その34「ひみつのれきし」
「私達は何世紀も前に、大陸の西の方から日本へと移住して来たエルフの一族なの」
吉田さんが静かな声で語り出す。
念の為、周りに聞こえない様に意識しているのだろう。
「そして、私はそのエルフの十何代目かの子孫と言うワケ」
エルフ一族の子孫。
つまりは吉田さんも、正真正銘、本物のエルフって事だよね。
「そもそも私、エルフって空想上の存在だとばかり思っていました。メモリから、エルフの人がいると聞いてはいたんですけど」
「現代文化に染まりきった私も、人間側の立場から見れば、きっと同じ風に思っていたわね」
日本へ移住してきたエルフ。
そもそも『エルフが実在する』と言う事を前提とした、何とも荒唐無稽な話だ。
吉田さんの存在がここにある以上、紛れも無い真実なのだろう。
数日前の私が、そんな話を他人からされていたとしたら。
きっと、その人の精神を疑っていたに違いない。
だけど私は、メモリと、そして吉田さんと出会ってしまった。
だからこそ今は、簡単に受け入れられる。
今の私は、ファンタジー要素をすんなり受け入れてしまう、スポンジ状態です。
メモリと言う妖精少女との出会いに始まり、エルフ少女吉田さんとの邂逅。
この二日間で私の周囲、一気にファンタジーになりすぎじゃない?
「移住の理由は、いわゆる異端狩りの様な物が大昔に行われて、それから逃れる内、日本へと辿り着いたと言い伝えられているの」
異端狩り。
大昔、ヨーロッパで行われていたと言う、『魔女狩り』みたいな物だろうか。
「それはそれは酷い迫害を受けたと言う話でね。大勢の同胞が理不尽な理由で虐げられ、次々と――」
これ、もしかして聞いたらマズイ話だったのでは。
私の肩に乗ったメモリも、何だか悲しそうな顔をしているし。
思った以上にシビアな現実が、吉田さんの口から語られていく。
私は戸惑いを覚えていた。
そんなファンタジー小説の様な出来事が、この現実世界の中で起こっていたとは。
吉田さんも、こうして私と普通に話してくれてはいるけれどさ。
実は人間嫌いだったりとかするのだろうか。
と言うかさ。ちょっと待ってよ。
何なの、この『我が家のパソコンさん』らしからぬ、シリアスな展開は。
パロディネタはどこどこ?
「――でも、昔の事だからね。今を生きる私達には、関係の無い事よ」
「え。そ、それで良いんですか」
「今や里でも気にしている人は殆どいないし。いつまでも過去を引きずるよりも、先の事を考えた方がよっぽど建設的って言うのが、一族全体の考え」
吉田さんはあっけらかんとそう述べた。
「日本と言う国に、エルフが存在する理由だと思っておいてくれれば、それで良いから。あんまり気にしないで」
「わ、わかりました」
「ごめんなさい。変な空気にしてしまって」
「い、いえ。大丈夫です」
良いのかなあ、それで。
一般家庭生まれの、一般人代表な私。
そんな私には、到底想像もつかない様な、長く深い禍根の話だと思うのだけれど。
吉田さんが気にするなって言っている事だし、私はその言葉に甘える事にした。
「今は一族揃って秋田県北東部の『
「は、はあ。秋田県、十和田湖ですか」
意外と近場だね、エルフの里!
因みに『十和田湖』とは、私達の県と、お隣の秋田県にまたがる湖の名称である。
吉田さんはその秋田側に存在するらしい『里』で暮らしていたのか。
私も何度か十和田湖には足を運んだ事がある。
確かにあの辺りは殆ど山の中って感じだし、人も寄り付かない、寄り付けない場所も多い。隠れ住むにはうってつけなのかもしれない。
「あ、因みに日本の政府はこの事実を知っているわよ」
「マジですか」
「私にもちゃんと日本の国籍はあるし、こうして普通に大学なんかにも通えるし」
「じゃあ、もしかして『吉田』さんって名前も――」
「それは本当にペンネーム。本名は全く違うし、日本名は別に持っているわよ」
吉田直子さんって名前、ある意味ギャップが凄くて良いと思うんだけど。
本名はやっぱり、西洋っぽい、エレガントで優雅な響きだったりするのかなあ。
「私達の一族は、古くから日本に対して魔術的な技術提供をしていたらしくてね。その時の縁から、色々と良くして貰っているらしいわ」
ん?
