その28「まど」





 ミドルタワーケースを、メモリと共にながめる事数分。

 テレビで見る様な『鑑定人』っぽい表情を浮かべながら、口元に軽くにぎったこぶしの親指をあてていたメモリ。


 その時である。

 メモリの瞳の中を、一筋の閃光が走ったのだ。


 一瞬の出来事であった。だが、私の節穴ふしあなの目は、その瞬間を見逃さなかった。


 正確には、メモリの見た目と仕草のギャップに見とれ、ハァハァしていたからこそ、見逃さなかったのは秘密だ。


「おおやさんっ、おおやさんっ」


 メモリがバッグの中から飛び出しそうないきおいで、私を呼ぶ。


「決まった?」

「わたし、あの『おうち』が良いのですよっ」


『>▽<』←こんな表情を浮かべながら、メモリがいきおい良く指差したケースは――


「え。あれ?」


――あの店員さんが、私にしまくっていたガラスケースと同じ様に、側面に透明な板が取り付けられた物だった。

 とは言え、側面が全てガラス製だったあのケースとは違い、金属製の板の一部がくり抜かれ、そこに透明な正方形の板――多分、アクリルっぽい板――がはめ込まれた物である。

 金属部分の色は真っ黒で、見た目もあんまり可愛かわいくはない。


「ほ、本当にあのおうちで良いの?」

「はいなのです!」


 満面の笑みで、嬉しそうにうなずくメモリ。

 でもそれ、さっき吉田さんが酷評こくひょうしていた物と、同じような『おうち』だよ。

 いわく、正気の沙汰さたじゃあないとか、無駄の極みとか、そんな風に言っていたよね。

 確かに、中身が見えることの何が良いのかは、私にも全く理解できないなあ。

 一体、このケースの何が、妖精少女のお眼鏡に叶ったのだろう。


「あの『おうち』には、大きな『お窓』が付いているのですよっ」

「窓?」


 メモリが指し示したのは、他ならぬ側面に取り付けられた『透明な板』であった。


 あれが、窓?

 まあ確かに、見ようによっては窓と呼べなくもないけれど。


「わたし、おうちに大きな『お窓』があるのって、すごく憧れるのです!」


 メモリの言葉のいきおいからも、少女がどれほど『お窓』に対して情熱をいだいているのかが伝わってくる。


「窓際に立ってですね、こう、ワイングラスを片手に――『人がゴミの様だ』とか言って佇むのです! カッコイイのです!」

「……マジで?」


『なんとかッティ』は知らないのに、何でその名言を知っているんだ、この子は。

 あるいは、ラ◯ュタ王の名言なんて関係ナシに、素でそんな恐ろしい言葉を述べているとか?


 そもそもワイングラスって。

 この子、この見た目でお酒とかたしなむの?

 


 だとすれば――メモリ、恐ろしい子……ッ!



「マジなのですっ! 他にも、大きなお窓はですね――」


 そして興奮気味に、『お窓』の素晴らしさを語り始めるメモリ。

 矢継やつばやに述べ立てられる言葉のマシンガンに、私の頭が翻弄ほんろうされていく。


 彼女が語る話の内容は、ざっとこんな物であった。

 まず『お窓は素晴らしい』から始まり、『お窓を始めてから、おばあちゃんの腰痛ようつうが直った』、『お窓のおかげで宝くじが当たった』、『お窓と出会ってから、ペットのポチが逆立ちして町内一周するようになった』、『お窓は神なのです』、『お窓神をあがめよ』、『怖くないよ。お窓を信じて』、『大丈夫、ファ◯通のお窓だよ』、『お申し込みはフリーダイヤルまで』と、何とも怪しい勧誘のごとき文句が、次から次へと飛び出す飛び出す。


「――という訳で、大きなお窓のある生活は素晴らしいのですよ!」

「わ、解った。解ったよ」


 なんと言う、『お窓愛』。なんと言う、『おうち』へのこだわりだろうか。

 途中から、全く関係のない話になっていたのには、この際目をつぶろう。

 とにかく、メモリの『お窓』に対する情熱は、ヒシヒシと伝わってくる。

 あまりの情熱ぶりに、話の半分くらいは左耳から右耳へと素通りし、抜けていってしまった。

『お窓』に対し、余程の憧れを抱いているのだろう。

 彼女の瞳は、まるで新興宗教の教祖を崇める狂信者の様な輝きを放っている。


「でもさ。アレ、外から中が丸見えだけど、それは良いの?」

「はいっ。わたしは一向に構わんのです!」


 なるほどなあ。メモリの『おうち視点』だと、透明なパネルも『窓』として、むしろプラスな要素に見えるわけか。

 ただ、パソコンの外に見える景色って、もれなく私の部屋の風景だけなんだけど、それでもいいのかなあ。

 この辺りが、人間と妖精の感性の違いってモノなのだろうか。ふぅむ。


「うん。値段も、ものすごく高いワケじゃあないし。それじゃあ、コレにしようか」


 例のフルタワーケースや、ガラス製のケースに比べると、なんと安い事だろう。

 ゲームソフトを一本買う位の値段と思えば、素晴らしくリーズナブルだ。

 

 実際は、結構な高い買い物なのだけれどね。

 そう思うことで、自分を無理矢理納得させるのですわ。

 順調に、私の貯金が減っていく――そんな現実も、今は考えないようにしよう。


 犠牲になった諭吉さんなんて、いなかった。良いね?


「はいですっ! ありがとうございます、おおやさん!」


 この少女の笑顔が見れさえすれば、私はきっと、何があっても頑張れます。ハイ。


「ひゃっほー! お窓ー! お窓なのですよー!」


 メモリはバッグから出した両腕を、嬉しそうにブンブンと振り回している。

 結果的に、メモリが無邪気むじゃきに喜ぶ姿を見られた事だし、よしとしますか。


 と言うワケで、メモリが選んだのは『大きなお窓付きのおうち』になりました。


「それじゃあ、おうちも無事に決まった事だし、吉田さんを呼びに行こうか」

「はいですっ。わたしはまた、バッグの中にいますねっ」


 メモリは高いテンションを抑えきれない様子で、再びバッグの中へと潜り込んだ。


 この『透明板』のケースを選んだ事で、吉田さんがどんな反応をするのか――

 ちょっとだけ、不安だなあ。





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