第1話「街の小さな薬屋さん」6—2

 材料採取を終えて森から街へと帰ると、昼食を取りにリーナのパン屋「ホワイトバレー」へとやってきた。ホワイトバレーはライム雑貨店の三軒隣にある。いつもパンが焼かれるいい匂いがここ一帯に広がり、なんとも食欲をそそる。

 パン屋に着いたのは昼を過ぎて少し経ったころだったが、それでもなおホワイトバレー店内は客の賑わいがある。それがこのパン屋のおいしさを証明していると言える。早速、リーナに案内されて店内に入っていくと、カウンターで清算を行う女性店員に声を掛けられた。リーナの母だ。

「あら、おかえりなさい、リィちゃん。こんにちは、カレンさん。リーナがご迷惑をお掛けしていませんか?」

「こんにちは。いえ、リィちゃんが居るととっても楽しいです。それに色々手伝ってくれるので、とても助かります」

「それなら良かったです。それじゃ、部屋にお昼ごはんを用意してあるから、カレンさんに案内してあげなさい」

「はーい」

 元気よく母に返事すると、カレンの手を引いて店の奥へと入っていく。カウンターの奥にはパンを製造する工場があり、工場より一枚壁を隔てた階段を登った二階は、リーナたちの住まいとなっていた。パン屋の面積が広いため、住まいもまたとても広い。広く取られたリビングを過ぎると、リーナの部屋へと通される。

 リーナらしく可愛いピンク色の掛け布団と枕のベッドがあり、勉強机の上には沢山のぬいぐるみが並んでいる。他には本棚にクローゼット、部屋の中央にはテーブル一台と椅子が二つ。床はフロア全体に絨毯じゅうたんが敷かれてある。中央のテーブルに席を取り、早速パンを頬張った。

「ねぇ、お姉ちゃん」

「ん? 何?」

「もしかしてお姉ちゃんって、ライム雑貨店の店長さんのこと、好きなの?」

「ぷぁっ!?」

 カレンはリーナの問いかけに、飲み掛けのミルクを思わず吹き出しかけてせ込んでしまった。それが落ち着くと今度は顔を真っ赤にしてしまう。

「ふえぇっ!?」

 そんなことを聞かれるとは思ってみなかった。リーナは案外おませさんらしい。

「そそ、そんなじゃないよ?」

「なるほどね~」

「ちち、違うったらっ」

「あはは、そういうことにしておくから。それより、その店長さんが言ってた、お母さんの病気を治すって……?」

 話を切り替えたと思えば、今度は母の件が持ち上がった。その途端、カレンの表情は恥じらいから暗い表情へと移っていく。そして重苦しそうに口を開いた。

「……う、うん。実はね、お店始めたのは、それが目的なの。私のお母さんね、昔から体が弱くて、今はよく分からない病気にかかっちゃってて、ルフィー先生に診てもらっても、症状をしずめる薬しかないっていうから、私が薬作ろうかなって思って始めたの。でも、最近失敗ばかりで、あのともケンカしちゃうし……」

「あのって?」

「うん、さっき言った精霊の子。今、ケンカが原因でどこか行っちゃったの。お母さんの薬も作らなくちゃいけないのに、こんなことでいいって思ってるわけ? って怒鳴られちゃって。でも、それで落ち込んでいられないし、私は絶対に作るって決めたの。そのために、リィちゃんの依頼を受けたんだから」

 そう言い終えると、カレンは自信を持ち掛けた表情を見せてリーナに向き直った。

 と、思ったら今度はリーナが俯いていた。どうしたのか様子を伺って、表情を覗いてみたそのとき、勢い良く顔を上げ、一心に視線を重ねてくる。今にも感極まって泣き出しそうな面持ちを湛えているじゃないか。すると勢いよく立ち上がるやいなや、涙を流してこう言うのだ。

