「じさく」
その26「けーす」
そんなわけで私と吉田さんは、二人仲良くケースが並ぶ商品棚の前で
「それにしても、初めての自作なのに、一人でパソコンショップに来るなんて、勇気があるのね」
フード姿の頭をこちらへと向け、吉田さんが関心した様な声色で述べる。
「
あ、そうか。
さっき私がとりあえず頷いたばっかりに、吉田さん、私が自作パソコンを始めるものだと勘違いしているんだ。
「ごめんなさい。実は私、自作パソコンって言う物を作りたい訳じゃあなくて」
「え。そうだったの?」
吉田さんには悪いけれど、私の本当の目的をハッキリさせておかないとね。
「今、『びーてぃーおー』って言うパソコンを使っているんですけど」
「ふむ。BTOマシンね」
「そのパソコンのケースが壊れてしまったみたいで」
「成る程、そう言う事か。要は、中身を流用してケースだけ交換したいと言う事ね」
「そうですそうです」
どうやらケースが壊れたと言う言葉だけで、私の目的を察してくれたらしい。
話が早くて助かります。さっきの店員さんとは大違いだよ。うんうん。
「良かったら、貴方のBTOマシンを買ったショップと型番、教えてくれる?」
「は、はい」
事前にたくちゃんから、ショップ名と型番を教えてもらっていて助かった。
紙にメモしておいたそれを、私は吉田さんに渡す。
吉田さんは私からメモ紙を受け取ると、紙面に記された文字を眺めつつ、パーカーのポケットから取り出したケータイ――スマホを操作し始めた。
少しの間の後、吉田さんの手の動きが止まる。
彼女は私にスマホの画面を差し出すと、そこに映った画像を見せてきた。
「この画像のモデルで合っているかしら」
吉田さんのスマホの画面には、見慣れたパソコンの本体が写っている。
「あ、これです。うん」
「そう。良かった」
吉田さんはスマホを私の眼前から引っ込めると、再び画面を指で操作し始めた。
そこで思わず、スマホを操作する吉田さんの指に目が行ってしまう。
言われてみて改めて意識すると、日本人とは思えない程に真っ白な、彼女の肌。
そして、長く、細い指が、スーッと動いている。
気になる。ゆかりちゃん曰く、外国人美少女な吉田さんの素顔が。
頭の中では気にしちゃ駄目だと思っていても、やっぱりそんな餌に釣られクマー。
いや、駄目だ。いかんいかん。
せっかく私の為に色々親身になってくれているのに。
フードをガバッとやってしまいたい衝動に駆られるのだけは、マズいですよ。
平常心、平常心。
頭の中にムッキムキの兄貴でも思い浮かべて、
兄貴。兄貴。兄貴と私。
ドイツ。ドイツ。ドイツドイツ、ジャーマン。
よっし、落ち着いた。
「このモデルなら、そうね。ケースはミドルタワーだし――」
吉田さんがスマホを操作しながら、何やらブツブツと呟いている。
そんな彼女が呟く言葉の中に、先程からずっと気になっていた単語があった。
「あの。質問良いですか?」
「どうぞ」
「さっきから度々出てくる、ミドルタワーとか、フルタワーって何なんですか?」
私は彼女に対し、そんな質問を投げかけた。
これから購入する物の事だし、それ位は知っておきたいと思ったが故に、だ。
今更だけど、何でさっきから私、吉田さんに対して敬語で話しているんだろう。
別にそこまで
うーむ。やっぱり顔が見えないから、変に威圧感を覚えているのかな。
「簡単に言うと、ケースのサイズの事ね」
「ああ。そうなんですね」
何となく、さっきの吉田さんと店員さんのやり取りから、大きさの事なんだろうなと思っていたのだけれど、やっぱりそうなのか。
「まず、この手のデスクトップPCの事を、『タワー型PC』と呼ぶの」
「『ぴぃしぃ』って言うのは、パソコンの事ですよね?」
「ええ、そうよ。
何と。パソコンって名前自体が、そもそも
私、そう言う名前の機械なんだと、今までずっと思っていました。
「自作用のPCケースのサイズは、大まかに分けて三種類あるわ」
吉田さんが、ケースコーナーの一番右端へと移動する。
彼女が今立っているのは、先ほど私が、あの店員さんに必死に勧められた、値段が高く、大きいケースが置かれている場所だ。
「一番大きい『フルタワー』、中間的なサイズの『ミドルタワー』、そして前者二つよりは小さめな『ミニタワー』の三種類よ」
「ふむふむ」
右から左へと、吉田さんが移動しつつ、私にケースの種類を説明してくれる。
確かに左に行くほど、何だかサイズが小さくなっていっている様な気がした。
「各ケースの詳細は、以下の説明を読んでね」
・フルタワーケース・
サイズが一番大きく、その分
ハイエンドPCやサーバマシン等に用いるのがベスト。
・ミドルタワーケース・
サイズはフルタワーを少し小さくした程度の大きさ。それなりに大きい。
価格も安価な物から高価な物まで
拡張性も適度にあり、一般用途には丁度良い。
・ミニタワー・
ミドルタワーを更に小さくしたケース。ただし、横幅は余り変わらない。
場所を取らず、多少の拡張性もあるが、マザーボード(メイン基板)のサイズが小さい規格の物でないと搭載できないなどの制限もある。
※ここで言う拡張性とは、パーツの搭載数の事。
より多くのパーツを搭載できれば、拡張性が高いと言える。
「よ、吉田さん。誰に向かって言っているんですか?」
「
「は、はあ」
いやいや。画面って何ですか、画面って。
「この他にも、『スリムタワー』と言うケースや、『キューブ型』なんてケースもあるのだけれど。自作PCや、ショップ製のBTOマシンで主に用いられているのは、大きなタワーケースの方ね」
「ほえー。一口にケースと言っても、色々なケースがあるんですね」
「そう。用途によって自分好みに色々と選べるのが、『自作』の
ふむふむ。
ケースだけに、色々な『ケース』に見合った選び方ができると言う事なんだね。
「なるほど。これが本当の『ケース・バイ・ケース』と言う訳ですな」
おおっとぉ。出ましたぁ。
ここで出ちゃいましたよぉ。私
っかぁー! やっぱりこう、
さあ、吉田さん!
貴方は一体、どんな反応をして、私を楽しませてくれるのですか!
ワクワクして、吉田さんの出方を待つ私。
そして、待つこと数秒。吉田さんが見せた反応は――
「うーん。かなり意味が違うと思うけれど、まあそんな感じよ」
「えっ」
えっ。
「ん? どうしたの、面食らったような表情を浮かべちゃって」
首をかしげる吉田さん。
こりゃあどうにも、完全に私の会心撃が伝わっていないご様子です。
マジかー。アナタ、そんな反応しちゃうアルかー。
アイヤー。マジでかー。
「いや。ナンデモナイデス。ツヅケテドーゾ」
「ええ、そうさせて貰うわ」
ねえ。
ジョークをジョークとして聞いて貰えないのって、凄く辛いと思わない?
ある意味、スルーされるよりもキツいと言うか。うん。
ボケ殺し、吉田さん。――恐るべし。
「ふふっ。何だか、おかしな人ね、貴女」
ちょっ!
どちらかと言うと、おかしな人側の貴方が、それを言っちゃいますか!
吉田さんが、フードの奥でクスクスと笑っていた。
小鳥のさえずりの様に、それはそれは可愛らしい笑い声でした。
ぐ、ぐぬぬ。ゆ、許るさーん!!
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