その33「ぎもん」





「つまり貴女のPCが、メモリの『おうち』になっていると言う事なのね」


 お互い色々な事が判明した私達は、改めて話をしていた。

 吉田さんは流石にパーカーのフードをかぶり直してはいた。

 けれど今までとは違い、顔を覆う程に深くはかぶっていない。

 お陰で彼女から発せられていた謎の威圧感は、かなり薄れている。


「そうなんです。いつの間にかこの子が住み着いていたみたいで」


 バッグの中から抜け出したメモリは、私の左肩にちょこんと座り込んでいた。

 一応周りを気にしてみるが、今のところ周囲には他に人はいないっぽい。


 対して吉田さんが伴うシーピュはと言うと。

 私の存在を恐れるかの様に、吉田さんの背後から顔を覗かせている。

 彼女は私に対して、先程と変わらない警戒の視線を向けていた。


「最初はケースだけが壊れるなんて、一体どんな状況かと思ったけれど、やっぱりそう言う事か」


 メモリの顔を伺いながら、吉田さんは何かに納得した様に頷く。

 吉田さんから視線を向けられたメモリ。

 彼女は何故か、気まずそうな表情を浮かべていた。


「大方、お風呂好きなこの子が、ケースにお湯をこぼしたとか、そう言った理由なのでしょう」


 うん。正しくその通りです。

 ああ、それでさっき吉田さんは「なるほどね」と言っていたのか。


「うっ。さ、さすがマスターさん。カンがするどいのですよ」


 吉田さんから顔を背けるメモリ。その顔には冷や汗が浮かんでいた。


「貴女、またケース内にだけパウダーを撒いていたの?」


 呆れ混じりの顔でメモリの小さな顔を眺めつつ、吉田さんは詰問する。

 厳しい口調ではあった。

 けど、頭ごなしに怒る様な事はしない所が、彼女なりの優しさなのかもしれない。


「PCは電子機器なのだから、全体にムラ無く散布しなさいと教えたのに」

「うう。ごめんなさいです」


 ただでさえ小さなメモリの身体が、ますます萎縮する。

 話ぶりからすると、どうやらメモリは以前にも何度か同じ失敗をしているらしい。


 そもそも、パソコンの中を住処にしないと言う選択肢は無いのだろうか。

 色々突っ込みたい気持ちはあったが、私はその言葉を喉元に留まらせておいた。


「でも、優しいヒトに巡り会えたみたいだし、良かったわね」

「はいなのです。おおやさんのおかげで、今年も安心して冬が越せそうなのですよ」


 何かを諦めた様な微笑みを浮かべる吉田さん。

 そして、屈託の無い笑顔で嬉しそうに吉田さんと向き合うメモリ。


「……ボクには危ない人間にしか見えないけれどね」


 吉田さんの後ろから顔を覗かせていたシーピュ。

 彼女はボソリとそんな一言を呟くのであった。


 ショックです。

 何故そんな事を仰るのですか、シーピュさん。

 もしかして私、メチャクチャあの子に嫌われてる?


 おっかしいなあ。

 私、あの子に警戒される程に、変な事したっけなあ。

 

