第1話「街の小さな薬屋さん」3—2

 気がつけば朝になっていた。眩しい光がカーテンの隙間から差し込み、顔に照らしつける。思わず開けた目を強く閉じてしまう。

 寝惚けまなこを擦りつつ、上体を起こして部屋を見回す。

 何か物足りない――昨日から行方不明のティンが居ないのだ。彼女は普段、カレンの布団に潜り込み、一緒に寝ている。その彼女が居ないことが、とても寂しかった。

 早速ベッドから起きて服を着替えると、自室を出てシェリーの部屋へと向かう。ティンが居ないので、夢の出来事に似ている。まさかとは思うが、夢が現実になるのかと不安になってしまう。

 そんなことはないだろう。カレンはリビングからシェリーの部屋へと入ると、まず先に彼女のベッドへと視線を向けた。そこには、長い髪をくしかしている母の姿があった。顔を覗かせるカレンを見ると、おはようと言って笑みを見せ、手招きをしていた。夢と同じになっていなかったことに安堵しながら、いつもの様に母の隣に腰を降ろし、髪の手入れをしてもらう。

「ねぇ、お母さん……ティン、どこにも居ないの。どこ行っちゃったんだろう。やっぱり、怒ってるのかな……」

「ううん、ティンは怒ってなんかいないわ。カレンが一人でできるか、試してるのよ」

「……ティンに悪いこと言っちゃったかな。ティンなんて大嫌いだって言っちゃって……」

「本当はそんなこと思ってないんでしょ? 大丈夫よ。ティンもそんなこと言われて、意地悪してるだけなのよ」

「うん。私、ティンに笑われないように頑張るよ。じゃ、ご飯作るね」

「いいわ。今日は私が作るわよ」

「え? でも、寝てなくちゃ」

「今日は体調が良いの。だから私に任せなさい」

 シェリーは柔らかな笑みを湛えて立ち上がり、カレンの頭を撫でると部屋を出ていった。母の手作りは久しぶりだ。うれしさが込み上がる。

 普段、家事全般はカレンが担っている。ただ甘えん坊なわけではなく、確り家事をこなして母の世話をしているのだ。母に何かあったら、学園の授業中ですら母の元に駆けつけるほど、第一に母を考えている。

 ティンが失敗で怒るのも、甘えん坊なところを治そうとするのも、そんな健気けなげな彼女を思ってのことだ。素直じゃないティンが、カレンを母親想いで良い子だと褒めるほどだ。母を心から想う少女は、確り者なのだ。

 朝食後、ティンが未だ帰らぬまま、カレンはいつもの通り店へと向かった。

 店の入り口を開錠して中に入ると、まずは店内の掃除をする。それが済めば次は商品棚の整理。とりあえず、学園の隣にそびえ建つエリス図書館にある、魔法薬の本に記されていた簡単な物は、店の商品として店頭に並んでいる。

 例えば、ミントやローズなどを乾燥させたハーブティーや、薬草のエキスを絞って作った喉飴などと色々とある。つまり言うと、カレンが作れるほど簡単な品物が店に並んでいるのだ。しかし、これらの物はカレンが作らなくても(ここで売らなくても)、お向かいのライム雑貨店で取り扱っている。勿論のことながら、雑貨店のほうが良質だったりもする。

「ティン、居るの? 居たら出てきてよ」

 店内の整理が一段落し、いざ開店の時間が間近になった。流石さすがにこの時間にまでなって戻ってこないのは、結構不安になってくる。ティンはカレンの失敗連続に呆れて店を出ていったのだろうか。そんなことはないだろうが、昨日のルミの言葉も尾を引いて、カレンは店の中で声を上げていた。

 返答はない。声はむなしく、木造の店内に吸収されるだけだった。

 そして開店時間となるが、いつも店番をしてくれているティンの居ない代わりに、店頭にも立たなくてはならない。いつもティンに任せているので、店番と調合をやりこなすのは大変だ。とは言うものの、依頼自体も少なく、来客もまたあまりないので、普段とあまり変わらない経営となっていた――この状況を彼女がどう判断しているのかは、定かじゃない。

 午前中は来店客を一人迎え、後は誰も来なかった。その一人も、学園の友達で、喉飴を数個買っていっただけで。これでも一応、今の段階でなかなかの収入だ。カレンは少しばかり浮かれ気分になっていた。

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