第1話「街の小さな薬屋さん」2—1

 ティンが帰路に就く同じころ、カレンはというと、ティンの思う通り山の洞窟まで来たようだが、中には入らず入り口のすぐ横に腰を下ろし、膝を抱え込んでいた。この時間に女の子が一人で洞窟に入るのは危険である。いつもはティンがランプを持っているので、そこで取れる行動を先に見回って教えてくれるのだ。そんな彼女が居なければランプも手元にないわけで、カレンは怖さに負けて中に入れないでいた。

 ショートに切り揃えた柔らかい髪が、少し肌寒さを感じる風に泳ぐ。掠めゆく風に、膝を抱く腕に力がもる。

 何より心細い。ネリノ石を取らなくてはいけないのに、中に入れない。そんな、どうすることもできないそのやり切れなさに、カレンは大粒の涙で頬を濡らしてしまう。

 後先考えないで突っ走るからこうなるのよ! といつもティンが怒鳴りつけているその結果がこれだ。

 カレンは何かに打ち当たるとしおれてしまう、寂しがりやでドジな女の子だ。それが心配でならず、ティンはついつい気の強い性格から言葉を強張こわばらせてしまうのだ。不器用な気もするが、ティンなりの想いが、厳しくする形になっていた。

「あれ? カレンちゃんじゃない。どうしたの? こんな所で」

「え……?」

 不意に声を掛けられ、涙を拭うのも忘れて声のほうへ視線を向ければ、そこにはランプを持った、ポニーテールの女の子が立っていた。彼女はカレンを見つけるなり、ランプをかざして近づくと、すぐそばにしゃがみ込んで顔を覗きながら話し掛けた。

「あ、またティンちゃんとケンカしたんだね? もう、懲りないんだから」

「ル、ルミちゃん、どうしてここに……?」

「ボクはお店で売る物の材料取り。カレンちゃんもでしょ?」

 カレンにそう訊くと笑みを見せて、立ち上がらせる。彼女の名前はルミ・ライム。マジカルファーマシー向かいにあるライム雑貨店の看板娘で、カレンとは幼なじみだ。

 カレンとは違って確り者で、留守番で店を切り盛りするときは、ルミのそのかわいらしい笑顔を見る目的でやって来る男性客も少なからず、売れ行きがいいらしい。

 ルミは世話好きな性格もあって、カレンの店の手伝いをすることもよくある。勿論、そんなときだけ売れ行きが良かったりもするのだが……その度にティンは、カレンの人気のなさを思い知らされていた。ルミは元が可愛いのでその笑みこそますますだ。

「う、うん、そうなんだけど……」

「ティンちゃんが居ないから、ためらってたってとこでしょ?」

「……う、うん」

「それじゃ、ボクと一緒に行こうよ」

「うん。ありがと」

 カレンはルミに手を引かれながら洞窟の中へと入っていった。

 洞窟の中は墨を溶かし込んだかの様に真っ暗闇である。灯りがなければ入れない。

 ティンと一緒に来るときは、必ずティンがランプを持っているので、カレンが一人やってきたとしても、灯りを取るものすらないので入れるはずもない。偶然、ルミが洞窟に訪れてくれたことが何よりの幸いだった――いや、実を言えば偶然でも何でもなく、先に帰ったティンがルミに頼んで迎えさせたのである。ルミもそれを何度となく頼まれているので、その事情はよく知っていた。勿論、ティンが本当にカレンをただ一人置いてさっさと家に帰ってしまうことはない。いくらケンカをしていても、彼女はカレンを第一に考えている。ちょっと素直じゃないティンには、自分が迎えに行くなんてことはできないのだ。

「カレンちゃん、もうティンちゃんとケンカしちゃダメだよ? ティンちゃんも、カレンちゃんのこと心配してくれてるんだから」

「う、うん……」

「お店の経営が良くならなくって、いつも失敗ばっかり繰り返してるって、ティンちゃん怒ってたんだから」

「う、うん。……ねぇ、私って、才能ないのかな…?」

「え?」

 気を落とし掛けたカレンの言葉に、ルミは聞き流し程度にそれを返す。壁にぶち当たるたび、彼女が落ち込むのはいつものこと。しかしそれ故に失敗が多発することを、彼女は学んでいないようで……。そろそろそのことを教え込まないと、お店が潰れてしまいかねない。ルミはそう思いつつ、先を急ぎながら口を開いた。

「どうしてそう思うの?」

「だ、だって、失敗ばっかりしてるし……」

「……じゃ、どうしてお店始めたの?」

「え? そ、それはお母さんの病気を治す為だけど……」

「あのね……カレンちゃんは周りの人に甘えてばかりだよ。自分のことを甘やかし過ぎてる」

「え……?」

「どうしてティンちゃんが厳しく言ってるか分かる?」

「失敗ばっかり、してるから?」

「そうだけど、おばさんの病気も治す勉強しなくちゃいけないのに、一つも緊張感がないって、それで言ってるんだよ」

「だ、だって、何だか難しいくて……」

 ルミはカレンの口からだだ漏れた一言に、唯々ため息を吐き出さざるを得なかった。その緊張感のなさは、鈍感なのか、天然なのか。ルミは立ち止まり、繋いだ手を放してカレンを振り返ると、呆れ気味に言い放つ。

「ケンカの理由は何?」

「え? え、えっと、失敗ばかりしてて……」

「あのね、カレンちゃん。もし今日からずっとティンちゃんが居なくなったらどうする? 寂しい? それとも、嬉しい?」

「え? そ、そんな、そんなこと、絶対ないもん……」

「……そっか。まぁ、とりあえずこんな話はやめにして、早く材料取って帰ろう」

 ルミは再びカレンの手を取って、進行方向にランプをかざすと、更に奥へと向かって行った。カレンはルミがその話をやめてくれたことに一安心して歩き始める。

 この先にはネリノ石が良く取れる小さな空間がある。その先も道は続くが、危険が伴う可能性もあるので、行ったことはない。二人は早速、ネリノ石を必要分採取すると、来た道を戻って街へと帰路に就いた。

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