「なぞめいた らんにゅうしゃ」

その24「ぎめ」





――誰でも良いから、早く私を助けて!



 凄い勢いのパソコンショップ店員に迫られ、考えるのをやめそうになっていた私。

 心の中で必死に助けを乞うが、勿論もちろん叫びは何処どこにも届かない。


 と言うかね。ほんと、何なのこの店員さん。

 専門用語をこれでもかと羅列られつされても、わけが解らないよ。


 何でパソコンのケースの話をしているのに、SL――汽車の話になるの?

 ガラスのケースは、自分で好きにコーディネートできるとか言われてもさ。

 中の基板とか部品なんて見て、一体何が楽しいの?


 そもそもさ。パソコンのケースってこんなに高い物なの?

 こんな箱が『ン万円』もするとか、何考えてるの?

 しかもコレ、たくちゃんから事前に聞いた話だと、中身が入ってないんだよね?

 部品抜きでこの値段なんだよね?



 ありえん(笑)



 と言うか、私の持ってるパソコン本体よりも、更に大きいパソコンのケースって。


 余りにも大きすぎて、頭がフットーして、パーンしそうだよ……!///


 喜々として素人相手にそんな物を勧められてもさ。

 正直、どう反応を返して良いのか判らないし。


 蛇ににらまれた蛙って、きっとこう言う状況を指すんだろうね。

 周りにいる人は、玄人くろうと染みた匂いでなオジサンばかり。

 ほとんど四面楚歌しめんそかな状況で、助けを求める事もできないしさ。


『絶望』――私生活の中で、この言葉をこんなに強く実感する日が来ようとは。



 私、頑張ったよね。

 もう、ゴールしても良いよね?



 究極生命体アルティミット・シイングもビックリな絶望感に浸る私であったが。


 そんな私の前に現れた、まさかの救世主。

 後光を背に、店員の男性の後方に立つ、その姿は。



「よ、吉田、さん……!?」



 それは、私もよく知る人物であった。 

 いや。この場合は、よく知る『フード姿』って言った方が良いのかな。


 私の視線の先――男性の後方、少し離れた距離――に。


 超速タイピングでお馴染なじみの、『吉田さん』が立っていたのである。


 何故、吉田さんがこのパソコンショップに?

 予想外の乱入者の姿に、私も驚きを隠せない。


「おおやさん、お知り合いなのですか?」


 バッグの中のメモリが、小さな声で私に問いかける。

 一瞬、目の前の男性にメモリの存在がバレてしまうのでは、と不安に思う。

 しかし、彼も吉田さんの乱入に戸惑い、驚いていた様なので、とりあえずは大丈夫っぽい。


「う、うん。大学で、同じ講義を受けている人なんだけど」

 

 彼女の姿をこの目でしっかりと見据みすえながら、私はメモリにそう答えた。


 吉田さんは、不意に自分の名前を呼ばれた事が気になったのだろう。

 フードを被った頭を、私の方へと向けている。


貴女あなた何処どこかで会ったかしら」


 どうやら、私の事はわからないらしい。

 表情は判らないけれど、首をかしげているのが見える。


 そっか。そりゃあ、そうだよね。

 言うなれば、一方通行の馴染なじみ深さと言っても良い間柄だものね。

 吉田さん、講義中はいつもノートパソコンに顔を向けてるし。

 講義が終わった後は、すぐに講堂から立ち去っちゃうし。

 こうやって絡むのだって、実際今日が初めてだもの。


「ところで貴女。何故、私のめ」


 吉田さんが、私に向かって何やら疑問をぶつけてくる――のだけれど、何故か彼女は、そこで一度言葉を止めてしまった。


「じゃあなくて」


 今、吉田さん、何て言ったの?

 ハッキリとは聞こえなかったけれど、『ぎめ』って聞こえた様な。


「コホン。――何故、私のを知っているの?」


 言い直した! 今、あからさまに言い直した!

 しかも微妙に『名前』って所を強調して!


