第2話「祭の夜に咲く花は」3

 時計塔祭二日目の朝を迎えた。相も変わらず夏の気候に朝から暑さが感じられる。

 今日は出店せずに、お祭りを満喫する予定だ。まぁ、ここ最近、依頼を受けて続けてばかりだったため――ティンからの強い要望もあり――その休養のつもりだ。

「お母さん、お土産に何か買ってくるよ。何がいい?」

 朝食をとりながら、テーブルの向かいに座るシェリーに聞いてみる。

 病気で寝たきりが続く母は、今日は調子がいいのか、ベッドを離れてダイニングに来ていた。朝食は久しぶりの母の手作りである。いつもはカレンが作っているので、母の手料理が嬉しかった。

「そうね、ルフィーちゃんのアトリエでも出店してるから、ルフィーちゃんのところでハーブティーを買ってきて欲しいわ」

「うん、分かったよ」

「シエルも何かやってるかもしれないから、冷やかしに行くわよ」

「そんなことしないよ」

 そんな会話をしつつ朝食を済ますと、身支度を整えて一度店へと向かった。

 店の前に来てみると、リーナがカレン達のことを待っていたのか、来たと知るとうれしそうに駆け寄ってくる。いつもより遅く来たので、ここで三十分以上も待っていたみたいだ。

「お姉ちゃん、遅かったね。どうしたの?」

「あ、うん、ゴメンね。今日はお店休みにしようかなって思って。毎年お祭りに来てるから、満喫しないほかはないでしょ? ティンも見たがってるし」

「それで、リィは何してるの?」

「うん、少し時間があるから、お姉ちゃんのお手伝いのつもりだったんだけど、お姉ちゃんがお祭りに行くなら、一緒に行っていい?」

「うん、勿論だよ」

「それじゃ、時間になるまでお茶でもしましょ。カレン、私はカステラでいいわよ」

 ティンは早々にそう言いながら一人店に入っていく。とりあえずティンの提案通り、時間になるまでお茶を飲むことにした。


 開催時間が近づくと、まばらに人の姿が増えてきた。そして、主役の時計塔から鐘が鳴り響く。時計塔祭二日目が始まった。

 カレン達は鐘の音とともに店を後にし、すでに賑わいを見せている街道に出る。毎度ながらたくさんの人出と、出店が立ち並んでいる。こういう雰囲気がカレンは大好きだった。

 まずはファーマシー向かいのライム雑貨店が出している出店に回ってみた。出店の前に若い男性客が何人か品物を物色している。誰が店番なのか一目で分かった。

「ルミちゃん、頑張ってる?」

「あ、カレンちゃん、いらっしゃい。みんなお揃いでお祭り見物?」

 男性客をそっち除けで、ルミは出店から出てきた。少し疲れた表情をしているところを見ると、客がずっとそこに居るに違いない。

「うん、そうだよ」

「ルイはどうしたのよ? ルミ、ずっと店番なの?」

「ううん、ボクは午前中だけなんだけどね……」

 ちらりと店先を見やれば、群がる数人の男性客に一目する。カレンたちでもちょっと気が引けてしまう。

「ちょっと疲れちゃったかなぁ……。でも、午後からはお兄ちゃんが店番になるから、一緒にお祭り見られるよ?」

「えぇ? リィ、午後からお仕事だよ……」

「うーん、ゴメンね。明日は大丈夫だと思うから」

「それじゃ、明日はみんなで行こうよ」

「そうね、そのほうがいいと思うわ」

「決まりだね! じゃ、ルミお姉ちゃん頑張ってね!」

「うん。ありがとう」

「それじゃ、午後は時計塔の前で待ってるからね」

 ルミと話を付けると、早速お祭りの見物を続けた。

 ひとまず一行はアトリエリストで出店されている店へ行く為に、人の流れができたサザンストリートを中央公園のほうへ向かった。

 二日目にして昨日以上の人出だと思う。中央公園には通常の市場より多くの出店がのきを連ね、ここもにぎわいをかっていた。そんな中、来客に対してせっせと接客に応じるシエルの姿を見つける。普段見ることのできない彼女の姿かもしれない。

「こんにちは、シエル。お客様が一杯だね」

「そ、その声はっ!」

 カレンの挨拶に大きく反応し、店主は開口一番にそう言い放つ。露骨に不満顔を見せてカレン達をにらみつける。そして立て続けにこう言うのだ。

「何よ! 冷やかし!? この店にあなた達に売る物なんてないわ!」

「何ですって!? あんた、わざわざこっちから店に来てみればそんなこと言うわけ!?」

 シエルの反応にティンの怒りが返された。なにはともあれ、勃発しそうな二人のケンカを避ける為、カレンは取り繕ってみる。

「冷やかしとかじゃないよ。お母さんからお土産頼まれたから、先生のお店に来たんだよ」

「何よ、反論するの!? それは、あなたのせいで私が迷惑を被っている事実を知ってのことかしら?」

 どうしたらそんなことを言ってくるものだか。カレンは思わず苦笑した。

「何なのよ、あんたは。今日は妙に突っ掛かってくるわねぇ。やる気なの!?」

「あらあら、シエルもティンちゃんもそんな怖い顔してどうしたの?」

 二人の火花散る白熱戦はルフィーの言葉で遮られた。それに対し即座に返答したのはティンだった。怒りの興奮が抑えられないでいるらしい。

「ちょっとルフィー! あんたむすめにどんな教育してるわけ!? お客様に対していきなり、冷やかしに来たとか言う!?」

「シエル、あなたそんなこと言ったの?」

「だってカレンが……っ!」

「え? ……私?」

 シエルはそう言うと途端に言葉を詰まらせ、俯いてしまった。その先に続く言葉は分からない。カレンは控えめに尋ねた。それがシエルの怒りを突いたのか、彼女は鋭い目つきでカレンを一瞥いちべつすると、罵声を張り上げた。

「あなたのせいで私は何もできないのよ!」

 そう言い放つとシエルは店を抜け出し、人混みの中を駆けていった。そのただならない態度に、ティンは怒りを見せて、追い掛けようとカレンとリーナを促し、店にルフィーを残してそこを発つ。

 その様子を見て、ルフィーはここ最近のシエルの様子を思い返した。

 学園の授業を受ける態度も、どこか張り詰めた表情をして、落ち着きがない。調合の実験は立て続けに失敗を繰り返し、アトリエに帰ってきても調合には手をつけず、自分の部屋に閉じこもっている。

 それが気になってシエルに聞いてみたが、気にしないでと返す他に返答はない。それが、カレンとの関係があるとなると、結びつく物はやはり一つだ。シエルはそのことが気掛かりだったのだろう。

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