その08「はなれ」





 私はパソコン内に設置された、ミニチュアサイズの『バスタブ』を手に取った。


「この、貴方が持ち込んだ『バスタブ』を、木箱の中に入れれば……」


 パソコン内部を掃除した際に中身を捨てた為、すっかり空になったバスタブ。

 それを私は、木箱の中へと収める。 


「はい。これで完成です」


 ファンシーなデザインの、メモリのバスタブ。

 それを置くだけで、簡素かんそな木箱の中が、なんともメルヘンチックな『バスルーム』になるではないか。


「どうかな? 貴方用の簡易かんいバスルームだよ」


 木箱の木目と、メルヘンの相性あいしょう抜群ばつぐんだ。

 しかもちゃんと、シャワー付きですよ、奥さん。

 コレ重要。凄く重要です。


「すごいのです! お風呂場なのです!」

 

 メモリが大げさに瞳をかがやかせ、歓喜かんきしている。

 少女は今にも、空中でクルクルと回りだしそうないきおいだった。

 

「でもこのままじゃあ、入り口から中が丸見えだから……」

「ハッ! の、のぞかれ放題ですね……!」

「うん。だから、この『つまようじ』と『布のはし』を使ってね」


 私は道具箱の中から、つまようじと、布のはしを取り出す。

 なんでそんな物が、工具やらと一緒に入っているのか。


 それは、謎です。謎なのです。


 うん。私が大雑把おおざっぱなだけなんだけどね。

 これは前に『工作』をした時の余り物だ。

 うすい桃色の布地ぬのじに、いちごの模様もようりばめられた、可愛かわいらしい一品である。


「いちご! いちごですね!」


 メモリも、いちごがら大層たいそう気に入ったらしい。

 少女の期待の視線が、私の手に向けられていた。


 まず布をハサミで丁度いいサイズに切る。

 次に、紙でハリセンを作る要領ようりょうで、布をジグザグに折り曲げていく。

 折り終わった後に、はしっこの方に針で穴を開けて……。

 開いた穴に、つまようじを通せば……。


「はい。ちっちゃな『カーテン』ができちゃいます」

「び、びゅーりほーなのです! わたし、わくわくしてきましたよ!」

「最後に木工用のボンドとセロテープで、小屋の入り口の上に固定して、しばらく乾かせば」


 ボンドが乾いた後に、セロテープを外せば――

 バスルームの、仕切り用カーテンの完成だ。


「どうかな。これで、のぞき対策もバッチリだよ」


 簡易かんい的な物だが、それなりに使える物にはなっている筈だ。

 とりあえず、外から仕切れれば問題ないよね。多分。

 とは言っても、このままだと上から丸見えなんだけどさ。

 湯気がこもっちゃうから、フタは閉められないし。


 ああ、そうだ。後でフタを加工して、湯気が抜ける穴を開けてあげよう。

 後は加工したフタを閉めておけば、上からののぞ対策たいさくもバッチリだ。


「に、人間さん、すごいのです! かわいいカーテンですね!」


 いちごがらのカーテンは、メモリの見た目とも非常に相性が良い。

 何より、彼女自身も気に入ったようだ。良かった良かった。


「後は、パソコンの横にコレを設置すれば……」


 アパートの床・フローリングに、直置じかおきされたパソコン本体。

 私は、その左隣に木箱を設置した。

   

「はい。離れのお風呂場です」


 これで、メモリ用の『バスルーム』が完成だ。

 ただ穴を開けて、バスタブ設置して、カーテンつけただけ、なんだけどね。


「おおおお!」


 メモリが木箱に向かって飛んでいった。

 彼女は木箱の『入り口』の前に降り立つと、仕切りの『いちごカーテン』を片手でめくり、トコトコと木箱の中へ入り込む。


 良かった。入り口の大きさは大丈夫みたい。

 安堵あんどから、思わず「ふうっ」と溜息が漏れだした。


 板に頭をゴッツンするシーンが見たいような気もしたけれど、その気持ちは心の奥底に封印しておこう。


「すごい! ちゃんとお風呂場なのです!」

「少し不便かもだけど、お風呂だけはこっちで入れば、危なくないよ」


 メモリは箱の中で小躍りしている。

 両腕を広げ、くるくると回転していた。


 まさかこんな簡単な工作で、ここまで喜んで貰えるとは。

 とっさの思い付きだったけれど、作って良かった。 

 でも、木箱の中はそこまで広い空間じゃないから、そんな勢いで回ったら……。


「いたっ!」


 ああ、ほら。やっぱり。

 少女はいきおい余って、片手を木箱の壁板かべいたにぶつけていた。


「だ、大丈夫?」

「へ、平気なのです。よ、妖精はコレくらいで、へこたれないのです!」


 目尻めじりに涙を浮かべ、片手をもう片方の手でさするメモリ。

 結構痛いであろう事は目に見えて判るが、『痛くない』と強がっていた。

 割りとおっちょこちょいなんだなあ、この子。

 そんな一面が、ますます可愛らしいじゃあないか。


「にんげんさんは、もしかして『たくみ』なのですかっ!」

「いやいや、そんなに凄いものでは」


 本当に趣味レベルの『工作』なんだけど、『匠』ときましたか。

 でもまあ、そこまでめられると悪い気もしないと言うか、何というか。


「お風呂さえ離れていれば、貴方が『おうち』の中で生活していても、問題ないでしょ」

「は、はい!」


 木箱の中からメモリの身体が浮かび上がる。

 彼女はそのまま、私の眼前へと移動してきた。

 メモリは私に見えるように、両手を前で重ね、ペコリとお辞儀じぎをする。

 先ほどの『別れ』のお辞儀じぎとは違い、今度はどこかほんわりした気持ちになった。


「ありがとうございます! すごく嬉しいのです! これで、今年の冬も安心して過ごせます!」

「いいっていいって」


 真っ直ぐな少女の感謝の気持ちが、少しだけこそばゆい。

 それに、この少女を間近で見られるのなら、私にも十分メリットがある。


 うん。これ以上ないほどに、私の『ちっかわ欲』が満たされるに違いない。


「こう言う『ものづくり』は、わたしたち妖精の『おはこ』だと思っていたのですよ!」

「なるほど。『木箱』だけに、だね?」




 ――……。




「なの、です?」

「気にしなくて、良いよ」

「は、はい?」

 

 窓を開けていないはずなのに、室内に冷たい風が吹き込んでいる。


「へ、へくちっ」



 メモリの可愛らしいくしゃみが、部屋の中に静かに響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る