その40「ふろにけーしょん」
「ふぃい。腰に染みるぅ」
身体を洗った後、湯船に浸かる私。
ちょうどいい湯の温度が、優しく私の腰に染み渡っていく。
やっぱり、日本人ならお風呂だね。
昔、「お茶漬けやろが!」とか言っていた人がいた気がするけれどさ。
私はもう、断然お風呂派だね。
特に冬のこの時期、こう言った温かさは本当にありがたい。
我ながらおっさん臭いなあと、しみじみ感じるけれど。
気持ちいい物は気持ちいいのだ。声だって出る時は出てしまうのだ。
それが人間。これぞ人間。どこもおかしくはない。
「おおやさんー。準備ができたのです」
扉の向こうから、メモリの無邪気な声が聞こえてくる。
「ドア、少し開いてるから、そのまま入っといでー」
メモリがすぐに入って来られるように、少しだけドアを開けておいたのだ。
ふっ。ぬかりはないのぜ。
「お邪魔しますなのです」
風呂場のドアがゆっくりと開いた。
奥からメモリが、そろーりフワフワと羽根をはためかせ、飛んでくる。
小さな身体を、可愛らしいピンク色のタオルで隠している。
ふむ。ピンク色の髪と、タオル。
同系色ながら、実にイイ組み合わせではないか。
「ふ、ふぉおおおお……!」
目の前に広がる光景を眺めたメモリが、
「す、すっごいのです! 何なのですか、この超巨大なお風呂は!」
彼女の予想を遥かに超えるであろうお風呂。
どうやらそのスケールの大きさに、興奮を隠しきれないらしい。
メモリの表情は、感激の色に満ち溢れていた。
背中の羽根のパタパタ具合からも、歓喜具合がうかがえます。
「コレ全部、お風呂なのですか!」
「ふっふっふ。凄いでしょう」
「凄い! 凄いですよ、おおやさん!」
人間サイズのお風呂に興奮するメモリさんのお姿。
それは、私の心を大いに満足させる程に、素晴らしい物でした。
ああ、神よ。この出会いに感謝しまむら。
「湖なのです! お風呂の湖なのですよ、これは!」
メモリらしい表現に、思わず心の奥底でほっこり微笑まずにはいられません。
人間の私からすれば、ごく平凡なアパートのユニットバス。
でも、メモリからすれば、それこそ湖の様な広さに見えているのだろう。
「ほら。いつまでもそこで飛んでると、身体冷えちゃうよ」
いくらバスルームと言えど、湯船の外は結構寒いんだよね。
冬場はこれだからいかんのです。
「そうですね! 急いで身体を洗うのです!」
「あ。それならこっちおいで。洗面器の中で洗ったげるから」
メモリの大きさで人間サイズのお風呂だと、身体を洗うのにも一苦労だろう。
仮に洗い終わった後。私がシャワーなんかで流してあげたとしよう。
なんかそのまま、お湯の勢いで排水溝まで一緒に流れていっちゃいそうだし。
想像するだけでも恐ろしい。
そう考えると、選択肢は洗面器の中一択になってしまう。
「そ、そんな。おおやさんのお手をわずらわせるわけには」
「いいのいいの。ほら、早く」
「は、はい」
メモリは私に言われるがままに、ふわふわと洗面器の中に降り立つ。
出会って一日の私達ですが、なんか一気に馴染んでしまったなあ。
この距離感の無さは、メモリのほがらかさあっての物だろうね。
「洗面器のお湯が気持ちいいのです〜」
洗面器の底に少しだけ入り込んだお湯。
その温かさに触れ、気持ち良さそうにメモリが呟く。
「ふむ。どうやって洗おうかな」
「あ。でしたら、このタオルを使って下さい」
「あら、ご丁寧にどうも」
まあ、そうなるな。
でもメモリさん。それだと前を隠す物が無くなってしまいますが、良いのですか。
「温かいのです〜……」
どうもあんまり気にしてないっぽい。
メモリが良いなら別に良いか。
「それじゃあ、洗うねー」
「ふぁーい。お願いしますなのですぅ」
とりあえず、このちっさいタオルにボディーソープを少しだけ付けてっと。
ワシャワシャとメモリの背中を洗ってみる。
「洗ってもらうのなんて、ちいさい頃以来なのです」
「ふふっ」
「ん? おおやさん、何がおかしいのです?」
「いやいや、別に。なんでもないよ」
私からすれば、今でも十分小さなメモリ。
そんな彼女が幼少の頃の思い出を語るギャップが、少しだけ面白かったのだ。
ん? なんか私が危ない事を考えているんじゃあないかって?
馬鹿言っちゃいけねえや。
私、別にエロスな気持ちがあって、メモリとお風呂に入ろうとした訳じゃあねえんです。
小さなメモリの愛らしい姿を眺める事。それこそが私の求める物。
お風呂に興奮するメモリの愛くるしさを眺めただけで、私の欲求は十分に満たされたのです。
ほ、ホントだよ?
と言うか、そもそもさ。
全年齢対象小説に、一体何を期待しているんだね、キミ達は。
「どう? 痛くない?」
「大丈夫なのです。少しくすぐったいですが、気持ちいいのです」
これ位の力加減で大丈夫か。
よし、どんどん洗っちゃうよー。
それにしてもメモリの身体、ほんとにちっこいなあ。
気を付けないと、簡単に折れちゃいそうな気がして、ちょっと怖い。
肌、すっごいスベスベ。羨ましいぜ。
羽根は……触らない方が良いかな。身体よりも更に折れやすそうで、危なそう。
うー。結構神経使いますぜ、こいつは。
それこそ、普段工作してる時の繊細な作業を彷彿とさせる。
「あ。前は自分で洗えるのですよ」
「そう?」
「さ、さすがに恥ずかしいのです」
そりゃそうか。
描写が色々と厳しい事になりそうだし、そう言って貰えるとありがたい。
「洗い終わったのです!」
「よーし。それじゃあ流すよー」
私は湯船から両手でお湯をすくい、少しずつメモリの身体に流しかけてあげる。
みるみる内にメモリの身体を覆う泡が流れ落ちていき、再び可愛らしい小さな背中が露わになる。
「では。メモリ、お風呂いただきますです!」
「よしっ。バッチコイ! メモリ隊員、入浴任務を遂行せよ!」
「らじゃー、なのです!」
私の謎のフリに、しっかりと敬礼で応えてくれるメモリさん。
案外この子もノリが良いよね。
こちら、お風呂方面。受け入れ態勢は万全です。
さあ、いつでもいらっしゃい!
「とぉぉ↑おう↓!」
メモリが飛び込んだ!
文字通り、水泳の飛び込み競技の如く!
不◯子ちゃんに飛びかかる、ル◯ンの如く!
と言うか、何なの。その気の抜ける様な、妙な感じの掛け声は。
そして、軽い水しぶきを伴い、小さな身体が湯船に吸い込まれる。
そのまましばらく、お湯の中に潜り込んだメモリ。
――……
ん?
なんだか、やけに潜っている時間が長いような。
あれ? メモリさん?
もしかして、溺れたんじゃないよね?
「メモリ? メモリ隊員?」
少し心配になり、声をかける私。
すると、お湯の中からメモリの身体がプカリと浮かび上がって来る。
しかし、その体は全く動かない。
身体はうつ伏せ状態になっており、顔も伺えない。
これじゃあまるで、土左衛門……。
って、シャレになってないわ!
「ちょ。メモリ! 大丈夫なの?」
つづく
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