その35「くろふく」
「そんな風に私達エルフと妖精は、新天地でそれなりに上手く暮らせているわけ」
「はい、ありがとうございます。とても勉強になりました」
吉田さんから色々な事を教えてもらえた事は有難かったけれど。
話の流れとは言え、思わぬ内容の話を聞いてしまった。
なんとなく気まずさと言うか、そんな何かが私の中で渦巻いている。
「ごめんなさい。なんだか、興味本位で聞いちゃって」
「別に良いのよ。そんなに隠す程の事でもないし」
そう述べる吉田さんの顔は、確かに深刻さを感じさせない物ではある。
だけど思い返してみれば、先程彼女は『あんな事』を述べていたではないか。
「でも吉田さん、さっき『私の秘密を知ってしまった』みたいな事を言っていたし」
あの時の雰囲気の豹変ぶり。本気で怖かったです。
メン・イン・◯ラックの様に、怪しい機械でピカッとされて、記憶を消し去られでもするのかと思いました。
「あれは、その場のノリと言うか、何と言うか」
ノリって。
ブ◯リーみたいな威圧感を発しておきながら、そりゃ無いですわ吉田さん。
絶対、何割かは本気だったよね? ね?
「私の方こそ、なんだか重い話題になってしまって。ごめんなさい」
「そんな。吉田さんが謝る事なんてないですよ」
「これが創作者の
「反省反省」と、伏し目がちに呟く吉田さん。
そう言えばさっき吉田さん、小説書いてるとか言っていたっけ。
現役大学生で、本まで出している小説家かあ。
それって、結構すごい事だよね。
機会があれば、どんな作品を書いているのか教えて貰おうかしら。
「それはそうと、吉田さん。そのフード姿って、かなり不便じゃあないですか」
「唐突に話題を変えるわね、貴女」
微妙な空気を少しでもほぐそうと、少し話題の転換を試みたのです。
決して私は、空気が読めないワケじゃあないのです。
それにさ。パーカーのサイズも吉田さんに合っていないのが気になると言うか。
どう見ても男性物なそれに、不便さを感じずにはいられないわけで。
「そうね。今ではもう、すっかり慣れてしまったけれど」
吉田さんは「ふう」とため息をつく。
彼女はフードの奥に少しだけ見える己の緑髪を、細い指で弄んでいた。
「変に目立つのは好きじゃあないの。ただでさえ目立つ見た目だし」
「耳さえ隠せれば良いんですから、大きめのニット帽なんかをかぶって、髪を染めてみたらどうですかね」
それこそ帽子とかで耳の半分でも覆い隠してさ。
残りは染めた髪の毛で隠す様にすれば、結構目立たなく出来ると思うんだけどな。
横に広がるエルフ耳だから、長時間帽子で抑えていると痛いかもしれないけれど。
「髪を染めるのは面倒――好きじゃあないから」
今、面倒って言った。
面倒って言ったよ、この人。
「それに私、人間で言う所の西洋、白人寄りの面立ちだし、きっとそれだけでも周囲から浮いてしまうわ」
「そうかなあ。今時、海外の人なんて珍しくもないですよ」
「でも、些細な事から真実を知られたら、色々と都合が悪いでしょう」
「フードで前が見えなくて、さっきみたいに転んではだけてしまったら、そっちの方が危ないですよ」
道端で転んでゆかりちゃんに顔を見られている位だしねえ。
同じ様な事がこれから先も起こらないとは限らない。
私以上の、外国人少女スキーなロリコン紳士だっているかもしれない。
そんな連中に、吉田さんの正体が知れ渡ったりしたら危険だ。
事案と言う名の警察沙汰。
そこから吉田さんの正体が、メディアに露出。
そんな最悪のコンボに繋がることだって、十分にあり得る。
顔を隠すのは一番手っ取り早い手段なのだろう。
けれど、吉田さんには若干のドジっ子属性が根付いている様に見える。
先程も言ったが、外国人留学生なんて今時珍しくもない。
ハーフやクォーターと周囲には説明しておけばいいし。
「その点は心配いらないわ」
「そうなんですか?」
「貴女の場合はメモリの知り合いだったからどうにかなったけれど、髪と耳が見られていたら本来は――」
「え。今、なんて?」
そこで言葉を止める吉田さん。
彼女は、「あー、うん。そうね」などと言いつつ、言葉を詰まらせていた。
もしも私がメモリと知り合いではなかったら――どうなっていたのだろうか。
実は今この時も、物陰には黒服の方々が潜んでいるとか?
私がタブーに触れた瞬間、一瞬で組み伏せられてしまうとか?
証拠隠滅の為にアポトなんちゃらって薬を飲まされて?
身体が小さくなって――そのまんま幼女爆誕?
――うっはあ。そうなったら最高じゃあないか、私。
この無駄にノッポな身体ともオサラバってわけですな!
「いいなあ、見た目幼女……」
「は? 幼女?」
「なんでもないです」
私の謎発言に反応し、こちらへ怪訝な表情を向けてくる吉田さん。
彼女の視線に対し、私は目一杯の微笑みを浮かべる事で全てを誤魔化した。
「とにかく。隠した方が何かとやりやすいのよ。何かと、ね」
うん。怖いからそれ以上は聞かない事にします。そうしよう。ごめんなさい。
ゆかりちゃん、地味に危なかったんだね。
もしもゆかりちゃんが吉田さんの髪や耳を見ていたら、きっと今頃『見た目は子供、頭脳は大人』状態になっていたに違いない。
ただでさえ可愛いゆかりちゃん。そんな彼女が幼女化なんてしたら――。
それはもう、愛らしいに違いないよね!
そのまま大学のアイドルとして君臨していたかもしれないよ!
そうなったら私は、マネージャーとしてゆかりちゃんの身の安全を守るんだ。
任せて、ゆかりちゃん。絶対に守ってあげるからね!
ぐへへ……じゅる。
※全て彼女の行き過ぎた妄想から発展した、仮定の話です。
あかん。妄想が尽きない。
このままではまた、吉田さんの前で醜態を晒してしまう。
と言うか既に、デヘデヘと脳内で妄想を繰り広げる私に、吉田さんの視線が突き刺さっている!
「貴女、たまに突然黙り込むわね。その度になんだかおかしな顔をしているし」
「ひょっ!? い、いや、気のせいです。ごめんなさい!」
「何だか怪しいわね」
「そ、そうでせうか!?」
「もしかして貴女、私の正体をマスコミに売り込んで、なんて事を考えていたり」
どうも国との繋がりもあるらしい吉田さんの一族。
そんな話を聞いて、悪どい事を目論むわけがないでしょう!
知らぬ間にイレイザーされる様な事態は、私はごめんですよ!
「大丈夫です! 秘密は墓まで守り抜く所存であります!」
「本当、ね? もしそんな事したら――」
「ハイッッ! 誓って大丈夫ですッッ!」
間違いない。
逆らったら、死ぬる。
「マスターさん。おおやさんなら大丈夫なのですよ!」
そんな恐怖に震える私に見かねてか、メモリが助け舟を出してくれたのでした。
「わたしの事もちゃんと考えてくれてますし、お風呂場まで作ってくれたとても良い人なのですから!」
「メモリがそう言うのなら、信じても良いけれど」
流石、メモリさん! とてもナイス! あとかわいい!
メモリのお陰で吉田さんのヘイトも下がった様で、何よりです。
私はホッと、胸をなでおろすのであったとさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます