第2話「祭の夜に咲く花は」
第2話「祭の夜に咲く花は」1
猫の傷薬の成功を切欠にファーマシーが活気づき始め、それとともに評判が徐々に良くなり始めたころ、エリステルダムには夏が訪れていた。
街の至るところに植えられたヒマワリが、大空を仰いで太陽を見つめている。日は長くなり、気候はどんどん暑くなっていく。
そんな中、カレンは熱気に見舞われる調合部屋の中を、忙しそうに動き回っていた。今、そこにリーナの姿はない。今週まで学園通いで、来週から夏休みになり、それから店の手伝いをしてもらうことになっている。カレンは早く夏休みになることを楽しみにしていた。
さて、ここ最近、昼食を終えてファーマシーが午後の営業を始めると、開店直後にとある女の子が来店する。彼女は入ってくるなり、辺りを見下してはいつもこう言うのだ。
「あら、こんなものここで売らなくても、私の手で作れるわ」
妙に気高いまねをする彼女は、シエルだった。シエルは、エリス魔法学園の教員であり、街の一角にアトリエを構える錬金術師、ルフィー・セノアの
そんな彼女がなぜここに来たのかというと、ここの店長に異様なライバル心を燃やし、こうやって冷やかしているのである。しかも、学園の昼休みであるらしいこの時間に毎日毎日。
「はいはい、その言葉、何度聞いたもんだか。シエル、いい加減にしなさいよ。営業妨害よ」
それに対し、迷惑そうに半分受け流して返事をするのは、ファーマシーの看板娘として定着してきたティンである。かれこれシエルがここを通い始めて二週間。丁度店の評判が街に広まった頃合いと重なる。そのころからシエルはここに来るなり、何かに対し文句をつけるのである。これではただのクレーマーだ。
「あら、そうかしら? 私が来ると、いつも客なんて居ないわよ? これで営業妨害もないわ」
「いつもあんたが、午後一番のお客様なのよ。他にお客様が居るわけないじゃない」
「ねぇ、ティン、お店に足りない商品ってある? って、あ、シエル、いらっしゃい」
カレンが調合部屋から顔を見せる。シエルの姿を認めると、慣れた口調でそう告げてきた。店長ももはやいつものことになったシエルに関しては、気にも留めていないらしい。
しかし、それとは対照的にシエルはカレンを見るやいなや、反射神経が働いたかのようにこう口走るのだ。
「で、出たわね、失敗王! あなたのせいで私がどれだけ迷惑を被ってるのか知ってるの!?」
「ねぇ、ティン、商品で足りないものってある?」
「そこっ、無視しない!」
「そうねぇ、今のところは大丈夫かしらね。ほらほら、オバサン、邪魔してないでどっか行きなさいよ」
「オオオ、オバサンですって!? 何よその態度! この店は客に対する態度が全くなってないわ! もういいわ! 帰りますっ!」
ここ最近いつもこんな調子だ。シエルは店をバカにしながら、いつもバカにされて帰っていく。結局、彼女は何がしたいのか分からない。しかもこりなく何度もやってくる。一方、ティンやカレンは迷惑かと思いきや、午後の開店時間からお客様が来るまでの暇つぶしとなっていて、あまり気にしてはいないようだ。
ようやく学園は夏休みに入り、リーナがファーマシーの手伝いにやってくるようになって、カレンにはゆとりが持てるようになった。
ここのところ、依頼が多くなってきている。それをこなしているので毎日忙しく、ろくに売り場のほうへ顔出しすることもできず、ティンに店番をさせっ放しだった。
人手不足になりつつあったファーマシーを救ったのは、実はリーナなのである。彼女はなかなかに要領が良く、猫の外傷薬の件以来、自ら色々と魔法製薬について調べ事をしていたという。
物覚えのいい彼女は、今や立派に魔法調合を行っているのである。そんなわけで、最近は二人で上手く分担し、余裕ある仕事が行えるようになっていた。
「お姉ちゃん、依頼の個数分できたよ。他にすることはある?」
「あぁ、ありがとう、リィちゃん。それじゃ、私が今やってるものお願いできるかな? 材料は揃ってるから、レシピはここに書いてある通りね。分からないことがあったら私に聞いてね」
「はーい!」
「ゴメンね、リィちゃん……夏休みなのに色々やらせちゃって」
「ううん、気にしなくていいよ。リィもお姉ちゃんみたいに、魔法でお薬を作ってみたかったから、かえってうれしいよ。夏休みの自由研究の課題にもなるし」
「そっか。それじゃ一石二鳥だね」
「えへへ」
リーナは明るい笑みを見せ、カレンの仕事を請け負って作業に取り掛かった。そしてカレンは、今度開催される「エリス時計塔祭」で出店する為の品物を作り始めた。
エリス時計塔祭――エリステルダムの無事を願い、そしてシンボルタワーである時計塔が建てられたその記念として執り行われると言われている。まさに夏の一大イベント。街の誰もがその日を楽しみに待っているであろう。その中にカレン達が含まれていることは言うまでもない。
「ねぇ、お姉ちゃん。今度のお祭にお店は出すの?」
「うん。出店やるのも、私の夢だったから」
「そうなんだ。……でもリィ、うちのお店手伝わなくちゃいけないの。お祭の日は一緒じゃなくなっちゃうよ?」
「あ、そっか。……リィちゃんの家、パン屋さんでお店出すもんね」
「うん、ごめんね」
ちょっぴりガッカリだった。てっきり出店のときも一緒じゃないかと思っていたが、何を言おうリーナはパン屋の
受けた依頼も一通り終わらせ、一時的にゆとりが取れるようになった頃合い、丁度よくお祭りの準備へと店が忙しくなっていった。今や出店の為の品物作りがメインとなっている。ティンは相変わらず店番で、カレンとリーナはいつもの様に調合部屋を駆けずり回っていた。
「ねぇ、ティンちゃん」
「あら、リィ、どうしたの?」
「はい、これ。いつも店番ばっかりでごめんねって、お姉ちゃんから」
「お、気が利くわね。ありがと」
昼休みになっていつもの様にリーナのパン屋で昼食を済ませ、カレンは調合部屋に戻るなり、早速作業を開始していた。そんな合間にリーナがティンに差し出したのは、クッキーだった。
……あの子も気遣っちゃって、私にはこんなことしかできないのに……。
そう思いながらクッキーを頬張る。カレンの手作りお菓子はとても美味しい。ティンはそれをいつもより感じながら頬張っていた。
と、ティンはふと思う。最近店に居る間にあまりカレンの顔を見ていない。朝、店に来るまでとお昼ご飯のとき、それと閉店時間以降くらいかもしれない。前まではよく店のほうに回って店番を手伝ってくれていたのだが、最近それがないような気がした。
そう思って調合部屋へと入っていく。相変わらず中ではカレンがせかせかと忙しそうにボールの中の物をかき混ぜていた。リーナはテーブルに着いて参考書を読みながら休んでいるようだった。
「あ、ティンちゃん、どうしたの?」
「うん、カレンに話があって来たんだけど。ねぇ、カレン。……カレンってば聞いてるの?」
「なに? 今忙しくて手が離せないから、用なら後にして」
「ダメよ、今聞いてくれないと」
カレンに近づき、すぐさまその手を掴んで作業を遮ると、不機嫌そうにカレンは作り掛けの物を調合台に置いた。
「どうしたの?」
「クッキー、ありがと。なかなか良かったわよ。それとあんた、そんなに引っ切りなしに仕事ばっかりやってたら、そのうち疲労で倒れるわよ? そうなったら調合どころじゃなくなるわ。休みの時間くらいは休みなさいよ」
「そんなこと言われなくても大丈夫。自分のことなんだから、体調管理ぐらいできるもん」
「……あっそ、もしあんたが疲労で倒れたって、私は知らないわよ。せっかく人が心配してあげてるのに」
ティンはそう言いながら膨れっ面をして部屋を出ていってしまった。ここ最近、少しだけ素直さが出てきたティンである。猫の薬の件から少しずつ、みんな変わっているようだ。
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