その27「じさく」
「貴女の場合は、少し大きいけれど、ミドルタワーケースを選ぶと良いわ」
私の
若干落ち込む私を尻目に、吉田さんのパソコンケース講座は続いています。
くっそう。いつか必ず、その可愛い顔(見たこと無いけど)を爆笑させてやるぜ、吉田直子さん!
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「あ。ごめんなさい」
吉田さんの
ミドルタワー。確か、中位の大きさのケースだったっけ。
できれば、今よりも小さめの物が良いんだけどなあ。
「えっと。ミニタワーって言うのじゃあ、ダメなんですか?」
コーナーの一番左端にひっそりと置かれた、『ミニタワー』ケースに目を向ける。
横幅は今の物とあんまり変わらないけれど、高さや奥行きが小さめで、良さげだ。
「うーん。ちょっと、厳しいかな」
「そうですかぁ……」
残念だなあ。なるべくなら、小さい方が良いかなって思ったんだけど。
だけどやっぱり、よくよく考えたら、あんまり小さい物だと駄目かもしれない。
たぶん内部に住み込むであろう、メモリの生活スペースにも影響が出るだろうし。
「貴女のマシン、グラフィックボードが割と
ちょちょちょ。な、何ですと?
「ぐ、ぐらふぃ? はいすぺ? えむふろー?」
そんな矢継ぎ早に、専門用語を羅列しないでぇ……!
聞き慣れない単語のオンパレードに、私の小さな
なんでパソコン関連の用語って、聞き慣れない横文字が多いんだろう。
「……ごめんなさい」
私がアホの子みたいに呆けていたのを見た為だろうか。
そこで何故か、吉田さんが謝ってくる。
バツが悪そうに、体の前に下げた左腕の肘を、右手で抑えていた。
これは、ヤバいですぞ。
外国人美少女がそうしているのだと想像すると、かーなーりー『キュンっ』てするんですけど。
「え、ちょ。な、何で吉田さんが謝るんですか」
内心とは裏腹に、あたふたと吉田さんに問いかける私。
「自分が説明される側の立場で、相手に専門的な言葉ばかりを使われたら、とても辛いだろうなと思って」
とても申し訳無さそうな声色で、吉田さんはそう述べた。
なるほど、そう言う事か。
さっきの店員さんの例から言ってもさ。専門用語って解らない人が聞いたら、暗号か何かにしか聞こえないものね。
――うん。
でも、なんか今ので確信したわ。
多分純粋に、すっごく良い人なんだろうな、吉田さんって。
私の為に、ひたむきに力になろうとしてくれているのが、伝わってくる。
むしろここは、話を理解できていない私が謝るべきなのに。
妄想で萌へとか言ってた私の方が、申し訳ない気持ちになってくるってモノさ。
「ついつい専門用語を交えて言ってしまうのは、
「じさかー?」
「自作PCを
一つ一つちゃんと説明してくれる吉田さんの、何と優しい事よ。
気配りが、骨身に染みるぜぃ。へへっ。
「要するに、かなりの熱を持つ部品を積んでいるから、大きめで、なるだけ熱が
「ああ。それなら何となくわかります」
確かに、
それを少しでも改善したいなら、なるべく空気の通りがよさそうな物が良いのか。
パソコンって、色々考えないと駄目なんだなあ。
素人の私には、何が何やらだけれどさ。
そもそも、『自作パソコン』って言う物についても、詳しく解っていないし。
「あの。今更こんな事を聞くのも、すごくアレなんですけど」
「どうしたの?」
「そもそも『自作パソコン』って、なんなんですか?」
と言う訳で、パソコンの大先生・吉田さんに質問してみました。
「読んで字のごとく『自分で作るPC』の事よ」
「自分で『作る』、パソコン……」
うん。聞くまでもなく、そのまんまだったね!
