「つくって くらそ」

その07「こうさく」





「私、これから少し作業をするから」

「さ、作業ですか」

「うん。だから、今の内に着替えてくるといいよ。バスタオルのままじゃあ、風邪ひいちゃうし」

 

 そもそも妖精って、風邪を引くのかな。

 そんな事を考えつつ、私はメモリの身を案じて、彼女にそうべた。


「は、はいです。そ、それじゃあ少し、失礼します」


 力の入らなそうな足腰を何とか立ち上がらせ、メモリがその場から起き上がる。

 少女は助走じょそうもなく、ふわりと浮力ふりょくを身に宿す。

 小さな羽をはためかせながら、彼女の身体は宙へと浮かび上がった。

 パソコン内に設置された、ミニチュア衣装箪笥いしょうだんすを目指して、メモリはゆったりと空中を移動する。


(よし。それじゃあ、始めようかな)


 私はメモリの後ろ姿を見送ると、床に置かれた木箱に視線を移した。

 これから、私が何を始めるのか。

 まあ、ちょっとした『工作』だ。

 この木箱を軽く加工し、『ある物』を作ってみようと思う。


 って、危ない危ない。

 このまま作業を始めたら、床が『おがくず』なんかで大変な事になる。


 私は、その場から立ち上がった。

 パソコンのモニターが置かれた机のすみから、新聞紙を手に取る。

 新聞紙を床に広げ、木箱の下にいた。


 とりあえずは、これで大丈夫だよね。

 ちょっとした加工だし、後で掃除機もかければ問題はない、と思う。


 私は、再び木箱の前に座った。

 まずは木箱のフタを取り外す。

 フタは使わないから、脇に寄せておいた。

 そしたら、箱の側面を上向きにして置く。


 この木箱は直方体だ。

 側面の幅は全面十五センチ程、高さは二十センチ程の大きさである。

 次に、電動ドリルで上向きにした面の底の方向から、横五センチ、縦十二センチ程の範囲に、穴を開けていく。

 この時、板の中心にではなく、私から見て右側の方に穴を開けていった。


(こうやって穴を開けていって)


 箱が動かないよう、しっかりと片手で押さえる。

 底から上面へと、順番に穴を開ける。

 穴のつながった形が長方形になるように、加工していく。


 そもそも機械が苦手な私が、ドリルをそれなりにあつかえているのは何故かと言うと。

 実は私、こう言う『工作』が趣味なんだよね。

 昔から『もの作り』が好きで、自分で色々と作る事を楽しんでいるんだ。

 今までにもちょっとした小物とか、ぬいぐるみとか、色々作ってきた。

 ドリルのあつかいも、色々作ったりしている内に、すっかりれてしまったんだよね。

 

 穴を全て開け終えると、今見えている面の右側に、長方形の空間が開く。

 でもこれだけだと、穴の表面がデコボコで、非常に見栄みばえが悪い。


(あー。彫刻刀ちょうこくとうもあればよかったな)


 再び立ち上がり、クローゼットを開く。

 面倒なので、今度は道具箱ごと取り出し、扉を閉じる。

 床に道具箱を置いて座り、私はその中から彫刻刀、平刀ひらとうを取り出した。

 木箱を持ち上げ、穴の表面が平らになるように、大雑把おおざっぱに平刀で削っていく。

 平刀によって削り取られた木片もくへんが、新聞紙の上に落下する。

 私はそんな作業を、地道に続ける。


 しばらくすると、着替えを終えたメモリが、パソコンの中から戻ってきた。


(なん、だと……?)


 その姿を瞳におさめた私の思考は、一時停止してしまった。


 なんとも可愛らしいドレスであった。

 とてつもない乙女ドリームを秘めた衣装をまとったメモリが、フワフワと此方こちらへ向かって飛んで来る。


 若草色わかくさいろのドレスが、少女のピンク色のくりくりヘアーにマッチしていた。

 フリルが印象的なスカート部分や、所々にあしらわれた白いリボンが、いかにも妖精らしい雰囲気をかもし出している。


 少女の幻想的な姿に見惚れた私は、思わず作業の手をとめてしまっていた。


「どうかしたですか?」


 メモリが私の視線に気付き、屈託くったくのない笑顔を向けてくる。

 笑顔から、キラキラとしたエフェクトが、どこからともなくあふれだしていた。


 ウヒョー。たまらんですばい。

 なにこれなにこれ、天使?

 あ、妖精か。HAHAHA。


 神様ありがとう。ついでに仏様もありがとう。

 そして、いまだ手を振っている諭吉は帰れ。


 こんな素晴すばらしい物を見させて貰えるなんて。

 私、今とても幸せです。


 そしてむーたん、ごめんね。

 私は、浮気をしてしまった悪い女です。


 現実リアルの魅力には、勝てなかったよ。

 仕方ないね。


「い、いや。なんでもないです。うん」


 無邪気むじゃきな笑顔を真正面から見据みすえた私は、今にも身体から色々噴出ふんしゅつしそうだった。

 主に鼻から、血液的な何かを。


(ダメだ。このまま見てたら、どこか別世界にトリップしてしまう)


 ニヤける口もとに力を入れて、無理矢理、気持ちの悪い笑顔を押さえつける。

 名残惜なごりおしさを感じつつも、私は視線を木箱へ戻し、作業の手を再開した。


(あ、あとは地道にヤスリで削って)


 今度はヤスリで、平らになった穴の表面を削り、更になめらかにしていく。

 しばらく削ると、表面がいい感じのさわ心地ごこちに仕上がった。


「よっし。これで良いか」

「木箱に、四角い穴が開いたのです?」

「この穴はね、『入り口』だよ」

「入り口、ですか?」

「うん、そう」


 メモリが私の手のそばに浮かび上がり、興味深そうに作業を眺めていた。


「こんな感じで、とりあえずOKかな」


 私はヤスリと共に、木箱を地面へ置く。

 側面の板の一部に、先ほど私が『入り口』と称した穴が開けられた。

 これで、『工作』の工程こうていの半分が終了したことになる。

 メモリに一度よく見せようと、私は木箱を持ち上げる。

 木箱を、宙に浮かぶ彼女の近くへと移動させた。 


「おおー!」


 大した加工ではなかったが、それでもメモリは、驚きに顔を輝かせていた。


「なるほど。確かにこの『穴』は、『入り口』なのです」

「でしょ? 貴方の大きさに合わせて開けたから、出入りに支障ししょうは無いと思うよ」

「わたしの大きさに、です?」

「そうだよ。この木箱はね、貴方の為の『部屋』なんだから」

「わたしの、部屋?」


 とりあえずのネタばらしは、そこまでにしておこう。

『工作』はもう少しだけ続きます。

 そもそもの目的は、別の所にあるんだからね。


 私は木箱を再び地面に置いた。

 そして次に、パソコンの中に設置された『ある物』へと、片手を伸ばす。


「ごめん。ちょっとだけ『借りる』ね」

「はい?」


 一応、少女に許可を取っておく。

 少女がパソコンの中に持ち込んだ『これ』を木箱の中に設置する。

 そうする事で、私の目的は達成されるのだから。




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