「おうち」

その05「まがり」





「ゆるしてくださいぃ……! なんでもしますからぁ……ッ!」


 ふわふわと少女が、パソコンの天板てんばんから飛び上がった。

 彼女は私の耳元へと近付くと、ゼロ距離きょりで私に許しをう。

 その声は、涙まじりの悲痛なものだった。


「うひゃぁッ! な、なになに!?」

 

 左の耳元で発せられた少女の声におどろいた私は、そこでようやく平常へいじょうに戻る。

 カチカチとスイッチを押していた手を離し、少女の姿を探し、辺りを見回した。

 

「うぐっ……。ひっぐ……。ごめん、なさい……です……」


 顔を左へと向けると、少女の小さな身体が、私の顔の目前に浮かんでいる。

 涙でれた彼女の顔は、見るにえないものであった。

 小さな両手で、両目の涙をぬぐっている。


 れている羽根で飛ぶのは大変だろうに。

 パタパタと懸命けんめいに羽根をはためかせていた。


「ごめん。怖がらせちゃったね」


 そんな少女の姿を見たことで、私も少しだけ罪悪感ざいあくかんを覚えた。

 少女の身体の下に、自分の両手を移動させる。

 そして私は、彼女の身体を優しく手のひらの上へと座らせた。

 女の子座りの様な姿勢しせいで、手のひらの上にぺたんと座り込む少女。


 少女は、大きな声を上げて泣き始める。

 わぁんと声を上げる、少女の小さな身体。

 彼女の身体を通して、私の手に伝わってくる確かな温かさ。

 しばらくそうして、私は少女の身体をささえ続けた。


 涙のしずくが手のひらに流れ落ち、少しだけ冷たかった。



    ◇



「それで。貴方は一体、なんなの?」


 少女の涙が、だいぶおさまりを見せ始めた頃。

 落ち着きを取り戻したのを見計みはからい、私は彼女に問いかけた。


「……はい、です」

 

 若干のふるえを残した声。

 少女が涙のあとで赤くなった顔を上げ、私の大きな顔を見上げてくる。


 最初この子を目にした時。

 私はついに、むーたんの過剰摂取かじょうせっしゅで頭がおかしくなったのかと、心の奥底で思っていた。

 だけど、どうやらこの子は、私の妄想の産物さんぶつなどではないらしい。


 ミニチュアサイズのお風呂から放たれたお湯。そのお湯が『本物』であったこと。


 更に、現在も手のひらを通じて伝わってくる、少女の温かさ。

 それが、私の身体が持つ温かみと、何ら違いのないこと。


 その二点を感じた事で、私は少女の存在が『現実』の物なのだと思い始めていた。

 

「わたしは『メモリ』ともうします」

「メモリ? それ、名前?」

「はい」


 なんだか、どこかで聞いたような名前だった。

 英語の『メモリー』と同じ言葉ではあるけれど、何かが違う。

 彼女の発音は『メモ↓リー→』では無く『メモ→リ↑』って感じで、語尾が上がっている。

 私の知るそれとは、少しだけ違っていた。


 ああ、そうか。あれだ。

 ゲーム機のP○とか、P○2で使っていた『メモリーカード』。

 それの『メモリー』って言葉と同じなんだ。

 メルヘンチックな容姿ようしの割には、何だか機械的な名前だなあ。


「あなた達『人間』さんからは、『妖精』って呼ばれているみたいです」

「よ、妖星? 『誰よりも美しい』ってヤツ?」

「違います。『妖精』なのです」

「ですよねー」


 そっか。やっぱりこの子は、見た目通りの『妖精』なんだ。

 そのまんまな答えだったけれど、それはそれでみょうに納得した。

 

「その妖精のメモリさんは、どうして私のパソコンの中に住み込んでいるの?」

「パソ、コン?」

「そこの黒い箱のこと」

「ああ、『おうち』の事ですね」

 

