。粘土はライム雑貨店の物で間に合わせている。

「ねぇ、フレイムマイトって、私達が作る物なのかな」

「お母様は作れるみたいだけど、調合と言うよりは、制作よね」

 魔法調合という分野において、必ずしも魔法を伴う製薬や調合物ばかりを作り出すというわけではない。今回のような制作を依頼されることもままあることだ。

 そんな、せかせかと制作に取りかかる二人の様子を、人の気配を感じて起きたのか、扉の隙間からティンが眺めていた。誰も居ない店内から向こうへ行きたいのだが、シエルを怒鳴ったこともあって、何となく行き辛いらしく、物寂しげにそこを離れ、リーナのパン屋へと腹ごしらえに行くのだった。

 爆裂茸の粉末が出来上がると、粘土で作り上げた容器に満たされるまで入れ込み、蓋をする。その際、中へ火が届くように導火線の片端を入れる。そして、その周りを破裂石で覆う様に粘土で固めていく。落としても割れない様に――中に衝撃が余り伝わらない様に――厚めに固める。爆発の際に粉々に吹き飛ぶので、ある程度厚みを持っても許容内とのこと。

「カレン、破裂石取って貰えるかしら?」

 バッグに詰め込んだままだったことを思い出し、破裂石を取り出す。手に取った瞬間から不安が過ぎる。さっき洞窟で見たこの石の威力ったらない。万が一のとき、室内と二人に掛けた防護魔法が、どれくらい耐えてくれるのか本当に心配だ。

「はい、落とさないでね、死んじゃうかもしれないから」

「な、何よそれ。恐ろしいことスラリと言わな――」

 そんなことを言っている矢先、手渡された数個の破裂石がシエルの手からこぼれ落ちてしまう。

 その瞬間が、まるでコマ送りの様に時間が流れる。落ちていく瞬間が直に分かる様だった。二人は自分の血の気が引いていくのを痛感した。

「離れてシエル!」

 そう叫びながら、カレンは石が落ちる前にシエルへ飛びかかった。椅子から立ち上がって、逃げようとしたシエルを抱き締め、そのまま床へと倒れ込む。そしてそれと同じころに破裂石が床へ落下した。

「っ!」

 バンッという爆音とともに、爆風が辺りの物を吹き飛ばしていく。テーブルが飛び上がり、倒れることはなかったが周りの物を巻き込んでいた。上に乗っていた物が床に散らばってしまう。二人は巻き込まれないように床に伏せていた。

 衝撃が収まった後、辺りはまるで震災の被害を受けたかの様に、道具や材料などが散乱していた。しかし、そのいずれも破損していたり破壊されていたりするものはなかった。ガラス製品も、ストックしていた他の材料、そして何より自分たちも無傷だ。立ち上がって一様のことを把握すると、カレンは安堵のため息をついた。魔法は成功したようだ。

「はぁ~、良かった。何も壊れてないみたい」

 辺りを見回し、物品の無事を確認する。シエルは上半身を起こしたまま、破裂石の威力にショックを受けたのか、ただ呆然と辺りを見回していた。

「シエル、大丈夫? けがしてない?」

 カレンの問い掛けに我に返ると、シエルは俯きだした。ガックリと項垂れて表情を暗くさせる。そこには、今まで見たことがないシエルが居た。そんな彼女が口にした言葉はこうだった。