今、魔術って言ったよね?
エルフって、やっぱりそう言う物を扱えるんだ!
すっごーい!
吉田さんも、使えたりするのかな?
私、すっごく気になります。
「貴女、私も魔術が使えるのかって考えているでしょう」
「へ? え、えっと。な、何の事ですか?」
マジか。
何も言っていないのに、考えている事を言い当てられたんですけど?
もしかして、これが吉田さんの魔術なのか!?
「そんな顔してる」
私が不思議そうに驚いていると、吉田さんが苦笑いを浮かべながらそう答えた。
ああ、そう言う事でしたか。
内心のときめきが、めっちゃ顔に出てましたか。
「残念ながら、今の代のエルフは殆ど魔術を扱えないの」
「そうなんですね。少し、残念」
「残念?」
「本物の魔術って物を、見てみたかったです」
「言うほど大した物じゃあないわよ?」
そりゃあ、存在自体がファンタジーな吉田さんにはそうなのかもしれませんが。
「私なんて、魔術はからっきしで、PCを用いた情報処理技術の方が得意な位だし」
それはまあ、何と言うか。
「ファンタジー感ぶち壊しですね」
「ふふっ。そうかもしれないわね」
私の率直な感想に対し、吉田さんは愉快そうに微笑みを浮かべた。
「メモリ達の妖精族と私達エルフ族は、大陸にいた頃からの付き合いと言われていてね。彼女達の一族も私達と共に日本へ逃れてきた歴史を持つの」
「妖精達も、元は海外に住んでいたんですか」
「そうなのです」
それまで黙って話を聞いていたメモリが、私の前におどり出る。
「わたしは『にほん』の里の生まれなので、『がいこく』の事はよくわからないのですが、里のおばあちゃんなんかはその頃から生きているのですよ」
「その頃からって、本当に?」
確かエルフと妖精が移り住んできたのって、何世紀も前って言っていたよね?
という事は、妖精はかなり長生きと言う事になるんだけれど。
「メモリってもしかして、実は結構なお歳だったりするの?」
「それは『おとめのひみつ』なのです」
とてつもなくイイ笑顔で即答するメモリさん。
笑顔の奥からは、何かの圧力がヒシヒシと伝わって来る様な気がした。
気のせいか、「それ以上聞くな」って感じの圧力が。
うん。かわいいけれど、私はそんな笑顔でごまかされハァアアアア///(恍惚)
「シーピュ――さんは?」
吉田さんの後ろに隠れているシーピュにも聞いてみる。
「……教えない」
「Oh」
やっぱりシーピュちゃんの反応が、酷く冷たいですママン。
反応してくれるだけ、まだマシなのかもですが。
「妖精は日本中の至る所に散らばっていて、今や色んな場所に妖精の住処が存在しているのよ」
「日本中に、妖精の住処が」
すっごいな。ファンタジー大国じゃん、日本。
妖精は、一つの場所に留まるエルフとは違って、割りと活発な種族って事なんだろうな。
「メモリ達の様に自立したがる妖精も最近は多くてね。人の住処を間借りして暮らす子達も増えてきているの」
「なるほどお」
その辺りは、人間の若者と似たような物なんだね。
って、私もその若者の一人なんですが。
「メモリ。貴方って、結構自立心に溢れているんだね」
「ふふーん。そうなのですよ? ほめてください、おおやさん!」
えっへんと胸を張るメモリさん。
それはもう、見事なドヤ顔でした。
何やっても可愛いんだから反則だよなあ、妖精って。
「よしよし。いいこいいこ」
とりあえず、メモリが乗った肩とは反対の方の手で、頭をなでてあげる。
「えへにゃ~」
しばらくすると、メモリの顔がとろけた様にほころんでいく。
口から漏れ出した言葉が、これまたあざといですにゃ~。
「ふふっ。貴女達、いいコンビになりそうね」
そんな私達のやり取りを、下から眺めていた吉田さん。
彼女は口元に片手を当てつつ、可愛らしく笑っていました。
ぐっはぁ。
今更ですが、私の周りに天使しかいないんですけど。ここは天国ですか?
こんなに幸せすぎるなんてさ。
私、もしかしてこれから死んじゃうのかな?
ヤバくね?
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