「リィ、とっても感動したよっ!」

 そして、カレンの手を握り締めては更にこう言う。

「お姉ちゃん! リィ、お姉ちゃんのママのお薬作るの手伝うよ! 絶対邪魔なんかしないから。だからリィもお姉ちゃんのお店で働く!」

「え、えぇっ!?」

「お姉ちゃん、お願いっ!」

「あ、あぅ、でも……」

「リィもお姉ちゃんのママのこと、助けてあげたいから……っ!」

「え、で、でも悪いよ……」

「お手伝いなら何でもするよ。うちのパンも付けるから」

「……う、うん。分かったよ」

「ホント!? やったー!」

 ようやく許しが得られたと元気良く万歳してよろこびを表す。とてもうれしいようだ。カレンはそんな彼女を見ながら、内心ほっとしていた。口でそうは言っていても、実は結構不安を感じていたのだ。今はまだ見つからないけどティンも居るし、これからはリーナも居る。やる気と自信がついてきた感じがしてきた。


 食事を終えた午後、まずは街の市場に行ってほとんどの材料を揃えた。そして問題となったのは、やはり最後に残った「天然の沸き水」をどうするということだ。

 採取しに行かなければならないのだが、その為には死をも恐れぬ覚悟が必要となる。とはいえ、そんなことできるわけがない。

 そんなときはルフィー先生に相談だ。二人は買い物を終え、そうと決まれば、すがる思いでルフィーのところへと向かうのだった。

 今は春休みになっているので、学園に行けど先生は居ない。ルフィーの家は、西区のメインストリート沿いに構えられた「アトリエリスト」という工房である。

 街で代々受け継がれる「錬金術師」の称号を持つルフィーのアトリエだ。ちなみに、錬金術師ということに関して、カレンにはまだまだ足下にも及ばない。全ての事柄を自分の力でこなせるようになるまでは一人前とは呼べず、錬金術師という称号はおろか、魔法調合師と呼ばれることもない。今のカレンには程遠い称号だろう。とりあえず、二人は仰げし師の元へと向かっていった。

 アトリエは入り口の上に小さな看板が掲げられた、大きな建物だった。早速といわんばかりにリーナが入り口ドアをノックし、ルフィーの名前を呼び掛ける。しかし返答はなく、今度はカレンも一緒にドアをノックしてみる。

 すると次の瞬間、外側に開くようになっているドアが、ボーンッという爆発音とともに勢いよく開かれ、目の前に居た二人は見事に路上のほうへと弾き飛ばされてしまった。

 尻餅を突くなり何事かと驚きつつ、煙がモクモクと立ち上がる入り口の向こうへ視線を投げる。すると、その奥から咳き込みながら、何やらわめいて外へと出てくる人物が姿を現した。二人してしばしそれを見届ける。

「ケホッ……もうっ、何よこれ! 私の調合の何が間違ってるっていうのよ!」

 女の子だ。決してルフィーの声ではない。カレンは煙の奥から出てくる彼女を見張った。

 咳き込みながら出てきたのは、アトリエリストの魔法調合師見習いであるシエル・セノアだった。ルフィーの一人ひとりむすめで、カレンとは同い年の幼なじみだ。咳が落ち着いてくるとシエルは、アトリエの前で尻餅を突いたコンビに気づくなり、我に返っては赤面し、慌ててこの煙を誤魔化そうと抗議し始めた。

「あ、あっ、あなた、カレンじゃない! どうしてこんなところに居るのよっ!」

「えっと、わ、私は、ルフィー先生に会いたくて来たんだけど……こ、この煙って、なに……?」

 隠そうにも隠し切れない壮大な煙を指摘され、返答に詰まったシエルは、慌てて再抗議に乗り出した。

「な、何でもないわ! あなたこそ何? 今、お母様はいらっしゃらないわよ! 早く帰りなさいよっ!」

 激しい剣幕でまくし立てるやいなや、呆気あっけにとられる二人を追い返し始める。そんなややヒステリックな彼女の勢いに気圧けおされ、カレンもリーナも這々ほうほうていでその場を後にするのだった。

 そんなわけで、ルフィーは不在だった。これじゃ、振り出しに逆戻りだ。二人は呆然とするばかりだった。

「う~ん……仕方ないから、出直すしかないね」

 そう言うとカレン達はとぼとぼとメインストリートを公園のほうへと歩き出した。

 何かに行き詰まると、カレンは決まって時計塔の階段に腰を下ろし、色々と考え事をし始める。階段の一番上に腰を下ろせば、いつもより高い位置から街を見渡すことができる、お気に入りの場所だった。カレンはいつものように、公園に着くと階段の最上段に座り込み、考えに頭を悩ませた。