「ご、ごめんなさい、カレン。あなたに注意されたばかりなのに、確りできなかったわ……」

「…………」

 その一言に、カレンは珍しくだんまりしてしまう。そんなカレンに、シエルは不安感を抱いた。

「どうして私は、素直になれないの? どうしてカレンの言うこと、ちゃんと聞けないのかしら」

 自らの過ちに、自らを責める。

 素直になれない自分を、彼女は悔いた。

「本当は、私、何もできないんじゃ……」

「それは違うよ」

 シエルがありつこうとした答えを、カレンは遮る。そんな答えは出しちゃダメだと言わんばかりに……。

「それはね、ただの思い込みだよ。私とシエル、どっちが調合の成績がいいか分かるでしょ?」

「え……?」

「シエルのほうが、私より成績が良いでしょ?」

 少なくとも、調合の成績でシエルは学年トップクラスだった。かえって、カレンがシエルを尊敬していたくらいに。

「でも……」

「でも、なに?」

 それでも否定的な答えを返す彼女に、カレンは声が強張ってしまった。……何度も感じたことのある気持ちが今、シエルに襲い掛かってるのだ。

「そんなの、たまたまよ」

「たまたまなんかじゃないよっ!」

 視線を逸らして、もうどうでもいい様にシエルは答える。それに対してカレンは声を大きく返した。自分が尊敬していた幼なじみが、そんな答えを出すとは思わなかった。それに苛立ちさえ覚える。

「シエルがそんなこと言うとは思わなかったよ!」

「何よ! だったら何だって言うのよ!」

「シエルはね、自分に焦ってるんだよ」

「――っ!」

 それは、シエル自身も認識していたことだった。そんな指摘に、怒気が一気に喪失させられた。

 自分に焦っている――母から与えられた自分の課題。錬金術師の称号を得、アトリエを受け継ぐこと。錬金術師になるために、努力をおこたらなかった。しかしその反面、自分に課せられた期待に応えるべく、自分に気を向けることができなかった。結果、気持ちだけが先走り、藻掻き続けていた。

「今のシエルは、お店を始めたときの、私と同じだよ」

「え?」

「薬を作ることだけを考えて、その先を考えてなかった。作れない薬もいっぱいあって、でも一度受けたら、依頼人さんに断ることはできない。だから、焦ってきちゃって、ちゃんと真っ直ぐ見ることが、できなくなっちゃうんだよ」

 カレンはシエルを立ち上がらせ、服についた埃を払うと、向き直ってことを繋げた。

「落ち着いて、自分のできることから始めて、少しずつ進んでこう? 時間は沢山あるんだよ? 焦ることなんて、全然ないよ。私にもできたんだもん、シエルにできないことなんて、ないでしょ?」

 彼女の本当の気持ちを悟らせる様に、カレンは聞いてみた。シエルの中で、本当の答えが見つかってくれたなら、本当にうれしい。勿論、彼女の答えの為なら、手助けを惜しまない。

 シエルは、目尻にその想いを溜めていた。そっとカレンの手を取ると、少しずつ頬を伝っていく涙を構うことなく、自らの答えを打ち明けた。

「ありがとう、カレン。本当に、あなたが私の友達で良かった。私、頑張るから、これからもずっと友達で居てね」

「勿論だよ。でもね、友達じゃないよ」

「え?」

「親友だよ」

「……うん」

 そんなカレンの言葉に、素直に返す。とても暖かい気持ちが、抱き続けてきた「わだかまり」から開放してくれるようだった。

「じゃ、部屋を片づけてから、早くフレイムマイトを作っちゃおうよ」

「そうね。泣いている場合じゃないわね」

 互い意気投合すると、早速作業に乗り出した。そのときシエルは、カレンに心から感謝した。自分がカレンに尊敬されることより、本当は自分がカレンから学ぶことのほうが多かったことを気づかされた。


 お祭りの二日目が終わりを迎えると、通りの人も疎らになり始め、店じまいを始める店舗も多々見受けられた。

 そしてその中で、未だに活発さを見せているファーマシーでは、二人が制作に追われて調合部屋を忙しく作業していた。

「今、何時かしら?」

「えっと、八時過ぎたみたいだよ。どうする? シエルは帰る?」

「カレンは?」

「私はやっていくよ。間に合わないかもしれないから」

「それなら、私も残るわ。カレン一人で作業させるわけにはいかないもの」

「ありがとう、シエル」

 しかし、その何時間後に二人は、テーブルに伏せて眠りに入っていたことをつけ足しておこう。一度ティンが様子を見に来たが、そっとしてそのまま帰っていった。ティンは、二人の仲が修復されていったことに心からよろんだ。少なくとも、自分が二人の仲をこじらせていたんだと思い直す。シエルよりも自分のほうが素直じゃなかったと、そう思うのだった。

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