その22「てんいん」





――時は数分前に遡り。ある店員達の、パソコンショップ内でのやり取り――



 A県H市。市内で唯一の某・PCショップ。

 その日、若手店員である『寺院じいん』は、チーフの『出仁院でにむ』と共に、月に二度行われる棚卸の任に着いていた。


 近年の円安の影響で、商品の出が全体的に悪いと、店長から朝礼で告げられた。

 年末が近い事もあり、暮れに行われる特価セールを見越した客が、買い控えをしている事もあるのだろう。


 とにかく最近、物が出ない売れない


 只でさえ最近は、殆どの人間がネットショップを利用し部品パーツを買い漁っている。

 こんな片田舎のPCショップで、部品パーツを買う人間自体が減っているのだ。

 商品が売れないと言う事は、それ即ち、店の利益も平行線を辿る一方だと言う事であり、ひいては店員個人の営業力の是非も問われる事となる。


 今の状況は非常にマズイと、寺院は悩む。

 このままでは、彼が持つ『野望』にも大きく影響が出てしまう。

 寺院は、現代の若者にしては珍しく、出世欲の塊であった。

 とにかく、地位を上げたい。その為ならば、悪鬼にも、悪魔にもなろう。

 そんな修羅の精神の元に、寺院は生きているのである。


「チーフ、お客様です」

「ああ、その様だな」


 店内に入り込んできた、新たな『お客様カモ』の気配。

 その姿を目におさめた寺院は、傍らの出仁院に耳打ちをする。


「女性であります。それも、一人の様です」

「慌てるな。我々は、棚卸が任務だ」


 後輩の思惑おもわくを察知した出仁院が、寺院をいましめる。

 何かと軽率な行動が目立つ、寺院の監視。

 それが、店長から出仁院に与えられた、もう一つの任務であるが故に。


「しかし、あの不安顔。見た所、素人ニュービーです。売るなら今しかありません」


 例え客が素人で、尚且なおかつ女性であろうとも、商品を勧め、売りさばく事をいとわない。

 自身の野望の為、客をそのいしずえとする事で、己が思い描く出世の道を歩む。

 それが、寺院の『やり方』であった。


「ノルマが伸びないのを焦る事はない」


 この出仁院と言う男性は、どの様な状況にあろうとも、こんな風に日和見ひよりみな言葉だけを述べる。

 寺院はそんな彼に対し、わずかの苛立ちを覚えていた。

 出仁院は仕事の手際がよく、妻子持ちで、それなりの立場に就いており、上司からの信頼も厚い。


 見た目は『トル◯コ』みたいにふくよかなのに。


 What the fuckワッザファック!(なんてこった!)


 そんな彼の事を、寺院は嫉妬――もとい、それなりに尊敬している――が。

  

「……店長だって」


 そんな『遅さ』では、彼の思い描く『栄光』は、いつまでも掴めない。

 故に、寺院は棚卸の手を休め、立ち上がった。


「寺院、何をする気だ?」


 寺院の突然の奇行に、出仁院は眉をひそめる。


「店長だって、売上に貢献して出世したんだ」

「おい、寺院!」


 出仁院は、寺院の顔に浮かぶ表情から、彼が何を考えているのかを察した。


「貴様、命令違反を犯すのか? やめろ、寺院!」


 たしなめる出仁院の声が、虚しく店内に響く。

 だが、最早寺院の足は止まらない。


 既に、さいは投げられたのだ。


(フンっ。手柄を立てちまえばこっちのモンよ)


 意気揚々と、自信とも自惚うぬぼれとも取れる思考を脳裏に巡らせながら、彼は『戦場』へと向かう。


「動きの悪い在庫を出し切るには、早い方が良いってね!」


 そうして一人の『狩人』が、『獲物』目掛けて、矢の如く放たれたのであった。




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