第2話「祭の夜に咲く花は」2—1

 そしていよいよエリス時計塔祭の開催日となった。祭は三日間執り行われる。みんな時計塔の何を祭っているのかなんて、案外忘れてしまっているに違いない。お祭りの雰囲気が高揚していく中、カレンは出店の準備に追われていた。

 野外に店を出すわけではないが、店内にテーブルを追加させ、そこにお祭り用の品物を並べていく。その並べられた品物にティンは驚かされてしまうのだ。

 チェック柄のクロスを敷いたテーブルの上には、マカロンやマフィン、ラスクやクッキーなど、奇麗にラッピングされた、魔法調合とは全く違う品々が並んでいるじゃないか。

「カ、カレン、なにこれ?」

「ほら、最近依頼ばっかりで忙しかったから、簡単だからこういうのにしちゃった。ダメかな?」

 カレンは顎を引きつつ上目遣いにティンを窺う。それに対してティンは少しため息混じりながら、しょうがなさそうな表情を浮かべるしかなかった。

「いや、ダメじゃないけど……もっとお店らしい物を出してみたらよかったんじゃない?」

「う、うん……でも、お店出すのは今日だけにしようと思うの。毎年お祭見てるし。だから、今年も見回ろうかなって。良いよね?」

「……か、かまわないわよ」

「なんて言って、実はティンもお祭りが見たいんでしょ?」

 照れ隠しのようにティンが言う台詞に対し、カレンはそれを突く。案の定、ティンは膨れっ面になってそっぽを向いてしまった。やっぱり今日も素直じゃないティンだった。

 さて、お祭りも開催されて何十分か過ぎると、中央公園から南区のメインストリートまでは見物客でごった返しとなる。いつもとは全く違う街の雰囲気の中、ファーマシーの店内もそれなりに違う雰囲気になっていた。キッチンと化した調合部屋も、いつもと違う忙しさに見舞われる。

「カレン、クッキーが足りないわよ!」

「はいはーい、お待たせ。後は大丈夫ね」

「どんどん持ってきて!」

「うん、任せてっ!」

 カレンは店の繁盛の様子を見ながら、せかせか売り子をこなすティンにそう言うと、早速調合部屋に……いや、キッチンに戻り、お菓子を作り始める。お客様が結構来ているようで、カレンは安心するとともに気合いを入れて作業に打ち込んだ。

 そんなファーマシーの窓から、店内を覗き見る少女が一人。

 勿論のこと、ライバルの出店しているお店がどうしようもなく気になり、様子を見に店内に入りたいところだが、堂々と入るには気が引けるので窓から覗き込んで様子を窺うのは、シエル・セノアである。

 はしたないと思いながらも、木箱を足場にして、それでも背伸びをしながら、高い位置の窓から店内を見回し、客で賑わう現場を目撃しては、青筋を立てながら悔しそうな表情を見せていた。

 もしかして自分は負けているのでは……? 何気にぎったその言葉に胸打たれ、今すぐ家に帰って勉強しなくてはと、木箱から降りようとした――が、足を滑らせ地面へと転倒。尻餅を突いてしまった。

 木箱が街道のほうへ転がり、ある青年の足に当たって止まる。彼はその一連を目撃していたらしく、未だ尻餅を突いて痛がるシエルの姿を見て立っていた。シエルはそんなことはいざ知らず、自分の格好にも気づかず腰辺りをさすっている。

「……だ、大丈夫かい? シエルちゃん」

 そこに居たのはライム雑貨店の店長、ルイ・ライムだった。彼女に近づいて手を差し伸べる。

 かたやシエルは声を掛けられ慌ててそちらを向くと、ようやくルイが居ることに気づき、慌てて体勢を立て直して、一気に顔を赤らめて俯いた。

「ル、ルイさん……っ! い、いつからそこに……」

「君が、その箱から転ぶところから……。助けようと思ったけど、間に合わなくて。大丈夫?」

「……う、うぅ」

 思わず涙ぐんで、顔を手で覆ってしまう。

 シエルは立ち上がると一目散にサイドストリートのほうへ駆けていった。恥ずかしいとか何よりも、悔しかった。

 彼女は道を、人混みの中を駆け抜け、その末たどり着いたところは、西区の住宅街にあるに小さな公園だった。人混みの喧騒もなく、静まり返っている。ベンチに腰を降ろすなり、深いため息を吐き出した。

「……どうして、私ってこうなの?」

 ここ最近、気が焦って先走り、調合が失敗続きだった。そんな自分に怒り半ばに呆れ混じりで……その上、カレンには先を越され、ルイには恥ずかしいところを見られてしまうし……。シエルは一人、静かに頬を濡らした。

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