マジカルファーマシー 〜魔術師カレンの物語〜

神崎 諳

第1話「街の小さな薬屋さん」

第1話「街の小さな薬屋さん」1—1

 大きくそびえ立つ外壁に囲まれたエリステルダムは、人々の交流が盛んな街である。

 その中心に位置するはこの街のシンボル、エリス時計塔が建てられている。そこにはたくさんの人が集まる、とても広い時計塔中央公園があった。

 そして、この公園より東西南北にはメインストリートが伸びている。

 北に伸びるノーザンストリートを有する北区は、教育機関や公会堂、役所などがある。南に伸びるサザンストリートは繁華街が広がり、雑貨店、レストラン、食料販売店や書店など様々な店が南区の軒先を彩っている。西方に伸びるウェスタンストリートの西区は主に住宅街で、東方に伸びるイースタンストリートの東区は、大公園や野外会場など様々な施設がある。

 年を通して穏やかに季節が巡り、過ごしやすいのどかな街――それがエリステルダムだ。


 そんな街の南区には、最近できたばかりのとあるお店があった。

 一見、普通の家に見えるその店には、アーチドアの入り口上に「マジカルファーマシー」と書かれた小さな看板が掲げられている。

 そこは「薬屋さん」である。しかし、ではない。魔法を用いた調合を行い、あらゆる薬品を作り出す、魔法の製薬店なのだ。

 そして今日も、夜のとばりが空を覆い込む頃合い、閉店準備を始める他店をよそに、その店からは怪しげな煙が、奥の部屋にある窓からもくもくと立ち上がっていた。

「あーん、もう! また失敗しちゃったよ……」

 元あった民家を改装してしつらえられた店内は、棚やテーブルの位置も整理されていて、シンプルに仕上がっている。「薬屋さん」という風貌ではなく、むしろ小物屋のそれを思わせる。

 そしてカウンターを経て、壁一枚越えた店の奥には、製薬する為の調合部屋がある。そこでは今日も怪しげな爆音と煙を目の当たりにして、悲鳴を上げる女の子がいた。

「あぁ、どうしよう。また薬の材料取ってこないといけなくなっちゃったよ……」

 目の前を舞う煙を見るなり嘆きを上げるのは、ここマジカルファーマシーの店長、カレン・セイリー。よわい十五歳という若さでここの店長をやっているのだが、確り勤まっているのか……。

 そんなご心配なく、彼女には心強いパートナーが居る。

「全くもう! これで十回目じゃない!」

 殺伐と大声張り上げてカレンを叱りとばし、宙にふわふわと浮く、小人の様な彼女は、ティンという名の精霊である。カレンとは生まれてからの付き合いで、そんな彼女をお姉さんのように見守っている存在だ。

 そんなティンの役目は言うまでもなくカレンのサポートなのだが、ここ最近、失敗を繰り返してばかりの店長に、少々呆れ気味のようである。

「何度失敗したら気が済むのよ! だから毛生え薬とかいう依頼しかこないのよ!」

「そ、そんなこと言ったって……うわぁぁぁぁん!」

 今まで何度怒鳴られた台詞だろうか。カレンはティンのそんな言葉にいつも泣かされていた。勿論、カレンを責めている訳ではない。店の経営と彼女をサポートしようという、ティンの思いやりである。それがカレンに愛のムチとして向けられているのだ。

「ほらほら! 泣いてる暇があったら材料を取りに行く!」

 ティンに急かされ、慌てて出かける準備をまとめ上げた。ここ何日かずっと見られる光景だった――いや、ここ何日ではなく、始まった当初からと言うべきか。

 実は「落ちこぼれ」のカレンが、マジカルファーマシーを開店させたことには、とある理由があった。

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