第2話「祭の夜に咲く花は」4—2
人がにぎわうサザンストリートを、まずライム雑貨店のルミのところへ向かう。午後、一緒にお祭りを見られなくなったことを伝えると、依頼の件を話す。そのときルミはカレンと一緒に居るシエルのことが気になったみたいだが、彼女なりに解釈したようだ。
さて、向かいのマジカルファーマシーに入ると、外とは違って静かな店内がそこにあった。シエルがいつも見ている、誰もいない店内――実は彼女、意識して客が多い時間帯の店を訪れなかったのだ。
「シエル、こっちだよ」
店の奥にある調合部屋へシエルを招き入れる。彼女がここに入るのは初めてだ。
「ここはお店の調合部屋だよ。どうかな。一応片づけてるけど、いろんなとこにものが置いてあるから狭いかな」
「……
まるで心の奥底からこぼれ落ちるように、シエルはそう呟いた。
「え? なに?」
「あ、い、いえ、何でもないわ。そうねぇ、カレンには勿体ないくらいじゃない?」
「う、ひどいよ。あ、そこに座って」
いつも調べごとに使っているテーブルに、対面して座ると、早速本を開いてみた。
まずは材料の類。やはり普段では取り扱うことのないものばかりだ。
「……って、書いてあるけど」
「作る過程で特に注意が必要なようね……。制作中に爆発とかして、ケガしたりしないかしら?」
「うーん、大丈夫だよ。ちょっと待ってて」
「え?」
どういう理屈なものかと思っていると、徐にカレンは立ち上がる。そして、腰に帯びた魔法の杖を手にすれば、何やら口元で呟き始めた――それが何であるのか、シエルにもすぐに分かった。どこで覚えたかは知らないが、それは対物の防護魔法だ。高等部後半で習うはずの魔法である。
「ど、どうしてそんな魔法を知ってるのよ……」
「え? うん、お店始めるとき、ルフィー先生が教えてくれたんだよ」
失敗ばかりで調合部屋が(店が)崩壊しないようにと、開店当時教えてくれたらしいが、当初のカレンに使いこなせたわけがない(現にシエルだって使えた試しがない)。それが非常に不安だ。それでも、カレンは呪文を朗唱している。
……本当かしら。とっても不安だわ。
シエルはため息をつきながら、もう一度材料を確認し始める。制作中の爆発もそうだが、材料を取るときも危険を伴うかもしれない。その殆どが、クエン山の山道や洞窟なんかでしか取れないものばかりだ。雑貨店や公園に出るマーケットでは、取り扱われる物品じゃない。この依頼、受けたところで命を懸けられてしまったかのようだ。
でも、せっかくカレンが自分に頼ってくれたんだから、断るわけにはいかない。それに、図書館で彼女が言った、「シエルと作りたいんだよ」という一言が気になった。どういうことなんだろうか。朗唱を終えたところで聞いてみることにした。
「ねぇ、カレン――」
「カレン、居るの? 帰ってきてるの?」
シエルが口を開くと同時、その声を打ち砕くように、入り口からティンの大声が飛んできた。聞くからにやっぱりというか、図書館でのシエル探しからカレン探しへと切り替わったらしい。カレンは早速迎えに出ていった。
その声にシエルは飛び抜けてビックリしてしまう。思わず本を手にとって、あたかも熱心に読み込んでいるように、顔を隠し始める。手や額に冷や汗が滲む。
「あ、ティン! ゴメンね、先に帰って来ちゃったりして」
「まったくよ! これじゃ一体誰を探してるのか分からないじゃない! リィはパン屋に帰っていったわ。それで、シエルは見つかったの?」
「うん。今、調合部屋で……」
「ちょっと一言言ってやろうじゃないの! 腹の虫が収まらないわ!」
「あ、ちょっ……ティン!?」
怒りを露わにして奥へと入っていくティンを止めにかかるが、一度怒りに火が
勢い良く調合部屋のドアが打ち開かれる。次いで部屋に罵声が轟いた。
「よくもあんなこと言ってくれたわね! 一体何なのよ! カレンが何をしたっていうのよ!」
「……」
「あんたができないことなんて、そんなのあんたの勝手じゃない! カレンを悪く言わないで欲しいわね!」
「……っ!」
その一言に、シエルは席を立ってティンをにらみつけた。悔しさを含んだ怒りの表情を彼女に向ける。それでもティンは言葉を続けた。
「カレンのせいで何もできないんじゃなくて、あんたが何もしてないだけなんじゃないの!?」
「っ!」
悔しさに下唇を噛み、拳を握りしめる。そして、烈火の如く怒りが燃え上がる。
