第1話「街の小さな薬屋さん」1—2
カレンは現在、エリステルダムが世界に誇る魔法学園「エリス魔法学園」の中等部三年生である。しかし、はっきり言ってしまうと成績は良くはなかった。そんな彼女には長年抱き続けた想いがあった。それが、魔法を用いた調合で製薬を行う――魔法薬を作り出す「魔法薬店」を営むことだった。
そこでカレンは担任の教師を介し、学園長に申し出たのである。しかし、それが簡単にいくような話ではないのは当然。多々に問題は持ち上がる。それでもカレンは、必死の想いを込めて、度重なる交渉を重ね、ようやく認可を得たのだ。
しかし条件も付き物である。試験的な経営期間は一年。その期間内で店の経営がどれほど成り立っているかが問われる。もし経営に一定の利益を持てなければ、お店は閉店し、そしてカレンは高等部への編入も許されず落第である。その上、試験的運営を行う一年間で学園から借り入れた資金も、返済を求められてしまうことになる。しかし、成功すれば学園認証の店となり、正式に学園のバックアップを受けられ、なんと借入金は帳消しとなる。
――で、成績の悪いそんな彼女が順調にできているわけもなく、むしろ崖っぷちに瀕するところであることは言うまでもなく。息を吹き掛けられてしまったら転げ落ちかねない。彼女が失敗の連続では、そんな状況だった。
大急ぎで支度を整えていると時刻は午後七時半を回り、閉店時間はとうに過ぎ去っていた。とりあえずさっさと店を閉めて、早速材料探しへと出発する。
お目当ての材料は、街の南方に広がる森林地帯、インサルトの森にある。昼間でも薄暗く、その森へ近づく者は少ない。森の中に入ってすぐ近くにある、小さな広場まで行くのが日課になっていた。
早速、サザンストリートを下っていく。
「何だかここ最近、この時間になるといつもこの道歩いてるよね」
「誰のせいよ、誰の! あんたがしっかりしないからでしょっ!?」
「そ、そんなこと言ったって……」
「はいはい、その言葉何度聞いたことか……。あんたね、こんな調子でやってたら、お店潰されちゃうのよ? それでいいわけ?」
「そ、それは嫌だけど……。でも、何だか難しくて……」
「まったく、これだからあんたは! 後先考えないで突っ走るからこうなるのよ! お母さんの病気はどうするわけ!?」
「そ、それは……」
ティンのその一言にカレンは表情に影を落とし、俯いてしまった。歩み足も遅くなり、しまいには肩を落として立ち止まってしまう。
カレンには、魔法薬店を構えてまで果たしたい目的があった。それは、病で倒れ、寝込んでしまっている母を、自分の作り出した薬で治してあげることだった。
現段階では、医者に診てもらうも、その症状が抑制される薬しかない。ティンとしては、とても不安で仕方ない。いつもそれを考えていた。
余談だが、この地方での医者は大概の場合、錬金術師、もしくは魔法製薬をする者――魔法調合師がその役目を担っている。実際、学園の先生でありながら、医師を勤める者も少なくはない。病院は、アトリエや店舗と同様。その違いは、患者を滞在させる施設があるかどうかにある。
「お母さんのこと、見殺しにする気なのっ!?」
「そんなことしない! 私やるもん! お母さんが辛い思いしてるのに、私、こんなことしてなんかいられないよ! 早く材料取りに行くよ!」
ティンの
インサルトの森へ着きさま、うっそうとした暗がりにいささか腰が引けつつ、カレンは木々を
「何度来たら慣れるのよ」
「だ、だって暗いし、怖いよ……」
「まったく、十五になってまだお化けとか怖いわけ? 確りしなさいよ」
「う、うん……」
返答しつつも怖じ気づいて歩み足を少し緩めると、生温い風が肌を掠めていく。それがもう、この森の気味悪さを丸ごと演出している。
ある程度進むと、カレンは立ち止まってはティンのほうを振り返り、にこやかな表情を見せつつ、もう帰ろうと切り出すのだ。さっきの意気込みはどこへやら。勿論のことティンがそんなこと許すわけもなく、カレンは半分泣きしながら先を行く。しかし、ティンが後ろからカレンを押しているのは、自分も薄々森の気味悪さを感じてるからなのはここだけの秘密だ。
道を行けばたどり着く小さな広場では、カーフ草という植物が採取できる。効能は疲労回復や体力回復など。干し物にしたり、それを煎じたり、粉末にしたりと様々な手法で使用すると、色々な物を作り出すことができ、調合においては基本的な材料として知られている。ちなみに食用でもあり、独特の苦みはあるがこの地方では好んで食す者も多く、一般的な食材の一つとしても有名だ。
今作っている毛生え薬にはこのカーフ草ともう一つ、溶けると粘性のある液体が得られる、ネリノ石という石が必要となる。
その石はこの森より北西方へ約一時間半ほど歩いたところにある、クエン山という、小高い山の中腹にある洞窟で採取できる。彼女達はカーフ草を必要量採取すると、これ以上気味の悪い場所に長居は無用だとばかりに、そそくさと森を後にして山へ行こうと足を動かし始めた。これがここ最近彼女達がやっている日課である。何日続くのやら、ティンはため息をつくことしかできなかった。
「カレン、依頼から何日経つの?」
「え? えっと……十日、かな?」
「はあぁ~……」
「な、何? そんな深いため息ついて」
「あんたね、この状況がどうなってるのか分かる? 依頼から十日も経ってたら、依頼人が怒って断られちゃうじゃないのよ! それイコール、お店の信頼ガタ落ちってことよ! それでいいわけ!?」
「…………」
「これでホントに店長なのかしらね。こんな調子じゃお店も潰れるわね」
「ちょ、ちょっとティン!? どうしてそんなこと言うの!?」
「なに? あんたにそんなことは言えないわよ。それに落第も決定ね。それで他のみんなからバカにされるんだわ」
ティンは大きな声で言い聞かせ、嫌みを効かせた視線を向けて、カレンの頭上から見下ろしていた。
カレンはそんな彼女をにらみつけ、歯を食いしばって悔しそうな表情を向ける。そんな様子を見るなり、ティンは狙い通り彼女の反抗心に火を点けることができたので上機嫌になって、尚更に言葉を弄して口を開く。
「あら、そんな顔しても何もならないわよ。私のこと見ていたって仕事にはならないわ」
「ティンっ!?」
「何? 何かご意見でも?」
「うぅぅ……ティンなんてっ、ティンなんて大っ嫌い! ティンのバカっ!」
ティンに怒鳴りつけるなり、カレンは一目散に駆け出していった。
「なっ!? バカはどっちよ! こらっ、待ちなさい!」
ティンは怒声を上げるも、後を追うつもりはなかった。この先は、二人が向かっていた山の洞窟がある。追わなくても着けば捕まえられる。カレンのその単純な行動に頭痛がするようで追う気にもなれなかった。
カレンのバカっ! と嘆息するなり、ティンは洞窟への道を家のほうへと戻っていった。洞窟で頭を冷やしたら家に帰ってくるだろう。何度と言わず、いつものことだ。
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