第3話「ぱそこんと あらたなおうち」

「ぜんしょうせん」

その39「きたく」





「重かったあ。疲れたあ。腰が痛いぃ」


 吉田さんに車で家の前まで送ってもらい、私は無事、我が家へとたどり着いた。

 家までのケース運搬と言う難題を、吉田さんの協力のお陰で無事に達成できた私ではありましたが。


 この『大荷物』、玄関まで運ぶのも相当キツい物だったのです。ハイ。


 吉田さんの車から箱を降ろし、アパートの二階にある私の部屋の前まで運んだだけでもこの疲労感。

 配達業者の人たちは、毎日重い荷物を運びながら、こんな風に階段を昇り降りしたりしているんだよね。とんでもないわ。


 腰が痛い。痛すぎる。これはマジでヤバい。

 もし、この箱を運びながら徒歩で帰宅なんてしていたら。今頃私は、深夜の町中を徘徊する、生ける屍と化していたかもしれない。

 この歳で、まさかのギックリ初体験なんて事になったら、シャレにならないよね。


 とりあえず、少しだけ休憩しようと、現在私は部屋のベッドに腰掛けていた。

 メモリはと言うと、私の右肩の上に腰掛けている。

 肩から感じられる微かな温かみ、そして柔らかな彼女のお尻の感触が、どこか心地いい。


 なんか、ここだけ聞くと、私が凄い変態さんの様に聞こえるな。


 件の箱は、部屋の床の上にドンッと鎮座している。

 その威圧的な姿を眺めるだけで、何だか緊張感が増してくる様な気がするのだから、恐ろしいと言えば恐ろしい。


――これから私、これにパソコンの中身を移し替えなきゃいけないんだよなあ……。


 今更ながら、非常に億劫である。

 と言うか、本当にそんな事ができるのか、不安である。


「おおやさん、お疲れ様なのです」

「ありがと、メモリ」


 耳元で労ってくれるメモリさんの、プリティーボイスの癒しパワーは凄まじい。

 それこそ、疲労もどこかへ吹き飛ぶ勢いだ。


「メモリの方こそ、付き合わせちゃってごめんね。疲れたでしょう」

「いえいえ。大丈夫なのです!」


 顔を横に向け、メモリの表情をうかがいつつ、左手でメモリの頭を撫でてあげる。


「ふみゅっ」


 唐突に触れられたからなのか、一瞬びくっと反応するメモリの小さな身体。

 しかし彼女は嫌がる素振りを見せず、むしろ和んだ表情で、そのまま私に撫でられ続けていた。


「はにゃー。新しいおうちまで選ばせてもらえて、とても嬉しかったのですよ!」


 目をキラキラさせちゃって、まあ。

 こいつは大家さん冥利に尽きるってもんだぜい。


「よし。それじゃあ早速だけど」

「はい!」


 こんな顔を見せられちゃあ、やる気を出さずにはいられないってものですよ。

 腰をさすりつつ、私はベッドから立ち上がる。

 メモリもそれに合わせて、私の肩の上から飛び立った。

 私は一度、床に置かれた巨大なパソコンケースの箱を一瞥すると――


「色々あって汗かいたから、先にお風呂入ろう」


 気持ちも新たに、入浴の決意をするのであった。


 これからパソコンの解体・組み立てかと思った?



 \ 残念、お風呂タイムでした! /



 パソコンショップでの緊張の連続。そして最後にケースを玄関まで運ぶと言う大仕事を終えた私。

 自分でも不快感を覚えるほどに、身体が汗びっしょりで気持ち悪い。

 冬だと言うのに、真夏ばりの発汗量だと言わざるを得ないわ、こりゃ。

 全てはあの、パソコンショップと言う名の人外魔境が悪いのです。ガッデム。


「お風呂ですか! いいですねぇ!」

「お、おおう。元気だね、メモリさん」

「お風呂と聞いちゃ、舞い上がらずにはいられませんよ~!」


 このテンションの上がり様である。

 流石、お風呂に魅入られ、お風呂に取り憑かれた妖精さん。

 その精神を称え、お風呂狂い、略して「フグルイ」の称号を与えてあげたい。


 とにもかくにも、まずはお風呂なのである。

 一応私も女の子として、汗まみれの身体で過ごすなんて事はあってはならねえのである。

 工作中なんかは、割とその辺りが疎かになりがちなのは、秘密なのである。


 いや。ちゃんと毎日お風呂入ってるからね? 大丈夫だよ。うん。


 これから私が挑もうとしているのは、先の予想もつかない未知の挑戦。

 だからこそ、入浴で心をリラックスさせ、色々と覚悟を決めねばならぬのだ。


「そうだ。どうせならメモリもこっちのお風呂に入る?」

「わたしも、ですか?」


 いそいそと自分の『お風呂』にお湯を注ごうと、例の木箱もとい、お風呂場に向かおうとしていたメモリ。

 私がそんな風に声をかけた事で、彼女は不思議そうな表情でこちらへ振り返った。


「せっかくだしさ。もし良ければだけど」

「ご一緒しても、よろしいのですか?」

「おうともさ」


 裸の付き合い。コレ大事。


 決して、ちっさなメモリさんの艶姿を眺めたいとか、そんな邪な気持ちは一切ございません記憶にございません。やっていない。それでも私はやっていない。


「で、では、せっかくなのでお言葉に甘えて」


 やったぜ。


「それじゃあ、お風呂にお湯溜めるから、準備できたら入ろうね」


 合法的に妖精少女とハダカのお付き合いができるってんだ!

 こいつはもう、テンションだだ上がりですわよ!

 勿論、表にそんな煩悩を出す様なヘマはしませんともさ。うへへへ。

 少しくらい、口元がニヤけていたかもしれないけれど、そこは愛嬌ってものだ。


――そして、数分後。

 湯船にお湯が溜まった事を確認し、私はいそいそと服を脱ぐ。


「お、おおやさん?」


 ウチの風呂場には脱衣所が無い。例え、居間、メモリの目の前だろうと、気にしないで脱ぐしかないのだ。


「おおう……。おおやさんのカラダ、『せくしーだいなまいつ』なのです……」


 メモリが何かをボソリと呟いていた気がする。

 いきなり目の前で私が脱ぎ始めた物だから、驚いたのだろうか。


「ごめんね。ウチ、脱衣所がないからさ。ここで脱ぐしかないんだ」


 狭いアパートだものね。仕方ないのさ。

 それに女の子同士、恥ずかしがる事もないっしょ。うん。


「ああ、いえ。大丈夫なのですよ。エヘヘ」


 私の方を見つめるメモリの顔が、少しだけ朱色に染まっていた。

 なんだろう。やっぱり女の子同士でも、少し恥ずかしいのかな?


 そんな顔されちゃあ、私も何だか恥ずかしく――


 って、そんなキャラじゃないわー、私。

 我ながら、キモチワルッ。

 

「服脱いだらこっちおいでー。私、先に入ってるから」

「はーい、なのです」


 恥ずかしがることもなく、そそくさと全裸になった私は、メモリにそう声がけをすると、一人、風呂場へと前進する。


 ……んー。なんだか少しだけ、太った気がするな。

 気のせいか、脇腹のおにくが前よりもつまめる様な、そんな気が。

 まあ、最近ゲーム三昧だったし、仕方ないか。


 電車通学をしばらく禁止して、大学まで徒歩で通えば、その内痩せるべ。うん。


 そうして私は、めくるめくパラダイスに向けての一歩を踏み出したのでしたとさ。




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