 出会ってまだ一時間も経っていないのにさあ。

 あそこまで危険視されると、流石の私も少しヘコみます。


 ショボーンとした顔をシーピュに対して向ける私。

 小さなその瞳と、私の瞳が交差したと同時。

 シーピュは一瞬で吉田さんの後ろに隠れてしまう。


 オウ、ジーザス。


 ま、まあ仕方ない。

 メモリの友達と言う事は、これからも接点はあるだろう。

 徐々に誤解を解いていくとしよう。うん。


 吉田さんとメモリは、そんな私とシーピュのぎこちなさなど気にもせず、微笑ましく笑いあっている。


「あのぉ。私、少し気になったんですけれど」


 私はそろりと手を上げつつ、吉田さんに語りかける。

 目の前で繰り広げられる微笑ま空間に割って入るのが、申し訳なかったけれど。

 そろそろ私の疑問も解消しておきたい。


「あら、何かしら」


 吉田さんがこちらへと顔を向けた。

 身長差がある為、吉田さんが私を見上げる形になるのだが――


 フードで完全に顔が遮られていた時とは違う。

 今や彼女の可憐な視線を遮断する物は私達の間に存在しない。


 こうして彼女とハッキリ顔を見合わせる事で解る事があった。

 吉田さんって、髪色だけじゃなく、瞳の色も髪の色に近い緑色なんだ。


 明るめの若草色に近い髪色よりも、深みを持った緑色の瞳。

 それだけで森の息吹を感じられる程の、神秘的な輝きを秘めている。


 エルフは古の時代から森の民と言われているけれどさ。

 確かにそんな雰囲気を、彼女はまとっている気がする。


 私は、その瞳の麗しさに、すっかり虜になってしまっていた。


 改めて、吉田さんって本当に小さいんだなあ。

 本当に大学生なのだろうか。余りにも小さくて、まるで幼女に見上げられている様な錯覚を起こしてしまうと言うか。


 こう、色々と辛抱たまりません。ハイ。


 ヤバイ。なにこれ。

 ぐうの音も出ない程にかわいいんですけど。


 幼女。

 外国人風な、エルフ幼女。

 ファンタジー幼女。


 とても、ファつくしいっ!!!!(ファンタジーで美しいの略)


「……ちょっと、どうしたの?」

「はひ?」

「ヨダレ垂れてるけれど、大丈夫?」


 え、ちょっ。

 なんか気が付くと、いつの間にか吉田さんが手を伸ばして、私のおでこに触っているんですけど!


 それによだれって! 人前で何たる醜態を晒しているんだ、私!


「ひゃっ!? ちょ、ちょちょちょ! 吉田さん、何を!?」


 彼女の小さな手のひらの柔らかな感触が、直に肌を通じて伝わってくる。

 そのままだと届かないからだろうか。

 若干背伸びしているのが、また萌える。


 かなり、キテます。

 私の脳髄に、色々とキテいます。


 って、そんな場合じゃない!

 ただでさえ幼女感満載の吉田さんと対面していて、色々とヤバイ状態なのに!

 これ以上触れられていたら、私は一体どうなってしまうのか!


「熱は無いみたいだけれど、息荒いし、顔も赤いし。もしかして、具合悪い?」

「だ、だだだ大丈夫れしゅ。ごめんなしゃい」


 そして何だか知らぬ間に、私の顔はとても凄い事になっていたらしい。

 吉田さんが心配そうな顔を私に向けていた。

 私はそんな彼女に対し、必死に大丈夫だと述べる。

 そして慌ててバッグからポケットティッシュを取り出し、口元を拭いておいた。


 私の挙動不審な行動を眺める吉田さん。

 彼女は不思議そうに、頭上に疑問符を浮かべていた。


「そう。なら良いのだけれど」


 すっと、吉田さんが私の額から手を離す。

 手のひらの温もりが離れていくのに若干の寂しさを覚える。

 だが私は、同時に安堵も覚えていた。


 やっばい。すっごい緊張しました。

 まさか、いきなり触れられるなんて。


 一瞬、自分を見失っていた。最初は、吉田さんの耳と緑色ばかりに目が行っていたからか、なんともなかったんだけれど。


 だけど改めて意識すると、やっぱり凄い破壊力だぜ吉田さん。


 小さな身体。エルフ。緑髪。

 ただでさえ属性過多な彼女に、そうやって見上げられるだけでこの破壊力よ!


 あのままだと私、きっと公衆の面前で色々と危ない事になっていたかもしれない。


 うん。と言うか既に、十分危ない人だね。ヤバいね。


 そんな変な私に何の疑問も持たず、優しく気遣ってくれる吉田さん。

 マジ天使。


 恐ろしい。恐ろしい逸材だわ、吉田さん。


「あー、その。結局の所、吉田さんって何者なんですか。エルフって事は解りましたけれど」


 とりあえず私は意識を平常に持ち直し、先程聞こうと思っていた事を口にした。


「そうね。――メモリの関係者の貴女には、知っておいて貰った方が良いのかしら」


 一瞬何かを思考し、そう述べた吉田さんは、コホンと咳払いをする。

 気のせいかもしれないが、何故か変な緊張が場を支配していく。

 私がゴクリと息を呑む音が、元々静かな店内に響き渡った。



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