その06「どりる」





「短い間ですが、お世話になりました」


 メモリが、深々とお辞儀じぎをしている。


「ち、ちょっと待って」


 そんな少女の姿を見るのが忍びなくて、私はメモリを呼び止めた。


「はい?」


 私の声に反応したメモリ。

 彼女はお辞儀じぎを止め、私の顔を見上げてくる。


「ここを出ても、他に行く当てはあるの?」

「そう、ですね。正直、まったく当てはないのです」


 少女は、微笑ほほえみと困り顔のじった表情を浮かべていた。


「本格的に冬が始まってしまうと、外を飛び回るだけでも大変ですし」


 今は十一月も半ば。もう間もなく、この街にも例年通りの冬がおとずれる。

 外を吹く風も、だいぶ冷たさを感じらせるものになっていた。

 大学やバイト先への行き帰りで、私も身をもって、それを体感たいかんしている。


「この街って結構雪が多いので、り始めてしまうと、おうち探しは少しむずかしいかもです」


 確かに、豪雪地帯ごうせつちたいとまではいかないが、それなりに降雪量こうせつりょうがあるのがこの街。

 冬をすのに、外で生活をするのは、さすがに無理があると思う。


「へくちっ」


 バスタオル一枚っきりのメモリが、小さなクシャミをした。

 お風呂から上がった後、ずっとその格好だったしなあ。

 もしかして、湯冷めしちゃったのかな。


 そんな少女のくしゃみを見た事で、私の中で、一つの決心が付いた。


「別に、ここに居てくれても良いんだよ?」


 小さな少女の身体に向かって、私はそんな提案ていあんを持ちかける。


「え?」


 言葉の意味を、すぐには理解できないのだろう。

 メモリは不思議そうな表情を浮かべたまま、固まっていた。


 パソコンの事は、確かにアレだったけれどさ。

 まだ完全にこわれたと決まったわけじゃないし。

 それに、こんな小さな子が、外でこごえている姿を想像してしまうと。

 とてもじゃあないけれど、この子を追い出すなんて真似まねは、できそうになかった。


「い、いいのですか?」

「うん。まあ」


 さびしいひとのアパート生活。

 話し相手が一人増えるのも、悪くはないと思う。


「本当なのです?」


 メモリが、ぱぁっと顔をかがやかせた。

 この子は本当に、感情表現が素直と言うか、判りやすいと言うか。

 少女のそんな一面が、とてもあいらしく感じられる。


「で、でも。わたしがこのおうちに住んでいたら、また……」


 パソコンをながめる少女の顔が、戸惑とまどいの色に染まっていく。


「よし。それじゃあ、こうしよう」


 そんなメモリの様子を見兼みかねた私は、その場から立ち上がると、クローゼットの前へと移動する。

 クローゼットの扉を開き、その中に置いてある愛用の『道具箱』へ手を伸ばした。

 道具箱のフタを開くと、中には様々な工具や道具がしまい込まれている。

 私はその中から、『棒ヤスリ』を取り出した。

 更に、道具箱のすぐそばに置いてある、『電動ドリル』もついでに持ち出す。


 あとは確か、この辺りに――


「あったあった」


 前に友達の旅行土産みやげで貰った、お菓子の空箱。

 ムダに材質が良さそうで、それなりに高さのある木製の物だ。

 フタはかぶせるタイプのもので、取り外しが容易よういなのも良い。

 何かに使えそうだと思って、取っておいて良かった。

 これがあれば、完璧かんぺきだ。


「よしよし。ちょっと待っててね」


 私はクローゼットの扉を閉じる。

 再びメモリのいるパソコンの前へと戻り、床に座った。

 片手には金属製の棒ヤスリ、もう片方には電動ドリル。

 道具をにぎった両手で、はさむように持ってきた木箱を、コトンと床に置く。


 メモリが、床に置かれた木箱を見上げている。

 私にとっては、小さな木箱。

 だけど少女の低い視界しかいからながめると、結構なスケールに見えているに違いない。


 メモリはその場から「ふわり」と飛びあがる。

 彼女は木箱の周辺をふわふわと行き来し、興味深そうに木箱をながめ始めた。

 

「これは、木の箱ですか?」


 口に片手の人差し指をあてたメモリが、私の顔を見つめつつ、問いかけてくる。


「そうだよ」


 電動ドリルの結ばれた電源ケーブルをほどきながら、私は少女に頷いた。


「そ、それと、なんですかそれは……!?」


 こちらの近くへと寄ってきたメモリ。

 彼女は、私の手に握られた『道具』を目にし、おどろきの声を上げる。

 少女は物珍しさと、『未知への恐怖』が入り混じった様な表情を浮かべていた。

 まじまじとドリルをながめている。


「ん? 電動ドリルと木工用のやすり」

「『どりる』? 『やすり』?」


 聞きれない単語なのか、メモリが目を丸くしていた。

 それにしても表情が豊かだなあ、この子は。

 少女の可愛さを堪能たんのうしつつ、私は電動ドリルのプラグをコンセントへと差し込む。


 最近使っていなかったから、ちゃんと動くかどうか……。

 試しにトリガースイッチを軽く押してみる。

 ギュインと言う音をひびかせ、ドリルが一瞬だけ回転する。

 お。大丈夫そう。ちゃんと動いた。

 

「ひぃい!? なんか『ぎゅいんぎゅいん』いってるのです!?」


 電動ドリルが発する駆動音くどうおんに、驚くメモリさん。


「……(ニヤソ)」


 私は無駄に悪い笑みを浮かべつつ、必要もないのにもう一度『ぎゅいん』と音を鳴らしてみる。

 音に反応して、メモリの身体がビクッとね上がる。


 ギュインッ。 ビクッ。

 ギュインッ。 ビクッ。

 ギュインッ。 ビクッ。


 ギュ……。 ビッ……。


(おおう)


 なんだこれ。

 めっちゃ、かわいい。


 次は少し、『いじわる』をしてみる。

 ボタンを押す前に、片手でこっそりとプラグを抜いておいて……。

 これみよがしに、ボタンを押すっ!

 

「ヒッ」


 ビクッ。


 ドリルの駆動音くどうおんが鳴っていないのに、メモリの身体が反応する。

 まるで、『パブロフの犬』の様に。

 メモリ自身も、何かがおかしいと感じたのだろう。

 彼女は怪訝けげんそうな表情で、首をかしげている。

 頭上から、沢山のクエスチョンマークを生み出していた。


 うん。かわいい。


 って、駄目だ駄目だ! 何やってんの、私!

 なんだか今、凄くイケナイ事に目覚めそうだったよ!

 こんなことをして、またこの子を泣かせてしまったらどうするんだ、私!


「い、一体、何をするのですか……!?」

「何を? そうだね」


 これからキミの身体を、私好みのメチャ☆カワ仕様に魔改造まかいぞうするのだよ。


 フフフ。


 いいか! 私のドリルは、妖精少女の身体をまさぐるドリルだ!

 お前を、着せ替え人形にしてやろうか!


 なんてことは、口がけても言えない。

 危ないな流石さすが私の妄想あぶない。


「ま、まあ。すぐに解るよ」

「は、はひ」


 緊張きんちょうから開放されたメモリの身体が、ふわりふわりと地面に落下していく。

 ぽふっと軽い音を響かせて、床に辿たどいた少女。

 力を失ったメモリの身体は、へなへなと、お尻から地面へ吸い込まれていった。


 今まで考えた事は無かったけれど。

 私って実は、結構Sっ気があるのかなあ。

 



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