 少女は、私の手のひらの上から、パソコンの方へと移動する。

 パソコンの中へ入り込むと、彼女はケースの底板そこいたかろやかに降り立った。

 後ろ手のポーズで、タンッとステップをむ様に、私の方に振り返る。


 可愛かわいらしい妖精少女の仕草は、見ていて何だかグッと来る物があった。

 私の『小さいものかわいいセンサー』、りゃくして『ちっかわセンサー』がキュンッと反応している。


 やだ。この子、かわいいかも。


「わたしたち妖精は、冬になると寒さをしのぐ為の『すみか』を探すのです」

「住処。それが、もしかして『おうち』なの?」

「はい。そうなのです」


 少女がうれしそうにうなずいている。


「中でも、人間さんがたくさんいる街に住んでいる妖精達はですね、人間さんの家の一部を『まが間借り』するのですよ」

「ああ。それなら、なんとなく解るよ」

「そうなのですか?」


 昔から『人間以外の存在が家に住み込む』的な童話とかアニメって、結構あるし。


「借り◯らしのなんとかッティとか、ト◯とジ◯リーみたいな感じでしょ」

「ご、ごめんなさい。それは、よくわからないのですよ」

「うん、そうだよね。ごめんね」


 少女が困った顔をしていた。

 そんなネタが通じるわけもないのに。

 妖精相手に何を言っているのだろうか、私は。


「最近の人間さん達の家には、わたし達の身体にちょうど良い大きさの『おうち』が置いてある事が多いのです」

「それが、この箱パソコン?」

「はいです。人間さん達が、わたし達に気付いてくれていて、好意から『おうち』を置いて頂けているのだと」

「えっ」

「わたし達は、そんな風に考えているのです」


 心の中で「たぶん、違う」と思ったけれど、口には出さないでおいた。


 確かに、このパソコンの大きさならば、この小さな身体の少女には、丁度いいサイズの『おうち』となる事だろう。

 ただし、その中身は私の知る一般的な『おうち』とは、程遠い物だけれどね。

 メカメカしい箱の中身に置かれた、メルヘンな家具の数々。

 うーむ、なんとシュールな光景か。


「それで、わたし達も好意に甘えて、こうして『おうち』を『まが間借り』して、住み込むわけなのですよ」

「な、なるほどねえ」


 つまりこの子は、ファンタジーとかでお馴染なじみの、『妖精さん』そのまんまな存在だって事なのだろう。


「うん。とりあえず事情は解ったよ」

「はいです」


 少女が満足そうに、笑顔でうなずいた。

 太陽のようにかがやまぶしい笑顔が、私の視界を文字通り熱くさせる。


 うっはー。なんてイイ笑顔を見せるんだ、この子は。

 

「でも、間借りって事は。ちゃんと、お金か何かを払ってくれるってこと?」

「残念ですけど、わたしたちは、人間さんのお金は持ち合わせていないのです」

「まあ、そうだよね」

「その代わり、『おうち』の中をいつもキレイにしたりしているのですよ」


 はあ、なるほど。

 ようするに、『家賃やちん代わりに働いて返します』と言う事なのかな。


「こういった『おうち』の中は、特にホコリとかがまりやすいので、すごくお掃除のしがいがあります!」


 私がさっき、拭き掃除をしたのもあったけれど。

 確かに、パソコンの中にはチリ一つ落ちていない。


 そう言えば、前にたくちゃんが言っていたっけ。

 パソコンの本体の中にはとにかくホコリが溜まるから、時々掃除してあげないと駄目だよって。


自慢じまんじゃあないのですが、わたし、お掃除はすごく得意なのです!」


 えっへんと、ふくらみのない、小さな胸板むないたってみせる少女。

 彼女は、めて下さいと言わんばかりのドヤ顔を浮かべていた。


 でもね、水びたしのパソコンを見た後ではあまり説得力が無いんだよなあ。


 とは言え、再び泣かせてしまうわけにもいかない。

 私はとりあえず『えらいえらい』と褒める意味も込めて、小さな少女の頭を軽くでておいた。


「ひゃっ!」


 頭に手が触れた瞬間しゅんかん、少しだけ少女の身体がビクッと反応する。


 もしかして、触られるのは嫌だったのかな。

 突然だったし、悪いことしちゃったかも。


 しばらくそうしてで続けていたのだが、少女は嫌がる素振そぶりを見せなかった。

 そのまま、私の手のひらに身体をゆだね続けている。


「そ、そういう訳なので、勝手ではありますが、こうしてこの『おうち』に住まわせてもらっていたわけなのです」


 彼女はか細い声で、そう述べた。

 私にでられていた為か、その顔は、少々赤みを帯びている。


 やばい。なんかこの子、本気で可愛かわいすぎる。

 むーたんの事が、一気にどこかへ吹っ飛ぶ程の可愛かわいさだった。

 しかもちっちゃい。すごく、とにかくちっちゃいのよ、コレが。

 上着の胸ポケットや、バッグなんかに入れて、色々まわしてみたい。


「でも」


 私が頭の中で色々と妄想を繰り広げていると、少女が小さく言葉を発する。

 彼女は私の手のひらの下で、その可憐かれんな表情を暗く、曇らせていた。

 

「このように、家主やぬしさんにご迷惑をおかけしたとあっては、これ以上、ここに住んでいるわけにもいかないのです」


 様子の変化を感じ取り、私も少女をでていた手の動きを止める。


「ですので、今日にもここを出て行こうと思います」

「えっ」


 少女――メモリからの、別れの宣言せんげんが辺りにひびわたる。

 彼女は、申し訳なさそうに、そんな言葉を述べたのだった。


「そう、なんだ」


 ない言葉を口に出す事しかできない。

 少女の言葉に対し、どんな反応を返せば良いのかが、私には判らなかった。



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