第1話「街の小さな薬屋さん」3—1

 カレンが街中を走り回って、ティンの捜索はもう一時間が経っている。されど、ティンは見つからない。カレンはもう家に帰っているんじゃないかと思ったが、ずっとティンちゃんが居なくなったらどうする? というルミの言葉が過ぎり、捜索を続行させていた。

 しかし、これほど探しても見つからないティンに、カレンはこぼれ落ちる涙をこらえることもできず、中央公園の時計台の階段に座り込んで夜空を見上げていた。無数の星々が自らを主張するかのように淡い光をきらめかせ、天に昇る月が満月に姿を変えて、街にその柔らかい光を届けている。

 この時間帯の公園には、各々の愛を育み、甘い時間を送っているカップルが見受けられた。カレンはそんな人達を少し気に掛けながら公園を後にし、仕方なしに家へと帰っていった。

 しかし、家にティンの姿はなかった。やっぱり怒っているのだろう。どこかへ行ってしまったままなのかもしれない。そのどこかなんて、これ以上探しても見つからないと思う。ルミの家に行ったのだが、それでも居なかった。彼女の行きそうな場所は行ったつもりだ。ティンにバカなんて言ってしまったことを、今になって後悔するのだった。

 こんなことは初めてだ。いつもはケンカこそすれどすぐに仲直りするのだが、今はそんな彼女すら居ない。カレンはすっかり肩を落として、自分の部屋に入るやいなや布団に潜り込む。心配でしばらく寝返りを打っていたが、探し疲れたせいか、まもなく眠りに沈んでいた。


 ――その夜カレンは夢を見た。

 誰も居ない家、シェリーの部屋のドアに向かって立っていた。いつもそばに居るティンは、辺りを見回してもどこにも居ない。その静まり返った家の中に、少々気味悪さを感じた。

 いつもひっきりなしにしゃべるティンも、その話を聞いて微笑むシェリーも居ない。少ししょんぼりしながら、カレンはドアを開けようとノブに手を掛けた。そして母を呼びながら中へ入る。室内にはベッドの上に眠るシェリーの姿があった。カレンは未だ眠り続ける母を起こそうと、ベッドに近づいていく。

 窓から見える外の様子を見れば、空は明るく既に昼に近い時間であることが窺える。病のせいでこんな時間でも寝たきりのことがある母なのだが、どこか違和感を覚えてしまう。カレンは少し不安気になって彼女の体を揺さ振った。

 しかし、普通ならそれで起きる彼女は、未だ目を覚まさない。何度やっても変わらなかった。次第に焦りを感じ……カレンは思わず胸辺りに耳を押しつけた。

 ……鼓動が、聞こえなかった。

 まさかの事態に錯乱してしまい、何度声を掛けても返事も何もない母を、泣きじゃくって何度も何度も揺さ振ってしまう。死んでしまったのだろうか。そのとき、開かれたままのドアからティンが姿を見せた。泣きじゃくるカレンに近づくなり、強くにらみつけながら怒鳴りつけてくる。

「カレンのバカっ! あれだけ私が注意したのに! 失敗してばっかりして、お店潰されちゃって! その上、その上……っ!」

 怒りを込み上げるティンは、顔を真っ赤にしながら、目尻に涙を貯めて、無表情に横たわるシェリーへと視線を向ける。

 そして、再びカレンに視線を戻すと、更に大きな声を張り上げる。

「お母さんの病気も治せないで、見殺しにして! あんたなんか出ていって! 早く出て行きなさいよっ!!」

 カレンに物を投げ付けてはヒステリックに叫び上げる。何が何だか分からずにいたが、ティンの怒りとその言葉に傷つき、尚更に涙を溢れさせる。そんなカレンの様子をティンは更にこう付け加える。

「あんたなんか……あんたなんかシェリーの子じゃなければ良かったのよっ!」

 その一言で、カレンの目の前は真っ暗になってしまった。

 ……夢はそれで終わりだった。

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