でも、『作る』って部分に、何となく惹きつけられてしまうのは何故だろう。
これが、モノ作りを
「正確には、自分で一から
既成品って事は、部品から自分で作るワケじゃあないんだ。
「ここのお店で売っている
辺りを見回してみると、日常生活に必要のない物ばかりに見えるこの空間。
ある棚に目を向けてみると、昨日、私のパソコンの内部で見た様な基板が展示されていたり、十二センチくらいの大きさの扇風機みたいな物が置かれていたり、外箱だけでは何が何なのか解らない物まで、実にカオスな品揃え。
この一つ一つの部品が合わさる事で、パソコンは形作られ、生まれるのだろうか。
「BTOマシンが、自作PCのケースを流用できると言う事は知っているのよね?」
ウッスウッス。勿論ですとも。
それを聞いたからこそ、私はこの場所に訪れたのですぞ。
「はい。従兄弟のたくちゃんから教えて貰って」
「たく、ちゃん?」
吉田さんは、何故か私がたくちゃんの名前を述べた所で、首をかしげた。
「どうかしました?」
「い、いえ。何でもないわ」
ふぅむ? 知り合いに、同じ様な愛称の人でもいたのかな。
「貴女が使っているBTOマシンが、自作用のケースを流用できるのは何故だと思う?」
「びぃーてぃーおーのパソコンが、自作パソコン用のケースと同じ物を使っているから、とかですか?」
「正解」
今までの話の流れから、何となくで言ってみたのだけれど、私氏、正解するの巻。
「このお店みたいなパソコンショップが製造し、販売しているBTOマシンが、自作PC用のケース、部品を用いて作られているからなの」
ははあ。そう言う事だったのね。
「つまり、貴女がツ◯モで購入したPCも、ある意味では『自作PC』と呼べるワケ。違いは、自分で作るか、業者が作るかのどちらかって事位かな」
つまり私は、知らず知らずの内に、自作パソコンと言う物の一端に、手を伸ばしていたと言う事だったのか。
たくちゃんめ。
いつの間にか私を『そっちの道』に染め上げていたと言うワケね……!///
「さて。と言う訳で、あらかた説明が終わったところで――ここからこの辺りまでのケースなら、どれでも好きな物を選んでも大丈夫よ」
吉田さんは片腕を上げ、『ミドルタワー』ケースのコーナーを指し示した。
「あ、あのぉ。好きな物を、と言われても……」
正直、こんなに種類があっては、どれを選んで良い物やらサッパリなワケで。
「そうね。取り敢えず最初は、フィーリングで選んでみなさいな」
「えっ。ふ、フィーリングで選んで良い物なんですか?」
ええ。ここに来て、まさかの私の感性が試される状況に?
「ええ。さっきも言ったでしょう? 自分でパーツを選ぶのが醍醐味だ、ってね」
吉田さんは、どこか楽しげな口調でそう述べた。
「大丈夫。選んだ後で、ちゃんと私も審査してあげるから」
と、言われましてもねえ。
フィーリング。フィーリングかあ。
ぶっちゃけ私的には、どれでも良いって言うのが本音なんだけれど。
正直、パソコンが動きさえすれば良いわけで。
なんか全体的に色が黒いのばっかりで、微妙だしなあ。
カラーバリエーションがそもそも、あんまり無いんだよね。
素人目だと、色ぐらいでしか選ぶ要素が無いって言うのにさあ。
できれば、少しカワイイ方が良いかなあ。
と言っても、見たところ、そんな感じのケースは無さそうだし。
うーむ。
やはりここは、メモリの意見も聞いてみることにしようか。
「私は少し、違うコーナーを見ているから。決まったら呼んで頂戴」
「あ、はい」
そう言うと吉田さんは、ケースコーナーから立ち去った。
何と言う、グッドタイミング。
この隙に、メモリにどのケースが良いか、相談してみよう。
「ねえ、メモリ」
「なんですか、おおやさん」
名前を呼ぶと、メモリがバッグの中から顔を出し、コチラへ視線を向けてくる。
「メモリは、どの『おうち』が良いと思う?」
「え。『おうち』、ですか?」
「うん。この棚に並んでいる『おうち』なら、どれに住んでみたい?」
そして私は、小さな妖精少女に向かって、そんな問いかけを投げかけた。
「住んでみたい、おうち……。えっ。わたしが選んでも、いいのですか?」
メモリは目をパチクリとさせ、不思議そうな表情で私の顔を見つめている。
「だって、私のパソコンは、メモリが住む『おうち』でもあるんだから。どうせなら、貴方が気に入った物の方が良くない?」
意見・要望を聞くのなら、利用者に聞くのが一番って、ばっちゃが言ってたしね。
「で、でも……。わたしがおおやさんの『おうち』を壊してしまったのに」
「良いの良いの。あれは、見てるだけで何もしなかった私も悪いんだから」
実際、あそこで私が無理にでもお風呂のお湯を汲んであげていたら、未然に防げた事だしさ。
傍観者に徹していた私にも、責任はあるわけで。
例え相手に断られても、大変そうにしていたら、何も言わずにそっと助けてあげるのが、人情って物でしょう。
「その代わり、今度からは一人でできないことは、ちゃんと私にも言う事」
二人で一緒に暮らしていく以上、何かと助けあって生活していかないとね。
「一人で大変な事でも、二人なら平気でしょ?」
ねっ、と私は人差し指を口元にあて、メモリにウインクをして見せた。
「おおやさん……。あ、ありがとうございます……!」
バッグの中から顔だけを見せていたメモリが、瞳をウルウルとさせている。
だけどその顔は、実に嬉しそうな笑顔に染まっていましたとさ。
「そ、それじゃあ『せんえつ』ながら、わたしが『おうち』を選ばせていただきますのです!」
「ようし。任せたよ、メモリ先生!」
さあさあ皆様、お待ちかね。
ここからは我が家期待のルーキー、メモリ選手のターンですよ。
家具の傾向を見るに、メルヘン趣味なのであろうメモリが選ぶケース。
果たしてそれは、どの様な物になるのだろうか。
何はともあれ、もう少しだけケース選びは続くんじゃ。
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