「あなたに……」
次の瞬間、シエルの怒りが爆発していた。
「あなたに私のことなんて分からないわよ!」
そう吐き捨てると、彼女は調合部屋を飛び出し、カレンのすぐ側を通り過ぎて店を出ていってしまった。
「シ、シエル!」
そのときカレンは、シエルの頬を伝った一筋の涙を見た。反射的に足が動き出す。彼女が思い馳せているものを、垣間見た気がした。
「カレン、もう追うことなんかないわよ!」
「どうしてっ!」
「あんた、あんなこと言われて悔しくないわけ? 他人の勝手で目の敵にされて」
「違うよ! シエルは他人なんかじゃないよ!」
カレンは意思を強く、ティンに向き直る。そして大きく息を吸うと、一気に声へと換えていった。
「シエルは……シエルは私の大切な親友だもん!」
カレンは急いでその場を後にした。それを見るなり、ティンは小さいため息をはき出す。自分のことより他人を……いや、友人のことを考え、その為に頑張るのも、彼女の良いところだろう。今に始まったことじゃないし、ティンも十分に理解していることだ。……自分もちょっと言い過ぎたことを反省した。
表へ出れば、すぐそこはもう人の流れである。当然ながらシエルの姿は見当たらない。今回はどこへ行ったのか、これじゃ皆目見当がつきやしない。
向かいではルミが、変わらず男性客の多い出店を切り盛りしていた。彼女なら、シエルが店を出て行ったあと、どこへ向かったかを見ているかもしれない。そう思い立ち、向かいのライム雑貨店に足を運んだ。
「ルミちゃん、頑張ってる?」
「あ、カレンちゃん。ソールさんの依頼はどんな感じ?」
話し掛けると、途端に店番から解放された店員の如く、生き生きとした笑みを見せる。まさかと思うが、午前から引き続いて出店に居るんじゃないだろうか。
「うん、まだ分からないんだけど、大丈夫だと思う」
「そっか。そういえば、シエルちゃんは?」
「あ、う、うん、それなんだけど……シエル、どこへ行ったか見てないかな……?」
「う、うーん、ちょっと見てないかな」
どうやら仕事で忙しかったようで、見てはいなかったようだ。とりあえず事の顛末をルミに話してみた。彼女も、カレンとシエルの間柄を知らないわけじゃない。三人とも幼なじみだから、それに関しては痛感してるくらいだ。
ケンカの絶えないカレンとシエルの仲を取り持っていたのは、いつもルミだった。二人とも仲が悪いわけじゃないし、小さいころから三人で一緒に居ることこそ、その仲良しの表れだとルミは思うのだ。ただ、ちょっとばっかり気になるのは、素直じゃないティンと同じく素直じゃないシエルの仲だった。
「ティンちゃんもティンちゃんだよね。ちょっとでもシエルちゃんのことを考えてあげられたら、きっとシエルちゃんも、ちょっとは素直だったんじゃないかなぁ……。あっ、ご、ゴメンね、ティンちゃんが悪いってわけじゃないのに」
「ううん。……そっか、見てなかったんだね」
お祭り二日目のまっただ中。人の流れが多いサザンストリートに、シエルの影を追うには、もはや不可能に違いない。
どうしようか……。探したいけど、依頼は明日までだし、材料を取りに行かなくちゃならない。
……ゴメンね、シエル。今はもう探しに行くことができないよ……。
カレンは思わず小さくため息をついてしまった。しかたがない。今は今できることを優先せざるを得ない。心の中でシエルに謝ると、まずはルイに揃えるべき材料のありかを聞こうと思い立った。
「あ、えっと、ルイお兄ちゃん居る?」
「あぁ、お兄ちゃんなら中に居るよ」
「分かった、ありがと。あ、それと、シエルのこと見掛けたら、こう伝えてもらえるかな?」
「うん、なに?」
「私はシエルのこと、ちゃんと分かってるからって」
カレンはそう言い残すと、うれしそうな笑みを浮かべながら、早速雑貨店へ入っていく。それを見送ったルミは、徐に出店のテーブルの下を覗き込んだ。
そこには、身を縮め込ませて膝を抱え、座り込んでいるシエルが居た。膝に顔を
「シエルちゃん……もう少し、素直になろうよ」
「……」
彼女は無言ながら軽く頷いた。涙を見せ、ここまで落ち込んだシエルを見るのは、ルミも初めてだった。あの強気な彼女が、今はその欠片も感じない。シエルが少しずつ変わりつつあることを、ルミは感じ取っていた。
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