第1話「街の小さな薬屋さん」4—2

 早速調合の準備に取り掛かろうと、調合部屋で機材の準備をし、まずはどうするかをカレンは考えた。はてさて、店はクローズのままだが、カレンはどこへ行くのか慌ててテーブルから立ち上がり、バッグを引っ掴んで荷物をまとめて出ていった。

 勿論カレンの行動をすかさず追い続けるティンとルミは、こちらも店番を兄に押しつけてカレンの尾行を始めた。ティンはいつの間に起きたのやら、ルミをナビゲートしている。ルミも少し興味あり気に、隠れながらストーカー紛いにその後を追うのだった。

 やって来たのは学園の隣に建造されたエリス図書館だ。世界中の文献や小説などの書物を集め、あらゆる知識を集約させた、歴史ある立派な建造物だ。この街の誇るべき機関である。

 早速中へと入り、そそくさとカウンターを過ぎると、カレンは高く建ち並んだ本棚の群へと姿を消していった。その後を見失ってはいかんとばかりに急いでルミとティンが追っていく。カウンターの受付嬢がその妙な光景に頚を傾げるのだった。

 カレンはまず、魔法製薬や錬金術の類を取り扱う書棚へとやってきた。高くそびえる棚にはところ狭しと本が詰まり、新刊からすっかり黒ずんだ古書までもが並んでいる。そんな眺めを前にしながら、何を読めばいいのかさっぱり分からず、カレンは早くも頭を抱え込んでしまう。それを見てティンがため息を吐こうとした刹那、カレンの元に近づく女性がいた。

「あら、カレンちゃんじゃない。何か調べごと?」

「え? あ、ルフィー先生!」

 そこに居たのは、カレンが所属するクラス担任の先生だった。

 名はルフィー・セノア。西区に魔法調合のアトリエを構える錬金術師でもあり、シェリーの病を診断している人物でもある。そして、母の抱える病を治すべく、カレンがマジカルファーマシーを構えるに至るまでの交渉や助言などの手助けをしてくれたのは、誰あろう彼女なのである。

 カレンはよくルフィーのところへ通い、調合の方法を教えてもらうなど、今まで作った物は彼女のアドバイスもあってのことだ。

「私、猫のケガを治す薬を依頼されて、それで作り方とか調べようと思って……」

「どれを読んでいいか分からないってところね。そうねぇ……こういう本はどうかしら?」

 彼女は手前の本棚を眺め、ある一冊の本を取り出すとカレンに手渡した。

 少し古びて、紙が黄を帯びた分厚い書物。ズシリとした重さに読む気が引けてしまう。試しに適当なページを開いて目を通すが、その瞬間にはめまいがしそうだった。文字の羅列に、分からない単語が教典の如き書きつづられている。思わず露骨に嫌な顔を見せてルフィーを見やってしまう。

「む、難しそうですよ……」

「ふふふ、冗談よ。それじゃ……この本なら分かり易いと思うわ」

 そう言われて手渡されたのは、少し厚めにできているが、単行本ほどの大きさにまとめられた書物だった。最近入った新刊らしく、とても綺麗だ。

 早速中を読み始めると、最初に目に入ったのはハーブティーの項目。ルフィーに教えられて作ったが、製法に対する親切な解説もあり、これを見れば一通りできたかもしれない。

 分かり易そうな書物のようなので、これを借りることにした。ルフィーは合意を得たことに納得いったのか、笑みを見せては「頑張ってね」と言い残して、奥へと消えていく。しかし問題なのは、対動物の魔法薬に関する項目はあれど、これを借りて正解かどうかは、彼女次第だろう。

 早速カレンは店に戻り、書物を読み始める。該当する項目を目次から見出すと、動物に対する薬の調合という項目が弾き出された。その中も多分にあり、犬や猫を初めに、鳥や馬、果ては家畜に対する項目などもあった。

 勿論真っ先に見るのは猫の項目。衰弱状態や病気から回復させる薬、ケガを治癒させる薬の調合の項目があるなど、この本は細かく分けられている。検索はし易いようだが、製薬のレシピが簡単に綴られているかどうかとはまた別だ。カレンはケガの治癒に目を通し始めた。


 ――それからどれくらいの時間が経ったろうか。

 マジカルファーマシーからは何の物音も聞こえてはこなかった。不思議に思ったルミとティンは、ファーマシーの窓から室内を覗き込む。

 さすれば、調合部屋のテーブルに伏せ、何かうなされながら寝苦しそうな寝息を立てているカレンの姿が目に入った。通りで失敗したときの爆発音も悲鳴も聞こえてこないわけだ。二人は思わずため息を吐き出しつつ、入り口のほうに回って店内へと入った。

 扉についたカウベルが、渇いた音を立てて来店客を知らせるが、奥から店長の姿は現れない。寝たままなのだろう。ティンは怒りを通り越して呆れながら、ルミに調合部屋へと行くように指示する。

 言われるがままそっと中へ入ると、カレンの背後に回っては息を大きく吸い込んで、はき出す息を彼女の名前に変えて呼び上げた。

「カレンちゃん、起きなさい!」

「ふえぇっ!」

 さすがに驚いたか、カレンは何事かと言わんばかりに、椅子から飛び上がって目を覚ます。目をばっちり開けて、背後をゆっくり振り向いたそこには、笑みを見せるルミが居る。カレンは気が抜けたようにため息を吐き出し、脱力して肩を落としながらルミを見やった。

「お、脅かさないでよ、ルミちゃん……」

「う、うん、ごめんね。でも、もう午後の開店時間、とっくに過ぎてるよ?」

「あぁ! そ、そうだった! 忘れてたよ!」

「でも、今日は何か依頼されてたみたいじゃない? 猫の薬っていう」

「う、うん。そうなんだけど……どうして知ってるの?」

「そのがうちで置いてないかって聞いてきてね、ないって言ったらカレンちゃんとこに行ってたから」

 ルミはテーブルに放置されていた書物を手に取り、ざっと内容を見てみた。ルミはそれを見るなり納得したように頷きつつ、カレンの表情を窺う。

 カテゴリーに分けられて検索しやすく、簡単なレシピは解説が分かり易くていいのだが、複雑な調合薬になると解説も徐々に難しくなっている。おそらく検索のし易さや簡単なレシピの分り易さ故に、この本が簡単だと思い込んで読んだに違いない。この本は中級者向けかも知れない。

 だからって寝ることはないだろう。別の本と交換すればいいのに。ルミはそう思いつつ、カレンを図書館へと促した。一緒に探せばいい本が見つかるかもしれない。

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