その23「きゅうせいしゅ」





 そこからはもう、寺院じいんの独壇場である。


「お客様! どちらのコーナーからご覧になりますか!」

「あの、その。ぱ、パソコンのケースをですね。探して、いまして」

「PCケースをお探しですか! それなら、こちらのフルタワーケースなど、如何でしょう!」

「え、その。え? す、すごく……大きいです……」

「こちらのケースでしたら、拡張性かくちょうせい抜群ばつぐん! 通気性も良いので、グラフィックボード三枚でSLIを組んでも、余裕の冷却性能を発揮します! 戦いは大きさですよ、お客様!」

「い、いや、ちょっと待っ。SL? 汽車? 戦い?」

「見せびらかすのがお好き? 結構! ではますます好きになりますよ!」

「ま、待って。私、何も言ってないし、何を言っているのかも全然解らないです」

「どうです? 側面がガラスパネルのケースです! 驚きでしょう?」

「ちょっ。それ、値段の桁が……!」

「んぁあ、仰らないで! ガラスは割れたら処理が大変。でもスチールやアルミのケースなんて、黒いだけで無骨な物ばかり、見た目もダサい。ろくな事はない。その点こちらのケースは、お客様の好きな様にコーディネートできます。良いクリア加減でしょう。余裕の透け具合だ! 透過率が違いますよ!」

「ア、アイエエエ……」


 アワレ! 彼のエイギョウ・ジツの餌食となってしまった女性は、爆発四散ばくはつしさん


 などと言うことは流石に無かったが、今や女性の精神は限界寸前にまで追い詰められていた。

 寺院が矢継ぎ早に述べる、専門用語の数々。

 それを正面から余さずに聞くことになった女性は、情報量の多さに脳が追いつかず、PRS(パーツリアリティショック)を発症していた。

 涙目になり、身体を震わせているのが傍目はためでも判る。


(へっ! 怯えていやがるぜ、このお客様カモ!)


 長身な女性に若干の圧力を覚えながらも、彼女がたじろぐ様子を見た寺院は、表情には出さず、内心で高笑いを響かせた。

 自分のペースを押し通し、あれよあれよという間に、この女に高額な滞留在庫たいりゅうざいこ品を売り捌くのだ。

 我ながらゲスの極みだと感じつつも、彼はその先に待っているであろう『出世』と言う名のレッドカーペットに思いを馳せる。

 

 さあ、買え……! 買ってしまえ……!

 そして、俺の血肉となれっ……!


 彼の栄光への道をはばむ者など、この場には居なかった。

 日和見ひよりみ出仁院でにむは、客の手前、ろくに動く事もままならない。


 王……!

 この場では、俺こそが――この寺院こそが、ショップの王っ……!

 愉悦ゆえつ! 正しく愉悦! 客の恐怖でメシが美味うまい!


 このまま上手く事が進めば、寺院の思惑おもわく通りに、彼は栄光の出世街道まっしぐらな人生を送る事ができるであろう。


 しかし彼は、一つだけ重要な可能性を失念していたのだ。

 それはこの女性が、果たしてそれだけの大金を所持しているのかどうか、と言う事である。

 そんな初歩的なミスを指摘する人間すら、今の彼の周囲には存在していなかった。


 欠陥……! 圧倒的、欠陥っ……!


 そんな事など露知つゆしらず、寺院は女性に対し、ひたすら商品を勧め続ける。


 真冬の夕方の悪夢。盲目もうもくと化した店員。

 これもうわかんねぇな。


 故に、彼は――気が付かなかった。

 いな。気が付く事が、できなかった。


 更なる『何者か』が、自分達の側へ接近しつつあったと言う事に。


「――そこの店員」


 店内に、透き通った声が響く。

 決して大きくはないその『声』が、寺院のソロステージを終焉しゅうえんへと導いた。

 突然の『音』に気を取られ、彼の饒舌じょうぜつな語り口が停止する。


 寺院の無駄に大きく、激しい声とは違う音。

 まるで風鈴の音の様に、優しく、尚且つ静謐せいひつで、澄んだソプラノボイス。

 そんな、聞いた者の耳を幸せにする様な声が、彼の背中に向け、放たれたのだ。


「初心者相手に、馬鹿な真似はやめなさい」


 彼は振り向く。

 振り向いた先に立っていた『存在』の姿形を、目に収める。


 立っていたのは、人間であった。

 その美声の持ち主は、突如として、寺院と怯える女性の前に現れたのだ。

 身長はそこまで大きくない。服装も地味で、決して目立つ格好ではない。

 声からすれば女性。それも、子供――少女の声である。

 それだけの要素ならば、別段異常な物ではない。


 ただ一つ――気になる点があるとすれば。

 彼女がまとうパーカーのフードが、その頭を隠し、顔を完全に外界から遮断していた事であろう。


「あ、貴方は……!」


 フードの少女の存在に気が付いた女性が、その姿を見て驚いている。

 どうやら彼女は、この少女の事を知っているらしい。

 信じられない物でも見る様な視線を少女に向けながら、女性は震える口を開く。

 

「よ、吉田、さん……!?」


 そして彼女は、フードの少女の『名前』を呼んだ。

 

 女性が数分前に思い描いていた、可能性の選択肢。

 決して訪れる事の無いと思っていた助け舟。


 それが、まさかの『形』で訪れる。


 この殺伐としたパソコンショップに、突然の救世主田中鈴木よしだ)が現れたのであった!




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