「あら、どうしたの? こんなところで」

 一心に色々考えを巡らせて、次第に知恵熱に見舞われそうになっていると、階段の下からそんな柔らかい雰囲気の声が飛んでくる。ふとそちらのほうに視線を向ければ、探していたルフィーが居るじゃないか。カレンはうれしさのあまり、階段を駆け下りて彼女の元へと駆け寄った。

「ルフィー先生! よかった、探したんですよ」

「何か分からないことがあったの?」

「リィ達、湧き水を探してるんです」

「でも、森の湖なんて行けないし、どうしようって思って……先生のこと探してたんです」

「そうだったのね。沸き水ねぇ……」

 カレンの事情を聞くと、ルフィーはしばし考える仕草を見せる。彼女の癖なのか、物事を考える際、腕を組んでいるところをよく見る。

「そろそろ、教えてあげてもいいわね。ついていらっしゃい」

「?」

 ある結果を出すと、そう言い残してその場を後にする。カレン達は、含みのある言葉に疑問を感じつつ、慌ててその後を追うのだった。

 公園を後にしてサザンストリートを下り、街の外に出ては自然路を行くと、いつもカーフ草を採取しているインサルトの森に到着した。

 木々の枝葉が何層にも重なり、昼間でも暗い雰囲気の漂う、インサルトの森。その名の由来は、先にも言った通り、深く入れば戻ることはできないということ――それは迷いの森。この地方の古い言葉である。

 しかしルフィーは、カーフ草の茂る広場を抜けて、更に奥へと足を運ばせる。辺りが更に暗さを増していくと、カレンとリーナに焦りと不安感が漂い始めた。

「せ、先生、まさか、湖に行くんじゃ……」

「大丈夫よ、そんな深くまで行かなくても、ちゃんと湧き水があるから」

「えっ? 本当ですか?」

 勿論ながら、これより深く中へ入ったことなんて無い。一体どこに湧き水の出る場所があるんだろうか。何というか、辺りの雰囲気にされて寒気を感じてしまう。それだけじゃない、体にまとわりつくような……何か不安な物を一身に感じる。

 しばらく進んだところで、道の向こうに一際明るい場所が見えてきた。近づくに連れ、木の茂みがない広場であると知れる。もしかしたらそこに湧き水があるのかも……早速といわんばかりにリーナが駆け出していった。

「お姉ちゃーん、泉があるよ!」

 先に到着したリーナは、向こうの風景を目の当たりにすると、うれしそうに手を振ってこちらに報告してくれた。

「泉? 先生、湧き水って……」

「そう、この森には泉が点在するのよ。泉は湧き水によってできた、大きな水たまりみたいな物ね。私もよく利用するの。ダメよ、湖のほうまで行こうとしたら。……でも、湖のほうまで行くようなことがあったら、必ず私に言いなさいね」

「は、はい!」

 カレンはうれしくなって、思わずリーナと同じく泉の元へ駆け出していった。木々の開けたその向こうには、この森の雰囲気とはまるで相反した、綺麗な泉が広がっていた。陽の光を受けて、きらめく水面みなもを覗いてみると、透き通った汚れのない水に自分の顔が映し出された。

「勿論、飲むこともできるわよ」

 水に手を入れると、丁度良い冷たさが心地よかった。少しすくって口へ運ぶ。舌触りの良いなめらかな口当たり。これ以上になく美味しい水だった。

「わぁ、お姉ちゃん、美味しいね」

「そうだね。これなら、絶対できるよ。リィちゃん水筒持ってるよね」

 リーナから水筒を受け取ると、水を汲み入れた。普通の水よりも遥かに綺麗に見えてしまうこの水。カレンは意気込んで水筒をしまい込んだ。なんとなくだけど、この水なら作れる。彼女はルフィーに大きく頭を下げると、リーナを連れて早速ファーマシーへと戻っていった。

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