第2話「祭の夜に咲く花は」4—1
カレン達がシエルを追って行き着いた先は、エリス図書館だった。おそらくここへ来たはずだ。早速、ティンが先陣を切って中へと入っていった。
カウンターを経て本棚の並ぶ室内に入ると、まずは別々に分かれてシエルの捜索に乗り出した。
この建物の面積は結構大きい。それこそ案内図があっても迷ってしまい、記されていない通路が錯覚で見えてしまうことだってなきにしもあらず。三人は各々のほうへと進んでいった。
そのころシエルは、一階にある魔法製薬の棚へと来ていた。なぜここへ来たのか分からない。いつもここへ来ているから、その癖で来てしまったのだろう。本棚にずらりと並ぶ書物を見て、思わずため息を吐き出す。魔法製薬や調合の文字を見たくはない気分だ。
「私、何やってるのかしら……」
そう口にすると、やけに虚しさが感じられた。その場を離れて更に奥へと進む。天井の明かりもやや乏しく、薄暗い本棚の狭間。本棚が高いせいで何となく圧迫感を覚えてしまう。近くに人の気配も感じない。
「……何かしら?」
通路を行くと、途中何かが爪先に当たった。ふと足元を見てみると、ハードカバーに仕立てられた薄目の本が落ちている。誰かが落としたのか、それとも本棚から落ちたのに気づかなかったのか、とりあえずそれを手に取った。
「え? ……フ、フレイムマイトの作り方?」
フレイムマイト――いわゆる爆薬のことである。主に山などに仕掛けて、その爆風で岩肌を崩したりするときに使う物だ。そんな物を作る本があるなんて、思いもしなかった。
「こんな危険な本が一般貸し出しにあるなんて……」
戻そうと思うのだが、どこの部門にある本なのか分からない為、カウンターへ持っていこうと
そのころカレンは、この広い図書館内をどう探そうかと、案内図を見上げていた。やっぱり目星を立てられるのは、調合の部門だろう。何となく自分もそこへと自然に足を運んでしまう。それほどここの文献を利用しているに違いない。改めて有り難みを感じた。
「こちらにお出ででしたか。こんにちは、セイリーさん」
目星を立てたところで、早速捜索を始めようとすると、不意にある女性から声が掛けられる。振り返ったそこには、このエリステルダムの自治を取り仕切る、マリア・ソール氏がお出でだった。その人当たりの良い性格から人望も厚く、常に街と人々のことを第一に考える、歴代初の女性都長だ。そんな人が何用だろうかと、カレンは首を傾げた。
「え? あ、こんにちは。……私のこと、ご存じなんですか?」
「えぇ、有名ですよ。南区の魔法薬店に、様々なものを作ってくれる、魔法調合師の可愛い先生が居らっしゃると」
「え、あぅ、有り難う……ございます」
そんなことを言われて、思わず頬を染めてしまう。意外なところで有名になったものだ。
「そこで、セイリーさんにお頼みがあるのですが」
「あ、はい。何でしょうか」
「えぇ、突然で申し訳ないのですが、明日の正午までに、フレイムマイトを十個作って欲しいのです」
「えぇっ!? フ、フレイムマイトですか? ……何に使うんですか?」
「それは……ひ・み・つ、です」
人さし指を立てながら、ウィンク一つ見せてそんなことを言ってのける。意外にお茶目な人らしいが、何というか、いろんな意味でとても怪しい。
そんなことより、フレイムマイトなんて作ったことがない。そして何より、初めて作る物を明日までなんて、到底できそうにない。あまりにも唐突だ。
「本来ならば、もっと早くご依頼すればよかったのですけど、色々と手配が遅れてしまいました。そんな最中に大変申し訳ないのですが、お引き受け願えませんか?」
「う、うーん。……分かりました。何とかやってみたいと思います」
できるかどうか不安だが、そんなことはやってみなければ分からない。カレンはいつもの調子で引き受けていた。
「そうですか! 助かりましたっ! 実は、アトリエリストのセノア先生に依頼を持ちかけたのですが……」
ほかの依頼や出店が忙しくて手がつかないと、そう言ったらしい。そのとき、彼女の紹介もあってカレンに依頼を持ちかけたという。そのときルフィーは、「彼女なら何とかしてくれますよ」と告げたらしい。ルフィーにも信頼を得ているのか、とてもうれしい。
「そこで、あらかじめこちらのほうで、フレイムマイトの作り方が記された本を……あ、あら?」
本を用意していたらしいが、どうやらどこかに置いてきてしまったらしい。お茶目以外にもそそっかしいようだ。マリアは本が落とし物として届いていないか、カウンターに問い合わせ始めた。
「カ、カレン……っ」
そんな最中、もう一度案内図を見上げる――と、その脇からシエルの声が飛んでくる。彼女は露骨に嫌そうな表情を見せて、図書室の出入り口に立っていた。探そうとしている本人が自らやってきて……思わずカレンは安堵のため息をついてしまう。
「あ、シエル、探したよ。いきなり出て行ったりして、どうしたの?」
「……話し掛けないで」
避けるように素っ気なく言い放つと、すぐ側を通り過ぎてカウンターへと向かっていく。カレンはそれをすかさず止めた。
「何よ、話しかけないでって言ったじゃない!」
「……あのね、シエルに頼みごとがあるの」
カレンの言葉に、意外そうな表情を見せる。
どこか不安げな様子を見せる幼なじみの姿に、シエルは思わず鼓動を弾ませた。
「今、ソール都長さんから依頼があってね、フレイムマイトを作ることになったの」
「あら、そう。それは良かったわね」
しかし、言葉はいつものようにあしらう形になってしまう。でも、カレンはそんなことを気にもせず――こう続けるのだ。
「シエルにね、手伝って欲しの。良いかな?」
まるで全身に衝撃が突っ走るようだった。まさかカレンが、依頼の手伝いを頼んでくるとは思ってもみなかった。正直、とてもうれしい。でも、何となく引っかかる部分もある。
「嫌よ。私に頼むより、あのリーナって
ファーマシーが繁盛の波に乗り始めるころから、本格的に魔法調合のスタッフとして関わっているリーナなら、カレンの強力なアシスタントになるだろう。
でも、カレンにはシエルに頼みたい理由があった。
「リィちゃん、自分のパン屋さんで忙しいから、手伝ってもらえなくて」
「だからって私に手伝わせるっていうの?」
「ううん、違うよ。私は……シエルと作りたいんだよ」
「え……?」
笑みを見せてそう言うカレンに、シエルは思わず戸惑った。どうしてかは分からない。いきなりのことなので、どうしたらいいのか分からないのかもしれない。
そこへ二人の話を割るようにマリアが戻ってきた。本は届いていなかったようだ。
「申し訳ありません、カレンさん。カウンターにも届いてはいないらしく……どこに置いてきてしまったんでしょうか。困りましたね……」
どよーんと聞こえそうなほど肩を落とすマリアの姿は、都長という重責を担う人物とは思えず、思わずかわいらしさを感じてしまう。
「……そうですか。シエル、フレイムマイトの作り方なんて……知らないよね?」
「え? あぁ、もしかして、この本のこと?」
徐に手に持った書物をカレンに手渡す。マリアに確認してもらうと、やはりこれがその本だったようだ。早速それを借り受けると、カレンはシエルの手を引いてファーマシーへと向かっていった。……シエルの捜索を続けているティンとリーナのことなんて、もうさっぱり忘れてしまっているに違いない。
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