 ん? ちょっと待って。その部分で言い直すって事はさ。

 もしかして、『ぎめ』って。



 ……偽名?



「貴女の返答次第では、色々と『お話』を聞く必要がありそうね」


 何だか、吉田さんから凄い圧力を感じる。

 彼女の顔は見えないけれど、多分私、今凄く睨まれている様な気がする。

 もしかして私、滅茶苦茶怪しまれているのでは?


「そ、それは、大学で貴方と同じ講義に出ているからで」


 とりあえず色々気になる所はあったけれど、私は簡潔に事情を説明した。


「同じ講義。ああ、そう言う事か」


 私の一言で、一応は納得してくれたのだろうか。

 こちらに対して向けられていた、突き♂刺すような威圧感が収まりを見せる。


「ごめん。私、あまり他人に関心が無いものだから」

 

 何処か申し訳無さそうな声色で、そんな事を言う吉田さん。

 うん。それは普段の貴女を見ていれば、何となくわかります。


 吉田さんが、つかつかと静かにこちら側へと近付いてくる。

 彼女の地味な格好とは相反あいはんした、何だか優雅ゆうがな足取り。

 歩くだけで目を奪われる様な、不思議な魅力を内包する歩みだった。


 彼女は、私と男性の間に立つ。

 こうして近くに並ぶと、吉田さんの身長が、とても低い事が理解できる。

 特に私と並ぶと、それこそ頭二つ分くらい違うんじゃないの、コレ。

 フードで顔が隠れてしまっている為、その表情は相変わらず判らない。

 いいなあ。身長がちっこいの、いいなあ。

 

「貴女、自作PCは初めてなのでしょう?」

「は、はい」


 別に私は、自作パソコンって言うのがやりたいわけじゃあないんだけど。

 とりあえず、そう言う事にしておく。

 正直、これ以上話をややこしくしたくないって言うのが本音です。


「初心者が、いきなりこんな、無駄に大きい『フルタワーケース』なんて選んでも、ハッキリ言って持て余すだけよ」

「そう、ですよね。見ただけで、そんな気がします」


 トーシローの私でも、流石にそれくらいは何となくわかる。

 この大きさは、本当にヤバい。

 狭いアパートの一室に置くには、場所を取りすぎる。

 今のケースだって、少し邪魔な位で、若干持て余しているのにさ。


「ねえ、店員さん」

「な、何でしょうか」


 吉田さんは私の方へ向けていた頭を、男性の方へと向けた。

 彼に対し、静かながらどこか圧力を感じさせる声色で、彼女は語りかける。

 唐突に声を掛けられた男性が、驚きを見せ、ビクッと反応していた。


「フルタワーケースが魅力的なのは、私も否定はしないわ」

「は、はあ」

「拡張性もある。ケース内のスペースが広いから、作業の際も余裕を持って組み立てができるもの」

「で、ですね」

「でもね、この人は女性。女性が扱うには、このケースはいささかのではないかしら」

「た、確かに、その通りです」

「メンテナンスの観点から見ても、使用者の身の丈に合ったケースを勧めるべきよ」

「お、オッシャルトオリデ、ゴザイマシュ」


 おお、凄い。

 あんなに勢いの良かった店員さんが、吉田さんに押されていた。


 それに、聞いた? 重いって!

 こんなデカブツ女の私を、一女性として普通に扱ってくれているよ!

 こんなに嬉しいことはない!


 普段は得体の知れない彼女の姿が、今は何処か頼もしげに見えてしまう。

 私は思わず、『ヒューッ』と口笛を吹こうとして、唇を尖らせる。

 だけど生憎だが、私は口笛を吹くのが苦手だったので、『シューッ』と、空気が抜ける様な情けない音しか発せられなかった。


「貴女、さっきから何を『シューシュー』言っているの」

「……スルーしてください」


 吉田さんにも、しっかりと聞かれていました。

 は、恥ずかしィ!




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