第2話「祭の夜に咲く花は」2—2

 お祭りが終わりを迎えると、ファーマシーの中は静まり返っていた。サザンストリート周辺を行き交う人もまばらになり、穏やかな雰囲気が漂っている。

 閉店準備をしているところも多く、それと同じくカレンも店じまいをやっていた。

 日中、店に出していた品物は、臨時に作り足していったものも含めてほぼ完売となった。カレンは少し売れ残ってしまった商品を袋に詰めて母への土産にし、店を閉める準備を整える。ティンを連れていざ帰ろうと、出入り口ドアに近づき、ノブを掴み掛けた――そのときだった。

「お姉ちゃん!」

「ふわぁっ!」

 ドアの向こうから聞き慣れた声を聞いたかと思えば、ドアが勢いよく開けられ、カレンの顔を直撃。脳髄がずれてしまうかのような衝撃に、堪らずカレンは座り込んでしまった。

「い、痛ぁ……」

「ごっ、ごめんお姉ちゃん! 大丈夫?」

「あぅ……うん、大丈夫だよ。それよりどうしたの?」

「あ、うん、今日お姉ちゃんのお手伝いできなかったから、お詫びと思ってお差し入れ持ってきたんだよ」

 リーナが差し出したホワイトバレーの紙袋には、焼き立てのパンが詰まっていた。芳ばしい香りを放ち、とても食欲を誘う。まだふかふかして暖かい。

「え? そんな、気遣わなくてもいいのに」

「そうよ、リィ。あんたは自分のお店があるんだから」

「ううん、でも貰って。このパン、リィが作ったんだよ」

「え? ホント? どれどれ、それならばこのティンちゃんが試食しようじゃないの」

 そう言いながらリーナの手にした袋に頭を突っ込み、一つ引っぱり出すと、等身大のコッペパンを大口開けてかぶりついた。その様子を見るなり、リーナは張りつめた表情を見せて、ティンの感想を待つ。さてティンの感想は。

「うぇ……何これ」

「え……?」

 そのティンの反応に、リーナは不安げな表情を見せて涙目になる。

「ちょ、ちょっとティン! 何てこと言うの!」

「じょ、冗談よ。真に受けないでよ。なかなか美味しいじゃないの」

 ティンはそう言って再びパンを頬張りだした。その表情を見る限り本心のようだ。やはりいつになっても彼女は素直ではないようだ。

「まったく、ティンちゃんはいつになっても素直じゃないんだから」

「ふ~ん! 別にいいじゃなのっ」

 怒った風にそう言って頬を膨らますと、出入り口ドアのほうへと飛んでいってしまった。

 リーナと店の前で別れると、手土産をバッグに詰めて母の待つ家へと足を運ぶ。もはやサザンストリートに人気はない。祭りの後の静けさとはこのことか。

 ティンはご機嫌そうにリーナの手作りパンを頬張りながら、カレンの頭の上に乗っている。カレンもまたパンを頬張る。彼女の手作りパンはとても美味しかった。さすがにパン屋のむすめだと思う。これだったらパン屋の店頭に出ていても文句はないだろう。

「ねぇ、カレン、ホントに美味しいと思わない? これだったらパン屋でも通用するわよね」

「え? あ……うん、そうだね」

 同じことを思ったのか、同意を求めてくるティンに、カレンは返答に詰まりながら頷いていた。美味しいのはそうなのだけど、心の奥に何かが引っ掛かってしまう。リーナがパン屋の手伝いに一生懸命になっているところを思い浮かべると、ちょっと寂しく感じてしまう。ファーマシーの主力でもあるから、ずっとファーマシーで働いていて欲しいとも思うのだった。

「ん? どうしたの? 急に暗くなっちゃって」

「え? ううん、何でもないよ」

「ま、あんたのことだから、リーナがパン屋で働くのが寂しいんでしょ? バカねぇ、あのはパン屋のむすめよ。パン屋で働くのは当然でしょ? わがまま言っちゃダメよ」

「……」

 ティンにそう言われて少し肩を落としつつ、行く道を時計台広場にさしかかる。丁度午後九時の鐘の音が鳴り始めた。街全体に響き渡り、時を告げる。もう数百年もここに鎮座し、時を告げ続けたエリス時計塔――お祭りの初日は、鐘の音とともに終わりを告げた。

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