その25「こすぱ」





 その後も吉田さんによる、男性に対する詰問きつもんは、更にヒートアップする。

 対する店員の男性は、彼女に責め立てられる度に萎縮いしゅくし続けていた。


「大体ね。フルタワーだけならまだしも、そんな、一部のしか使わない様な、売れ残りの馬鹿高いガラスケースを勧めるなんて。ハッキリ言って、正気の沙汰さたじゃあないわね」

「うぐぅっ!」

「中身を見せたいのなら、片面のサイドパネルの一部に、アクリル板が取り付けられたケースで十分でしょうに」

「が、がおっ!」

「私から言わせると、パソコンを着飾って見せびらかすと言う行為自体が、『無駄』な発想なのだけれど」

「ひ、ひとでっ!」

「大方、一緒にLED付きのファンだとか、ネオン管なんかも勧めようとしていたのでしょう」

「わ、わふー!」

「パソコンをそんなにギラギラと光らせて、何の意味があるの? D◯Nの改造車かっての」


 吉田さんが何を言っているのかはサッパリ解らない。

 けれど、指摘を受ける男性は、色々と痛い所を突かれているらしい。

 終始、『ビクンビクンッ悔しいけど反論できないッ』的な様子だった。

 ごめんなさい。ちょっとキモいです。


「ハッキリ言ってね、ガワだけ飾って、使用の上では何のメリットもない癖に、値段が高いだけのパーツなんて、コスパが悪いのよ」


 吉田さん、凄いなあ。

 もしかして、たくちゃんと同じ位、パソコンに詳しいのかな。 

 と言うか私、完全に蚊帳かやの外だし。

 この隙に、こっそり帰っちゃおうかな。

 


 わたしは にげだした!



「コラそこ。ちゃっかり逃げようとしない」

「ご、ゴメンナスッテ」



 しかし まわりこまれてしまった!



 はっはっは。流石に一筋縄ひとすじなわではいきませんか。

 吉田さん、なかなかにデキるお人ですな。


「それと貴方は、一つ思い違いをしているわ」


 怯む男性に対し、まだまだ吉田さんのターンが続く。


「自作PCとは、自分で部品を選ぶことにこそ楽しみがある。それを貴方のように、ユーザーのニーズも伺わず、利益だけを考え、只管ひたすらに高い物を勧めるなんて、愚か者のする事」


 そこで男性に向かって、ズビシッと指を突き刺す吉田さん。


「大方、目先の業績に目が眩んでの愚行でしょう。恥を知りなさい、俗物ぞくぶつ!」


 彼女は、男性の行いを全否定した後に、ズバッと一刀両断した。

 す、凄いカリスマオーラを感じる。なんだか、ピンク髪でボブカットで二十歳はたち位な人の幻影が、彼女の背後に見えそうな気がした。


「あ、ありがとうございましゅうぅううう!」


 対する男性は落ち込――え?

 なんでこの人、恍惚こうこつの表情でお礼なんて言っているの?

 え? へ、変態?

 キモッ。


「この事は、私から『大佐』に報告しておくわ」

「た、大佐……? も、もしかして、店長にですかぁ!?」

「YES、YES、YES」


 Oh my god……。


 この店員さんも、欲を見たばかりに悲惨な目に遭いそうだね。

 まあ、自業自得じごうじとくなんだけど。

 

 それにしても、店長さんに報告するって。

 吉田さん、このお店の店長さんともお知り合いなのか。

 ますます彼女の謎が深まると言うか、全容が見えないと言うか。


「それにしても、スタッフ間のみで伝わる、店長の愛称を知っている貴方は一体、何者――ハッ!」


 男性が、なにやらブツブツと言っている。

 やがて彼は何かに気が付いた様で、その顔面を蒼白に染め上げていた。


「ま、まさか貴女様は、当店の最重要お得意様の!」


 へ? 最重要、お得意様?

 吉田さんが?


「時折ふらっと現れては、特価品を選別し、大量に購入していく。コストパフォーマンスにこだわり、費用性能比の極限を追求しようとするその姿と、とにかく白い部品、ケースを好む事から、付いた異名が『コスパの白き流星』!」


 なにそれ、こわい。

 異名とか、何なのそれ。

 コンビニの店員が、常連客にアダ名を付けるとか、そんな感じのアレなの?


「フッ。そんな風に呼ばれているのね、私は……」


 そう言いつつも、どこかまんざらでもない声色の吉田さん。

 やっぱり、ここにいる人達って、変な人ばっかりだ。


「貴方は下がっていなさい。この人には、私が自作のイロハを教えてあげるから」

「ハイィ! ヨロコンデー!」


 吉田さんの一言で、男性がそそくさと私達の前から立ち去る。

 

「さあ、それじゃあ一緒にケースを見ましょうか」

「え。良いんですか?」

勿論もちろん。乗りかかった船だもの。最後まで付き合うわ」

「あ、ありがとうございます」


 いつの間にか、吉田さんが一緒にケースを選んでくれる事になっていました。

 さっきの店員さんと比べたら、心強い事この上ないけれど。

 それ以上に今の私は、吉田さんと言う人物の事が、色々と気になって仕方がない。


 吉田さんって、本当に、何者なんだろう?




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